第21話 そして絶望へ

「【調教師】それがあの子のスキルだよ」


 どこからともなく現れたトミヨ婆さんがポツリと呟く。

 ボルト兄さんのスキル【調教師】は、人型種族以外の魔物を含めた全生物を調教し、“ペット”として従わせることができるというもの。一見最強に思われるかもしれないが、行動を制御するには対象からの信頼が厚くなければならず、調教とは名ばかりの親密度ゲーなのだ。

 

 この通り簡単ではないスキルにも関わらず、兄さんは50体を優に超えるほどのを引き連れている。


「これだけの数を一体どうやって……」

「ボルトはいつも森の魔物や獣を調教していたからね。ま、努力の賜物って言った方が早いだろうよ」


 確かに、兄さんは漁師の仕事もやりながら夜遅くに森へ入っては1人で何かしているようだった。時には怪我だらけで帰って来ることもあったけど、その理由が今なら分かる。

 

「ボルト君は大丈夫なのかい……?」

「今なら止められるが」


 心配そうに兄さんの背中を見つめるのは町一番の農家の夫婦。彼らは兄が害獣やら魔物やらを手懐けているおかげで、毎年のように荒らされていた畑の被害がかなり少なくなっているのだという。

 

 心配なのは僕も同じだけど、今僕が戦っても足手まといになる可能性の方が高い。


「クソッ!」


 踏み止まる足を殴りつけ、唇を噛む。

 弱いから悔しいんじゃない――戦えるはずなのに踏み出せないのが情けないのだ。1ヶ月の訓練で、騎士学校の試験で僕は何も成長していない。


「バルト、あとは頼んだよ」

「兄さん!」


 遠ざかる兄の背中。この場にあの数の魔物と戦える者はいない。そんなことはわかっているけど、歯痒くてたまらない感覚が全身をぐるぐると駆け巡って止まない。


「わたしゃ、アンタならできると思うけどね」


 トミヨ婆さんは僕の背中を強く叩いた。

 そうだ、ここで逃げても兄さんんだけじゃ数分しか保たない。なら、僕ら2人なら――。


「……バルト?」

「時間稼ぎなら得意だからね。僕も手伝うよ」

「ったく、どうなっても知らねえぞ」


 僕ら兄弟の共同作業。それは決して美しいものではなく、血と獣の匂いが入り混じる最中で生者と生物がぶつかり合う澱んだ景色である。これが地獄でないのなら何をもって地獄というのか。


「はあ、はあ、はあ……半分は減ったか?!」

「何言ってるの兄さん。まだまだ先は長いよ」

「クッソ、応援はまだ来ないのか」


 聖域が無事ではないと悟ったピグレット伯爵は、領民や警備隊員らと共に既に山を離れていた。

 兄の元に行こうとした際に伯爵は僕に、


「必ず応援を呼んでくる。途中で戦線を離れても良い。……オームはもうお終いだ」


 と言ってくれた。

 僕たちは魔物が群がる中心地に追いやられ、既に離脱の機会は失われている。生き延びるためには戦い続けるしかない。


「ううッツ!」


 ボルト兄さんの体力はとおに限界を迎えていた。調教スキルの効果で使役しているのは一体のオークのみ。それが倒れたら兄は成す術が無くなってしまう。


「兄さん!」

「ま、まだ大丈夫だ……」

「兄さんだけでも逃げて。僕が道を拓く!」


「やめろ、そんなこと――」


 止められるだろうと分かっていた。でも、今は生き残らなければならない。兄さんを安全な場所まで逃し、僕が時間を稼げばもうじき騎士団の援軍が来るはずだ。


 僕たちは走り、戦い続けた。何のために戦っているのかもわからなくなるほど夢中に。


 そうして、やっとの思いで見つけた暗所に転がる死体の山に絶望を覚えたのだった。

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