第43話 昇進

「緊張しているのか?」


 僕はこの日、人生という階段を一段登ろうとしていた。

 海洋騎士団本部内にある式典用の広間。そこには大きな弾幕と、彩り豊かな祝い花が綺麗に並べられている。


「当たり前ですよ。僕たった1人の昇進式のために、こんなに壮大に式典をするなんて……」

「だからこそ、じゃないか」


 ダリウス少尉は大きな口で笑ったが、僕からしてみれば笑い事ではない。先程から偉そうな来賓もちらほら見受けられるし、それにこの横断幕だ。


「『バルト・クラスト新兵の二等兵昇進を祝って!』か、素晴らしいねバルトくん」

「まさに、我らの希望の星だね」

「エリク大尉、リラ中尉まで……」


 この海洋騎士団にもすっかり馴染んできたところなのだが、この新兵期間に大きな功績をあげると、別の騎士団から引き抜かれることも稀にあるとか。でもまあ、功績と呼べるものは何もないし、大丈夫だろうとは思うが。


「じゃ、俺たちは式場で待っているからな」

「しっかりね」

「はい……」


 まったく憂鬱だ。

 やがて慌ただしさが落ち着くと、式典が始まった。ファンファーレが響き渡ると、ドアマン役のスタッフが純白の垂れ幕を持ち上げる。さながら結婚式の入場のようだ。経験したことはないけど。

 それにしても、わざわざ合奏団など呼ぶ必要もないだろうに。


「新兵、入場!」


 新兵って僕だけじゃん。

 結婚式と違うのは入場の際の拍手喝采が無いという点だ。

 

 ピンと張り付いた会場を、ただ革靴の音がコツコツと響き渡る。目の前に演壇があり、そこからこちらを見下ろすように海洋騎士団団長が立つ。

 僕は片膝を着き、言葉を待つ。


「バルト・クラスト新兵、貴殿は過酷な訓練を乗り越え、その努力が認められた結果としてこの場に立っている。今、この瞬間をもって、君は新兵から二等兵へと昇進する」


「誓いの言葉を」

「はっ!」


 あらかじめ教えられた文言を脳裏に思い浮かべる。


「私は誇り高き海洋騎士団の伝統を重んじ、常に正義と名誉を胸に、いかなる困難に直面しようとも仲間を守り、任務を全うするために力を尽くすことを誓います」


 会場にはやっと拍手が巻き起こり、僕が退場するまでの間、再び合奏団の演奏が響き渡った。


「お疲れ様、素晴らしい会だったね」

「君のこれからに期待だ」


 次から次へと来賓が挨拶に来る。彼らの胸章だけで目が潰れそうになったが、それもようやく終わりを迎え、懐かしい声が僕の耳に届いた。


「立派になりましたね、バルトくん」

「ありがとうございま――」


 てっきり騎士学園の誰かかと思ったが、もっと偉い人だった。


「しゅ、シュリア王女?!!」

「しー! 声が大きいですわ……」

「申し訳ありません。それにしても、どうしてここへ?」


 シュリアは当たりを気にする素振りを見せながら、僕の耳元で小さく呟いた。


「実は明日から抜き打ちで視察ですの。そうしたら、ちょうどバルトくんの昇進式があると聞いたものですからついでに、ね?」

「なるほど……」


 ついで、というのが正直気に食わないが、王女様にそんなことを言えるはずもなく。


「ありがとうございます」

「いいえ、私がきたかったのですから。それより、ここでの生活はどうですか?」

「皆さんよくしてくれていますし、何より実家からも近いですし嬉しいですね」

「そう、できれば近衛騎士団に引き抜きたいところですが――」


 シュリアはそこまで言うと口を噤んだ。きっと、僕がその誘いを断ることが目に見えていたのだろう。

 彼女は少しだけ寂しそうに俯いてから「御武運を」と笑顔を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る