第13話 仮説

 彼……彼女の剣撃は凄まじいものだった。速さと力があるだけでなく、それをより効率的に発揮している気がする。あくまでも素人目線からの話であるので“気がする”に留まるのだけれど。

 それよりも警備隊の隊長が女性だったことに驚きだ。王子様かと思っていたが、どちらかといえばお姫様だったわけだ。


「ほら、ぼうっとするな!」

「うわっ!!」


 しっかりと握りしめていたはずの模擬刀はくるくると宙を舞い、乾いた音を残して地面に落ちた。

 

「参りまし――」

「オラあ!」


 これは僕の実力を量るための模擬戦であるはず。それならば、剣を落とした時点、あるいは降参した時点で終了するべき。だが隊長は狂人のように剣を振り回し続け、僕は逃げ続けた。


「た、隊長さん?! 降参です!」

「まだまだあ!」


 小1時間ほど逃げたり避けたりしているが不思議と体力はまだある。途中でわざと当たろうかとも考えた。でも、どう考えてもアレを喰らったらタダでは済まないということで逃げ続けている。


「はあ、はあ、はあ……くそおおお!」


 彼女なりに一度も当たらないのが相当悔しいらしい。瞳に若干の涙を浮かべつつこちらを睨んでいる。


「隊長の剣をそこまで避けるなんて。君、凄いね」

「なんだ、ダグラス。私を笑いに来たのか」


 名前に似合わぬダグラスという美青年、この人もまた性別不詳だ。


「頭に血がのぼり過ぎですよ隊長。それと君は、もう少し忖度を覚えるべきだね」

「す、すみません……」


 忖度って言ったってあんなの一発でも喰らったら騎士学校の試験に包帯を巻いて挑まなくてはならなくなるだろう。

 隊長もようやく落ち着いたところで、改めて自己紹介をした。


「ほう、君が訓練を受けたいっていう……なるほど。僕は副隊長のファン・ダグラス。隊長とは違って剣の腕はダメダメだけど、頭を使うのは得意なんだ。だから騎士学校の記述対策は僕に任せてほしい」

「よろしくお願いします!」


 どうやら、この人はまともそうだ。

 しかし何故この場合の副隊長さんってのは策士タイプが多いのだろうか。もちろん“この場合”というのは隊長が脳筋だった場合という意味だ。


「じゃあ、剣の訓練が終わったら僕の部屋に来てくれ」

「わかりました……」

「不安そうだね。大怪我を負ってもウチには回復役がいるから大丈夫だよ」


 心配なのはそこだけじゃない。


「ひとつだけ質問があるのですが」

「なんだい?」

「その、副隊長さんは……男性ですか? 女性ですか?」


 ダグラス副隊長はそれを聞くと腹を抱えて笑い出した。

 面白いだろうがこれは死活問題だ。もしまた間違いを犯せば何をされるか分からん。


「残念ながら僕は男だよ。もしかして、隊長はそれであんなに躍起になっていたのですか?」

「関係ない。そんなことは慣れっこだからな」

 

 と、言いつつ頬を膨らませている。


 楽しい(楽しくはない)談笑の時間は終わり、本格的な訓練が始まった。

 隊長からは厳しい訓練メニューを組まれ、基礎的な体力作りから実践的な剣の鍛錬まで幅広く指導をしてもらった。副隊長からは国の歴史や国家間の情勢、戦術面での兵士の動かし方などを教わった。


 1ヶ月間、有事や用事が無い限り、ほぼ毎日訓練を行なった。最中、心身共に疲れていたが大きな発見もあった。

 それは、未解決のスキル【普通】についてだ。訓練期間中、隊長のトレーニングはとても辛く厳しいものだった。そんな中でトレーニング終わりに必ず模擬戦を行うのだが、不思議と体力が尽きることはなく今まで通り隊長の剣撃を避け続けることができた。隊長が不在の時は他の隊員の人と手合わせをする機会があり、勝てた試しは無いものの、負けたことも無かったのだ。

 ここで、僕はある仮説を立てた。


 このスキル【普通】は相手にとって“普通の力”が手に入るものなのではないか――と。



「ワタシも同じことを考えていたよ」


 訓練最終日を前に、僕は以前兄と訪れたトミヨ婆さんの家に来ていた。

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