この革命は100%うまくいく

柿井優嬉

沖原①

 びっくりした。

 あいつが、普通の姿で学校に来た。

 とはいってもそれは、制服があるのに普段着でやってきたとか、そういうことじゃない。服装は俺たち他の生徒と何ら変わらない、学校指定のちゃんとした制服だ。

 そして五月の平日の朝の通常の時間帯に、自身が在籍している中学の二年二組の教室まで歩いて登校してきたんだから、あいつについて理解のない通りすがりの人なんかはなんとも思わなかっただろう。

 しかし、俺だけでなく、あいつのことを知っているうちの学校の連中はみんな驚いたはずだ。なにせこれまでのあいつ——代々木拓実は、絵に描いたような、もっと的確に言い表すなら漫画から飛びでてきたような、ガリ勉スタイルだったんだから。

 その表現は決して大げさじゃない。度が強そうで古めかしい印象のメガネをかけ、坊ちゃん刈りとしか言いようがない整った髪型をし、無口で無表情。さらに、勉強の疑問でも考えているといった雰囲気で、常に目の前のことに意識がない感じが、何よりもガリ勉のイメージそのもの。教科書を持ちさえすれば完璧だなという見た目だった。

 俺は去年の中一のときも同じクラスだったのだが、入学の時点ですでにその格好で、みんなの注目の的になり、他のクラスでも知られるまではあっという間だった。同様に上級生にも素早く情報が行って広まったようで、ゆえにうちの学校の人間のほとんどがあいつを認識していただろうし、新しい年度になり、入学してきてまだ日が浅い今の一年生も、あいつの存在を把握している割合は相当な印象がある。

 それが、だ。ある日突然、メガネをかけなくなり、髪は特徴のない短髪になり、「平均的な普通の男子中学生」と紹介するのがしっくりくる姿になった、というわけなのだ。

 おしゃれになったのではない。知らない人が見たらなんとも思わないだろうと述べたように、あくまで普通だ。髪などは前後で大きくは違わない。なのに、すごく変化したと感じられるのは、それだけ以前の容姿のインパクトが強烈だったのもあるけれど、垢抜けたというのだろうか、雰囲気が一変したのがでかい。いつも心ここにあらずといった様子で抜け殻みたいだった体に、魂が入ったとでもいう調子で。

 いったい何があったのか? 誰もがそう考えたに違いない。

 真っ先に頭に浮かぶのは、それこそ漫画にありがちな、恋をして自分の外見を気にするようになったという理由だろう。そう噂している声を直に耳にもしたし、少なくともうちのクラスではそれが本命な空気に包まれた。

 何人かは直接訊いてみたようで、そいつらに対して代々木は気分転換だとか本心を隠したっぽい返答をしたらしいから、恥ずかしがって正直に言わなかったんだろうってことで、好きな奴ができたから説がさらに有力な感じになった。

 あいつの動向をしょっちゅううかがっても、思いを抱いている相手がいるようには見えないが、本当に好意を寄せる人ができて、恥ずかしがってそのことを口にしなかったんなら、誰が好きなのかすぐにバレるようなわかりやすい態度や行動はとらなくて当たり前ではある。意中の相手は、このクラスや学校の人間じゃないかもしれないし。

 そうして、好きな奴ができたのが理由で間違いなさそうな一方で、決定打は見つからず、クラス全体がモヤモヤしたような状態のなか、一学期の中間テストを迎え、二日間の日程で滞りなく行われた。

 試験後、各教科の授業で答案が返却される際、だいたいの先生が八十点以上など優れた成績だった生徒の点数だけを口頭で発表するのだが、それを聞く限り、どうやら代々木は今回かなり出来が良かったようだ。

 というのは、あいつは元々勉強はできるほうではあったみたいだけれども、説明したようなガリ勉姿だったから、学年でもダントツで一位といった、よっぽどと思いきや、それほどでもないため、すごくギャップがあるように感じられ、その学力レベルのこともみんなに知られている。

