赤ちゃん転生したら2人の英知な魔女に拾われました ~落ち込むと両側からサンドしてくれて乳のパワーまじ凄い、この膨らみのもとでぼくは最強の魔道具師をめざします!~

うちはとはつん

第1話 魔女と赤ちゃん


ぼくの家は小さな神社だった。


向かって左は、2階建てアパートのブロック塀。

右側は駐車場の金網フェンス。


そんな所に挟まれた横幅1mほどしかない、激せまな境内けいだいにある神社。

それがぼくの家だった。


ひょろりとした赤い鳥居越しに見える奥行きは、3mほど。

奥に鎮座する木造の拝殿も、一斗缶ぐらいしかなくボロボロ。


左右に置かれた狐の石像も、小さくて所々欠けていた。

ぼくはその右の像からふわりと現れる。

霞のように石像から出てくる。


そんなぼくは、白い獣耳を生やした「白狐」だった。

見た目は7歳ぐらいの子ぎつねお稲荷さんだけど、これでも400歳超えなんですよ。

ぼくは由緒ある神社のあやかしで、神使しんしとかお稲荷いなりさんとか呼ばれている。


ぼくは金色の瞳で、東の空に浮かぶ白い月を眺めた。

日没にはまだ少し早いかな。


「外はまだまだ存分に明かるいぞ」って、木の根元から這い出したニイニイ蝉たちが、わんさか鳴いて主張していた。


そんな初夏の夕暮れ前。


じーじー、わーわー。

蝉たちの恋の歌を浴びせられるぼくは、ほんのりと桜色の唇から深い溜め息をもらす。


「もう待っていられぬ、蒸し暑いっ、五月蠅うるさいっ。

色ぼけの蝉どもめっ!

