アクアリウムデート

@saddza

第1話

12月25日のお昼、ユキとタカシは改札前で落ち合った。二人の3回目のデートである。二人は水族館に歩いて向かった。しばらく歩いていると、段々と道が細くなってきた。

「タカシ君、ホントにこの道で合ってるの?」とユキが尋ねた。

「合ってるよ。こっちのほうが近道なんだ。それに車道がある広い道よりもよっぽど雰囲気があっていいじゃん!」とタカシは得意気に言った。

「まあそれもそうだね。」とユキはタカシに賛同した。

「それにこういう細道は、料理してる音とかテレビの音とか、そういう生活音が聞こえてくるから、人の息吹を感じられて好きなんだよね。だからもし僕が外国に行っても、観光地よりもこういう道を探すね。」とタカシは語った。

「ええ、それ不審者じゃん!」とユキは笑って言った。

「立ち止まってじっと生活音を聞いたりはしないよ!歩きながら聞こえてくるその感じが良いんだよ。」とタカシは弁明した。

「そうなの?まあいいけど。」とユキは言った。しばらく歩いていると、ある一軒家の窓からクリスマスツリーが見えた。

「僕は1年の中で12月25日が一番好きなんだけど、なんでだか分かる?」とタカシはユキに聞いた。

「クリスマスだから?なに?わかんない。」とユキは言った。

「クリスマスってさ。世界中の人がクリスマスじゃん?それってすごいと思うんだ。みんなそれぞれの人生を抱えてるんだろうけど。この日だけは皆が同じものに意識を向けるんだよ。」とタカシは言った。

「よく分かんない。」とユキは言った。

タカシは照れ笑いをした。そのとき突然猫が二人の前を通った。

「あ、猫だ。私猫好きなんだ。」とユキは言った。

「前に言ってたね。猫飼ってるんでしょ?なすびだっけ?」とタカシは微笑みながら言った。

「あ、そうだ言ってたね。なすびと生活してると日々いろんな発見があるんだよ。」とユキは言った。

「どういう発見?」とタカシは尋ねた。

「例えば今みたいに冬の時期だと、寝るときに布団に入ってくるんだよね。そのときの温かさはホント素晴らしいよ!」とユキは目をまん丸とさせながら言った。

「想像しただけで温かくなってきたな。」ユキの気分につられてタカシも楽しげに言った。

「その後なすびが布団から出るじゃん。寝起きの猫ってめっちゃ柔らかいよ。水みたいな感じ。」

「水?そんなことある?」

「ほんとにそうなの。逆に壁にピッタリくっついてる猫はめっちゃ固いの。なすびと壁の間に手を入れようとするんだけど絶対入らない。」

「そうなの?」

「うん。それからね。私がソファで寝転んでるときに、なすびが私の前を横切って水飲んだりご飯食べたりしにくるんだけど。その時になすびがたてる小さな音に耳をすますのがすごく楽しいんだよね。」

「どういうこと?」

「例えばフローリングを歩いているときの爪の音だったり、カリカリを噛み砕いてるときの音だったり、水を飲んでるときの音だったり、なんか、人がいない、動物しか住んでいないジャングルみたいなところって静かなんだろうなあって想像しちゃうんだよね。」

「面白いねそういう発見。」

「でしょ?顔の近くまで寄ったら鼻息も聴こえてくるんだよ。タカシ君は猫飼ったことないの?」

「猫はないんだけど犬は小さいときに実家で飼ってたよ。」

「そうなんだ!猫はあんまり好きじゃないの?」

「猫も好きだけど、僕はどっちかというと犬の方が好きかな。」

「ええそうなの?」とユキは不満げに言った。

「だって猫は散歩にいけないじゃん!」とタカシは言った。

「それはね。私は本当は猫も外に出してあげたいなって思うの。」とユキは真剣な様子で言った。

「まじで?」

「まじ。岩合さんって写真家知ってる?」

「イワゴウサン?知らない。」

「NHKで、岩合さんが世界中の猫の写真を撮りに行くって番組があるんだけどね。それに出てくる猫はみんな外の草原で走り回ってるんだよね。それを見たらなすびもああいう風に遊ばせてあげたいなって思うんだよね。」

「ああ良いね、猫が草原で遊んでる風景。でも日本だと車が多いしなぁ。」

「そうなんだよね。お母さんにもそう言われたし。まあ私も無理なのはわかってる。」とユキは言った。二人が話している間に、雪が徐々に降り始めてきた。タカシがリュックから折り畳み傘を出してさした。かなり細い道なので、少しでも傘が左右にずれると塀に当たってズーッという音がする。傘が塀に当たらないように、そして二人とも雪に当たらないように、二人はギュッと真ん中によって話を続けた。