 それが今度のテストは、以前の見た目の印象からするとまだ物足りなくはあるものの、ガリ勉という肩書に見合うくらいの成績ではあったようだから、やっぱり好きな相手ができていいところを見せようと頑張って勉強したんだろうという考えで、変化した訳は恋心によるもの説がまた一歩前進した雰囲気になった。

 ただ、新たな動きもあった。あいつの点数が上昇したのは、二年生になって勉強に本腰を入れるようになったからじゃないかという意見が出たのだ。

 しかし、「じゃあ、外見の変化は何なのか。それとテストの成績の変化は連続で起きていて、関係があるのは間違いないだろう。純粋に勉強に打ち込むなら見た目なんて気にせず、変わらないか汚くならなきゃおかしいのに、以前より清潔感は増している。だいたい、別の生徒とろくにしゃべらず、他にやることがなさそうな代々木なら、一年のときから真面目に勉強に取り組んでいたに違いないし、点数がアップしたのはおそらく本能レベルでのやる気がこれまでとは異なっていたからで、そうなるとやはり恋をしたゆえと考えるのが妥当だ」といった反論がなされ、それで決まりだというムードにまで達した。

 そこで論争がほぼ決着な流れになったのは別の背景もあった。一つにはこの話題に飽きがき始めていたこと。もう一つは、真相を本気で究明しようとすれば、当然意中の相手は誰なのかというところに向かうことになるが、代々木はブサイクではないけれど、変人のイメージが強くてモテるわけもなく、女子からすると自分がその好かれている人だったら嫌なのがほとんどなんだろう、だからもう終わりにしようとの空気がじわじわ広がってきていたということだ。

 そして、なんとなく代々木の変化の謎は解けてめでたしめでたしという感じになって、みんなの関心は一気に薄らいだ。

 この代々木の一件に関して、俺にはちょっぴりショックみたいな感情があった。

 あいつは俺の知る限りいじめられてはいないが、冗談かと思うような身なりのおかしな奴ということで、みんなから少し馬鹿にされているというか、好意的に見られることはない浮いたポジションだった。しかし、平然と浮いていられるあいつに、俺は一目置いていたのである。

 俺はあいつと一緒で、独りでいることが多い。独りのほうが気楽で好きだ。男子は女子ほどグループがどうこうみたいなのはないから、それだけで変だとか、やばいことには通常ならないけれども、いかにも孤独そうな見た目のうえに実際ずっと独りでいるあいつくらいになれば別で、生徒内の立ち位置をより低くさせており、俺は何かの弾みで同列に見られたりしないようにクラスの奴などと友達付き合いもしている。とはいっても、無理をしているほどではなく、純粋に会話を楽しんだりもしているが。ともかく、そんな俺のことを、自由に思うがまま行動していながら、人間関係のバランスもうまい具合にとれていて、うらやましいなどと考えている奴らがいるようなのだ。もちろんそれは誤解だ。バランスがとれているんじゃなくて、とっているんだ。計算してやっている。本当に自分を貫いて、自由に堂々と生きているのは代々木のほうだ。なのに、その象徴だったガリ勉姿をやめて、普通になっちまいやがった。

 まあ、好きな相手ができて、みんなに注目されるのにお構いなしという感じで大きく格好を変えたのが正しいなら、やっぱり自己を貫いているともいえる。でも、恋で外見が変わるなんてありきたりだし、引き換えにあの個性丸出しな見た目をやめてしまうのは、俺的には幻滅だ。

 そういった訳で、みんなと理由は違うが、俺もあいつへの関心はかなり低下した。けれど、これまで長いこと密かに注目していたクセみたいなのがあるし、仲がいい特定の誰かと常に一緒にいたりしないためにクラス全体がよく見れているだろう、俺の視野に代々木が入る回数は少なくはない。だから、どうも様子がおかしいことにあるとき気がついたのだ。

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