第12話 「こういう時間ってさ、結構大事だと思うんだよね。いつ終わりが来るか分からないから。」
「おし、じゃあかんぱーい!」
「かんぱーい!」
「かんぱーい。」
「乾杯!」
魍魎(もうりょう)の掛け声の後で陽陰改(ようかい)たちが乾杯する。と言っても、全員飲むのはただの水なのだが。
夜叉(やしゃ)たちは今、焼肉屋にいる。特別何かがあったという訳では無い。が、気分的に全員で集まりたくなったという理由で集合することになった。今日は特に予定無いし景気付けにも良いかと思い、夜叉(やしゃ)も参加することに決めた。
「これそろそろええんちゃう?」
「だな。もう食おうぜ。」
夜叉(やしゃ)の向かいにいる烏天狗(からすてんぐ)と魍魎(もうりょう)の2人は目にも止まらないスピードで網から肉を取り、タレもつけずに一瞬で平らげた。
「うまうま。」
「うめー!」
2人とも肉の味に舌鼓を打っている。
「タレぐらいつけなよ。」
夜叉(やしゃ)は呆れながら静かに肉を取ってタレを付けて食べる。
「タレなんかいらねぇよ! 口に入っちまえばみんな一緒だ!」
本当に魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)の2人は食事という概念への関心が薄いようだ。
焼肉といえば、夜叉(やしゃ)は初勝利の日の夜に水木(みずき)に御馳走してもらったことがある。その時はあまり肉が美味しいとは思わなかったが、色々と経験した上で今こうして食べてみると中々に満足感のある味をしていると感じる。
「……美味い。」
夜叉(やしゃ)の隣に座っている八咫烏(やたがらす)は肉を呑み込んでからただ一言呟く。
(八咫烏って食べる時は意外と大人しいんだ……。)
夜叉(やしゃ)は思った。八咫烏(やたがらす)は近くにあったサンチュの上に肉を乗せて巻いた後、箸でつまんだそれを3人に見せつけた。
「焼肉というのはこうすると美味いんだ。人間がよくやっている。」
「ほぇー……じゃあアタシもやってみよー!」
「ウチもやるか!」
八咫烏(やたがらす)のやっている食べ方を真似する魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)。呑み込んだ後、2人は「美味い!」と満足気な顔になった。夜叉(やしゃ)はと言うと、その様子を見ながら焼きあがった玉ねぎをつまんでいた。
食べている最中、4人の会話の内容は次の階級戦についての話になった。
「この前、次の試合相手決まったんだよ。……猫又(ねこまた)って奴らしい。」
「猫又(ねこまた)……聞いたことがあるな。」
魍魎(もうりょう)の言った猫又(ねこまた)という名に八咫烏(やたがらす)が反応する。
「へぇ。知っとるんか、八咫烏(やたがらす)。」
烏天狗(からすてんぐ)からの問いかけに
「いや。本当に聞いたことのあるような気がしただけだ。」
と曖昧に返す。
「強いんそいつ?」
「どうだろーな。最近になってメディア露出が増えはじめてるぐらいだから結構強いんじゃないか。勝率も8割はあるみたいだし。」
魍魎(もうりょう)が答える。答えた後、魍魎(もうりょう)は額に手を当てた。
「ただ情報が少ないんだよなぁ。」
魍魎(もうりょう)は嘆いた後、水をぐびぐびと飲んだ。当然ながら夜叉(やしゃ)も猫又(ねこまた)という陽陰改のことは知らない。名前すら初めて聞いたレベルだ。陽陰改(ようかい)はこの国に数えきれないぐらいいるため、同階級と言えども銀階級以下となると知らない陽陰改(ようかい)も出てくる。情報が少ないなら猶更だ。
魍魎(もうりょう)はスマホを取り出して何度かタップした後、3人に見えるように画面を見せた。そこにはツインテールと猫耳の目立つ釣り目の陽陰改(ようかい)が映っていた。