 二人は水族館に到着した。人は少なくはないが、思っていたよりは多くなかった。この水族館は特殊な造りなのか、歩くときの靴の音がよく響く。それがまた雰囲気をより良いものにしていた。館内BGMも落ち着いた感じで、ユキの好みに合っていた。

「タカシ君はおっとっとの中でどの形が一番好き?」とユキはタカシに聞いた。

「なんでおっとっと?」とタカシは言った。

「だってマンボウ見たらおっとっとのこと考えちゃうじゃん。」とユキは強気な感じで言った。

「そうなの?」とタカシは言った。

「私はマンボウが一番好きなの。だから思い出したんだよ。マンボウの形が一番膨らんでて、唇で挟んだ時の感触が良いの。」

「ユキちゃんお菓子好きなんだね。」

「うん好きだよ。あ、あとエビの形も好きだなー。エビは逆にあの細さが良いんだよね。」

「エビそういえばあったね。おっとっと最近食べてないから忘れてたよ。」

「じゃあタケノコの里ときのこの山どっちが好き?」

「それはタケノコの里だよ。」

「だよねー。タケノコの里の美味しい食べ方知ってる?」

「知らない。どう食べるの?」

「まず下のクッキーの方をいっきに齧るの。そのあとで上のチョコの部分を食べるの。そしたら一つのタケノコで二度美味しいじゃん?」

「そういうことか。それなら一つのタケノコを食べる早さも遅くなるし、より健康的かもね。」

「そう!それもあるんだよね。きのこの山だとこういう食べ方する人多いと思うんだけど、たけのこの里だと皆あんまりしないんだよねー。」

 2人は深海コーナーに続く階段を下りる。

「アルフォートの美味しい食べ方もあるんだよ。どうするか分かる?」

「はみ出てる部分を歯を使って下から上に齧り取るんでしょ?」

「すごいよく分かったね!」

「それは僕もやるからね。」とタカシは嬉しそうに言った。

「初めてだよ。この話で共感してもらえたの。」

「はみ出た面積が大きい辺は齧り取りやすいんだけど、ほとんどはみ出てない辺のところはすごく難しいよね。」

「そうそう。でもそういう辺を齧り取れたときこそすごく嬉しくなるよね。」

「そうそう。」

「ちなみに私はその後残ったクッキーの上の部分のチョコも全部齧り取るよ。」

「うわー、そこまではやったことなかったな。悔しいけどユキちゃんの方がやっぱ一枚上手だな。」

 その後二人はビスコ、ポッキー、クロワッサン、長崎物語の美味しい食べ方を話し合った。


 ユキを駅まで送り届けたタカシは帰路に着いた。そしてその途中にある小さな銭湯に寄った。その銭湯は近所の人がよく使う下町の銭湯といった感じだ。脱衣所に入ると思ったより人が多い。おじいさんから若い兄ちゃん、刺青をした人まで幅広い人たちがいる。うっすらと曲が流れているのが聴こえる。何の歌だろうと気になり耳をすますと、藤圭子が歌うゴンドラの唄だということが分かった。前は何年前に来たっけ?そのときはたしかBGMなんてなかったよな。久しぶりに来たタカシは変化に少し困惑した。

 頭と体を洗ってタカシは湯船に下半身だけ浸かった。ここの銭湯は他のところよりも温度が熱くなっているので、全身浸かってしまうとすぐのぼせてしまうのだ。俯瞰的に湯船に浸かっている男たちを見てみる。みんな黙って湯船に浸かっている。なんだか皆猿みたいだなとタカシは思った。「いや、本当は猿も人間も元からあんまり変わらないのかもな。人間は社会性がある分普段は自分を着飾ってるけど、こういう銭湯でリラックスしてると、動物的な、なんかそういうゆったりとした感じが出てくるもんなのかもな。」とタカシは思った。「ユキちゃん、少し変なところもあるけど、そこが可愛いんだよなぁ。」とタカシは一人で幸せを噛みしめた。

 外に出るとすっかり夜になっていた。自宅までの帰り道の途中、神社の鳥居におしっこをしているおじさんを見かけた。タカシはギョッとしてそのおじさんに見入ってしまった。するとおじさんもタカシに気づいた。

「おう青年。幸せそうな顔してるねぇ。憎いねぇ若いやつってのは。」とそのおじさんはタカシに言った。完全に酔っぱらっている。

「そんな鳥居におしっこなんかしたらばち当たりますよ!それに僕だったから良かったけど。他の人が見てたら通報されてたかもしれないんですよ!」とタカシは息巻いて言った。

「ツウホウ?何鼻息荒くさせて言ってんだ。俺は神様にも人様にも愛想振りまくのは疲れたんだよ。」とおじさんは言った。

「あなたこそ何言ってるんですか。」とタカシは言った。

「俺の年になればお前も分かるよ。」と言っておじさんはタカシとは反対方向に向かって歩いて行った。タカシはおじさんが言ったことがよく分からなかった。

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