陽が暮れるのを待っていたら、ぼくの心がカラカラに乾いてしまうっ」


そう言ってぼくは、腰から生える白い尻尾をぶるんと振り、カラコロと下駄を鳴らして路地を歩く。

向かう先は、駅前のガード下にある居酒屋だった。


陽はまだ高いけれど、ガード下ならそんな時間でも、きっと“デキあがっている”奴がいるだろうな。

ぼくは期待に胸を膨らませて、三角耳をピンと立てる。


駅へ近付くにつれ、行きかう人々も増えてきた。

そんな町中を、着物姿のぼくが尻尾をふりふり。


子気味良く下駄を鳴らせば、当然目立つ――はずなんだけど、そうでもない。

人々は白狐であるぼくに目もくれず、通り過ぎていく。


彼ら彼女には、ぼくの姿が見えないのだった。

ぼくはそういうたぐいの存在だった。


「おっ、やってるやってる、流石ガード下っ♪」


ぼくは目当ての“赤ちょうちん”へたどり着くと、ついついテンションが上がってしまう。

思った通り、明るいうちから飲んだくれている男たちが、ひいふうみい……5人。


店内は暑いのか、店先にある黄色いビールケースに座って、焼き鳥にかじりつきコップ酒をあおっていた。

ぼくはその内の一人へ、溶け込むように取り憑いていく。


ぼくに取り憑かれた白髪交じりの男が、ぴくんと跳ねると、それまで泥酔して濁っていた眼が、噓のようにしゃっきりする。

ビールケースを重ねただけの簡易テーブルを挟み、一緒に飲んでいた別の男が首をかしげた。


「何んでえ、猫背がしゃっきりしやがって、酒が抜けちまったか?」

「おうおう、抜けた抜けた、飲み直しさっ」


ぼくは取り憑いた男を操って振り返り、店先のパイプ椅子に腰掛けた店主へ声をかける。


「店主、ヒヤをもう一杯っ。

あと鳥皮と砂肝っ、それと炙った油揚げもくれっ」


――ほろ酔いの時間はあっという間に過ぎていき、いつの間にか陽も落ちて、白かった月が夜空の真ん中でこうこうと輝いていた。


その間ぼくは取り憑く相手を、何度も変える。

飲み屋も変えて、ぼくは飲んだくれたちの財布を平等に軽くしていった。


そして今はどこかの店のカウンターで、見知らぬ誰かと飲んでいる。


「でね私は、本当に人じゃないわけ……

白狐なわけデース。

近所のボロい社に住む、お稲荷さんなわけデスヨ。

今はこうして人に取り憑いて、お酒を飲んでるわけナノデース」


「キャミィさん、飲み過ぎだよっ。

言ってること、何かすげえ怖いんだけどっ!?」


「キャミィじゃ、ないデス。

私の名前は“七緒ななお”だって、言ってマース」


「あーもう、参ったなあっ」


隣に座る優男の呆れた声など無視して、キャミィことぼくは、カウンターに突っ伏して喋り続けた。


「ボロいって言ったって、初めからボロかった訳じゃないデース。

昔は綺麗だったし、もっと大きくて広かったデスヨ。


それがさー。

何度も区画整理で社を移築されて、その度に社が小さくなって行った。

鎮守の森も削られて、どんどんどんどん……」


途中からヒノモトに憧れて留学したらしい、キャミィなにがしの口真似は止めた。

めんどうくさい。


「その内、おまつりしていた“ウカノミタマ様”や“ウジガミ様”が、依代よりしろへ降りずにお隠れしてしまった。

すると人も、肌で分かるんだよ。

途端に参拝する者が減ってしまって、寄り付かなくなった。


うちを無視して電車でさー、5コも6コも隣の神社へわざわざ参ってんだよ。

もうこっちはやってらんないよっ。

そうしたらいつの間にか、ぼくの左に立っていた相棒も石造から現れなくなった。

消えちゃったんだよ。


そして今はぼく一人なわけ、あのボロい社に……

やんなっちゃうよなあっ」


ぼくが横を見ると、キャミィをナンパしていた優男はもういなかった。

別の女を、引っ掛けに行ったみたい。


「ちぇっ、男までぼくの前から、消えちまいやがんの。

どいつもこいつも、消えやがって。

本当、なんでかなあ……なんでぼくだけ消えないんだろう?」


ぼくはくだを巻きつつ、自嘲気味に笑う。


「くくくっ、分かってるさ。

実のところ、コレのせいだろなあ……」


ぼくは空になった、麦焼酎のグラスを揺らす。


「酒が好きすぎて、此の世ここから離れられねえんだ。

寂しくても酒を飲めば、何とかなるんだよなあ。

そのせいだ、きっと。

ぼくが消えないのは……下らねえ。


でもなあ……もう消えたって良いんじゃないかなあ。

もう一人は、何て言うかさ……

疲れたよ……本当に、嫌になる。


このまま酔い潰れて、消えたっていい。

ぼくみたいなミジンコ。

きえ、たっ……て……さ」


こうしてぼくは今日も酒への未練を引き摺りながら、酔いに任せて眠りにつく。

そして不貞腐れたぼくが、次に目を覚ましたとき。


そこは、此処ではない何処かだった――



    *



とある、高次元の空間にて。


天から垂らされた蜘蛛の糸。

その糸に吊るされた、銀の鈴が鳴る。


ちりりりりん


金色こんじきに輝く一千万もの腕を持つ女神が、鈴の音に耳を傾けた。

一千万手いっせんまんじゅの神は高次空間に座する、転移転生を司る神だ。


無数の腕は稲穂のようにたなびき、それぞれの腕が、高次の空間に絶えず文字を書き連ねている。

その一つ一つの綴りが、転移または転生する者たちの行く先だ。

女神は、酒臭い妖しに顔をしかめる。


〈見事に、腑抜けておるな。

これも時代の流れか……〉


一千万手の女神は、高次の空間へさらさらと、転生先を書き綴る。



    *



吹き荒ぶ嵐の夜に、獣人の赤子が生まれた。


それが不可思議な子で、栗色の髪をした両親から生まれたのは、白銀の髪をもつ赤ん坊だった。

それに加えて泣きもしない。


母の胎内から取り上げられた驚きで、顔を真っ赤にして泣き叫ぶはずが、一声も発さない。

赤子は外界を全く恐れず、のんきに微睡んでいるのだ。


そして何故かとっても酒くさい。

確実に赤子の肌から、酒精の匂いが立ち昇っている。


取り上げた助産婦たちはどういう事かと狼狽え、不気味な赤子に息を飲み、祝福の言葉が出てこない。

そうしている内に赤子が目をこすり、やっと産声を上げる。


「ふああ……もう閉店デスカー?

まだまだ、飲み足りないデスヨー」


しかしそれは愛らしい泣き声ではなく、この場の誰もが聞いたこともない未知の言語だった。

八時間の苦痛を越えて我が子へ対面した若き母は、赤子の代りに絶叫した。


七緒ななおは取り憑いた外国人美女のマネをして、上手く取り繕ったつもりが、女の絶叫を聞き慌てて目を開ける。

開けた途端に、目がぐるんぐるん回った。


「はれれ? 凄い酔ってるー!?

ぼくこんなに、飲んだっけな?」


赤子(七緒)の声を聞き、母だけでなくその場にいた女たちが、全員金切り声を上げた。


「なになに、どうしたっ!?

え!? なにっ!?」


赤子の動揺と、そしてまた女たちの悲鳴。

赤子を抱いていた助産婦が腰を抜かして、七緒を落としてしまう。


「いってーっ、何すんだっ。

……あれ? 目が良く見えないぞ!?

身体も上手く動かない、どうなってんだ!?

ん-っ、何か血生臭い!? ぬるぬるする!?」


更に女たちの、絶叫につぐ絶叫。

赤ん坊が何か喋る度に、叫び後ずさりして壁に背をつける。

祝福を受けるはずだった若い母は、とっくに気を失っていた。


「おい大丈夫かっ、何があったんだ!?

誰か教えてくれっ!?」


ぎいやああああああああああっ。

ひいいいいいいいいいいいいっ。


「何だよ、その悲鳴っ!?」


阿鼻叫喚の声を聞きつけ入室した男たちが、赤子を見て呻き、狼狽うろたえ後ずさる。

誰かが呪われていると呟き、胸元で大きく五芒ごぼう“☆”の印を切った。



とある辺境で生まれた赤子は、人知れず町の教会に運び込まれ、引き取られる事となる。

しかしその教会も扱いに困り果てて、赤子は岬に住む魔導師の館へと運び込まれた。


誰もが赤子の処分を考えたが、殺した際に呪われるのではないかと怯えてしまう。

なにせ生まれながらに酔い潰れて、未知の言語を話す赤子なのだから。


しかしそんな赤子もタライ回しにされて、魔導師に抱かれる頃にはとなり、己の境遇を理解し怯えていた。

呪われた子と恐れられようとも、赤子は赤子なのだ。


この子には、保護する者が必要だろう。

魔導師は羊の乳を人肌に温め、布に染み込ませて赤子に与え始める。


ここまでが僅か、二日間のできごと。

そして時は流れて――




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