「こいつこいつ。陽陰改(ようかい)情報関連のウィキにも基本ステータス以外の情報はほぼ無し、試合動画も1、2本が見つかったぐらい。」
陽陰改(ようかい)の試合で公で見られるのは基本的に金階級からの物である。銀階級以下の試合はアーカイブ化こそされているものの、大半の場合は一般人が生で見る以外詳細な試合状況を知る手段はない。メディアに出回るのは結果だけだ。ただし、夜叉(やしゃ)のように銀階級でもある程度の人気を持っている陽陰改(ようかい)であれば試合がメディアで流れるといったこともある。
「で、お前らはどうなんだ。試合は。」
魍魎(もうりょう)が尋ねる。
「ウチは今は臨時で水木陽陰堂(みずきようんどう)に仮所属って扱いやから階級戦はお預けやな。」
「私はまだ未定だ。」
烏天狗(からすてんぐ)は兎も角、八咫烏(やたがらす)も近況にはあまり進展がないらしい。では夜叉(やしゃ)はと言うと……夜叉(やしゃ)も特に次の試合は決まっていなかった。順当にいけばそろそろ階級戦の相手が決まる頃合いだというぐらいか。ふと魍魎(もうりょう)があることに気づいた。
「あれっ、夜叉(やしゃ)、お前もう少しで昇格じゃねぇか?」
それを聞いて夜叉(やしゃ)は「あっ」と思い出した。そう、夜叉(やしゃ)は金階級への昇格まで秒読みといった所にまで来ている。だが、同時に昇格というのはそう簡単に上手くいくものでもないということも夜叉(やしゃ)はよく理解していた。
「まぁこのまま勝ち続けられればだけど。」
夜叉(やしゃ)は謙遜するように答えると、
「夜叉(やしゃ)なら大丈夫だろ! 行けるって!」
にこやかに魍魎(やしゃ)が励ます。
「そうだ。2回連続で格上に、それもその内1回はこの私に勝っているのだからな。もっと自信を持て!」
魍魎に続いて八咫烏(やたがらす)も励ます。励ましつつ夜叉(やしゃ)の背を叩いた。
「いっ!」
想像以上の衝撃に痛みを感じる夜叉(やしゃ)。どうやらかなり力を入れていたらしい。それを見て八咫烏(やたがらす)は、
「ああ済まない済まない。」
と申し訳なさそうに今度は背をさすった。
4人での話が盛り上がっている中、夜叉(やしゃ)は隣の席が妙に気になっていた。隣から覚えのある気を感じ取ったからだ。声もどこか聞き覚えがある。
(流石に猩々ではないな……気も声も全く違う。)
誰だっけな、と思いながら隣を向くとそこには……まさかの寧々子(ねねこ)がいた。そして寧々子(ねねこ)の前には召喚士の男がいた。
「あれ、寧々子(ねねこ)……。」
夜叉(やしゃ)が寧々子(ねねこ)に話しかけると同時に、他3人も寧々子(ねねこ)の方を見てその存在に気づいた。
「あ!」
「あー!」
「ほう。」
先ほどまで召喚士の男と何かを話していた寧々子(ねねこ)もこちらに気付いた。
「あー‼」
寧々子(ねねこ)は驚きすぎて目も口も数秒ぐらい大きく開きっぱなしになっていた。かと思うとハイテンションで夜叉(やしゃ)たちに近づいてきた。当然、召喚士の男のことはそっちのけだ。
「なんでここに!?」
「いや……普通に食べに。」
目を光らせる寧々子(ねねこ)に対し困惑気味に答える夜叉(やしゃ)。
「こんな偶然あるもんだねー!」
話を聞いてみると、寧々子たちは本当にたまたまここに訪れていたようだ。行きつけだとかそういう訳ではないらしい。そう考えると本当に『たまたま』である。こうして夜叉(やしゃ)たちは新たに寧々子(ねねこ)を加えて会話に花を咲かせた。
「寧々子(ねねこ)はこれからの試合決まってんのか?」
「まだだね。」
「ちぇーお前もかよぉ。」
「あー、でも今月は色々あるから試合やんないかも。」
「マジで!?」
そんなことを話していた。
来店してから2時間ぐらい経ち、食事も十分、会話のネタも尽きてきたということで今日はお開きにしようということになった。
店の外に出ると騒々しいネオンの光と蒸し暑い空気が体に当たってくる。なんだかくどい暑さだ、と夜叉(やしゃ)は思った。その中、魍魎(もうりょう)と烏天狗(からすてんぐ)と八咫烏(やたがらす)は3人で相変わらず馬鹿騒ぎをしている。寧々子の召喚士はまだ会計途中のようだ。一方、夜叉は何を考えるでもするでもなく、ただ1人空を見上げていた。その姿を見た寧々子(ねねこ)が話しかけてきた。
「夜叉(やしゃ)はあっちに混ざらないの?」
「いやぁもう十分話したし、なんかいいかなって。」
「それはもったいないんじゃない? 向こう結構盛り上がってるみたいだけど?」
寧々子(ねねこ)が意地悪く笑みを作った顔を向けてくる。そして夜叉(やしゃ)にこう告げてきた。
「こういう時間ってさ、結構大事だと思うんだよね。いつ終わりが来るか分からないから。」
そう言ったところで店から寧々子(ねねこ)の召喚士が現れた。
「帰るぞー。」
「はーい!」
寧々子(ねねこ)は「んじゃ!」と言って夜叉(やしゃ)たちに手を振った。魍魎(もうりょう)たちもそれに気づいて手を振り返した。夜叉(やしゃ)も無言で笑顔を向けながら手を振った。振りながら寧々子(ねねこ)から言われた言葉の意味を頭の中で考えていた。
夜叉(やしゃ)にとって楽しい時間というのは水木(みずき)と出会ってから始まったと言っていい。それまでの時間は全くといっていいほど楽しくなかった。何のために生まれ、生きているのかが分からなくなっていたぐらいだった。例えるなら……いたってシンプルだが『地獄』と言い表すのが最適だった。
今は競い合える仲間が出来て、そして水木(みずき)と一緒にいることが出来るのだから楽しい。だが寧々子(ねねこ)の言っていた通り、そんな時間に終わりが訪れたら自分はどうなってしまうのか。過去に逆戻り? いや、一度手にした物を失うのだから単なる逆戻りでは済まない可能性がある。
それにしても……そもそも何故急にそんなことを夜叉(やしゃ)に告げてきたのか。まさか。夜叉(やしゃ)は思った。寧々子(ねねこ)の身に何かが起こったのではないか。様々な不安を抱えながらも夜叉(やしゃ)は魍魎(もうりょう)たちの輪の中へと入っていった。
夜の繁華街の中、夜叉(やしゃ)たちが歩いているのを雑居ビルの屋上から眺めている謎の女が1人いた。白衣を着たその女は、ポケットに両手を突っ込みながら隈を作った目で不気味に笑っていた。
「あれが夜叉(やしゃ)クン、か。見た感じ普通の陽陰改(ようかい)っぽいけどね。……それにしても、まさか『鬼系統』に関する貴重なサンプルを手にするチャンスがやってくるとは。運が良いね。」
独り言をしている女の元に着信が来た。すぐにポケットから携帯を取り出し、電話に出た。
「あぁ、うん。例の鬼系統はもう見つけたよ。あとは捕獲するだけだ。捕まえたら折り返し連絡しておく。うん。分かってるよ。じゃあ。」
電話を切った後、「ふぅ。」と一息つく。
「では始めるとしよう。……『ふらり火』。」
女が何かの名を呼ぶと突如として頭上に炎を身に纏った鳥のような存在が現れた。人型ではなく、鳥型なのだから陽陰改ではない。どうやらこいつが『ふらり火』という名の何からしい。女がその脚を掴むと『ふらり火』は翼を羽ばたかせ天へと飛んでいった。夜叉(やしゃ)の何気ない日常に何かが迫ってきていた。
陽陰解放(ヨゥンカイホウ)! 招来 勇沙奈(まねき いさな) @isana-maneki137
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