たんぽぽの綿毛

藤本英明(大空まえる・藤本楠庭・明日香英

たんぽぽの綿毛





   はじめに


 終戦直後の昭和の時代。

勉強なんかしなくたって、できる様でなければいけない。

そんな偉そうな思いをしていることに気づけなかった頃。

それでも楽しかった子供のころの自分をモデルに描いてみました。

それで幸せな人生を歩めるのならばいいのですが・・・・・。






  

   たんぽぽの綿毛

              藤本英明


 瀬戸内の小さな港町、あけの。

温暖で住みやすく、晴れの日が多い。

このあたりは、ほとんどが花崗岩で、砂浜の砂も白くて美しい。

山は低いが海辺まで続いていて、一様に丸みがある。

砂浜に打ち寄せる波が、汀に浸る岩肌の富士壺や牡蠣を洗い、いさり船のポンポン蒸気が軽やかな音を立て、白い航跡を残す。

海は穏やかで、大小の島々が点在し、その間を連絡船が通ってゆく。

かもめが白い。

潮風。

 「ギーッ!ギーッ!・・・・・。」

一艘の手漕ぎの舟が砂浜に沿うように進もうとしていて、先ほどから艪を軋ませているのだが、あまり動いているようすもなく、潮の流れの速さがうかがえる。

この辺りは、おそごえ、と呼ばれ、遊泳禁止になっていた。

「浜ちゃん!大丈夫か。」

「大丈夫じゃ。まかしとけ。」

舟は、浜ちゃんちの物だから、自信があるのだろう。

鉄ちゃんと修一は、艪を漕いだことがないので、まかせるしかないのだ。

三人は中学一年の同級生で、鉄ちゃんが浜ちゃんと仲良しだったおかげで、その鉄ちゃんと仲良しの修一は、かねてより一度は味わってみたいと思っていた、おそごえの潮の流れの速さを実感することができているのである。

それにしても舟が進まない。

さっきから砂浜の景色が、ほとんど変わらないのだ。

舟から見る砂浜は、また一味違っていて、いつも見慣れている砂浜なのだが、なんだか別の砂浜のようにも感じられる。

後ろがすぐ山になっていて、もっとも、ごく低い丘程度の山ではあるが、その山裾が砂浜で途切れ、しばらく先の渚に残っていて松の繁っている様は何とも風情があり、修一は好きなのであった。

「漕いでみるか?」

いきなり浜ちゃんに言われて修一は少し戸惑ったが、先ほどから浜ちゃんが漕いでいるのを見ていると、なんだか自分にも出来るような気がしていたので、いい機会でもあるし、代わってみる。

教えられるままにやってみると、なんとか出来るのだが、浜ちゃんが漕いでさえ、ほとんど進まないものが、自分がやって、果たして進んでいるのかどうか、とても進んでいるとは思えない。

鉄ちゃんもやってみるのだが、一応様にはなっているようでも、やはり、ここは浜ちゃんに任すしかないだろう。

交替するとき舟が揺れるので、少し恐かった。

すわって海水に手を浸してみると気持ちよく、水がきれいなのは分かるのだが、透明度が低いので、底に何が潜んでいるのか分からない、

そんな恐さを感じさせる。

修一は海で泳ぐとき、また、ボートに乗っている時、いつも、そんな恐怖感を覚えるのだが・・・・・・・、(みんなは、そんな事ないのだろうか・・・・・・・?)などと考えているうちに、ようよう舟は砂浜を横切って、角の岩場を回り込んでゆく。

ここまでくれば港が見えてきて、この冒険もこれまで。

修一は、短くとも又とない舟遊びに、友達のありがたさを感じつつ、舟を降りた。

先ほどの山を、ちょうど、時計の針の動きと反対に回り込んだことになるが、この山の裏側には、修一は、ちょくちょく足を運んでいて、実は、修一は信仰者の息子なので、そこへはお参りに、とはいっても、まあ何と言うか、言わば遊びに行っているのである。

いつもは、そのために自転車で我が家を出て、商店街を通り抜け、そのまま道なりに切り通しの坂を下り、住宅地を暫く進むと右の脇道へ入って電車の踏切を渡るのだが、そうすると、もう、そこは目と鼻の先なのであった。

 その日も、そうして自転車で出掛け、やがて踏切を渡ると、その先の角を左へ曲がった。

すると、やはり向こうから、お参りをするらしい一人の若い女性が歩いてくるのが見える。

どうも紀美ちゃんらしいのだが・・・・・。

やはり紀美ちゃんだ。

もう、はっきり確認できる。

夏らしく、彼女は、薄手のワンピースを着ているので、それに体の線がきれいに出ていて、思わず、はっとさせられた。

(すっかり女らしくなって・・・・・・。)

彼女とも同い年なのだが、女として意識したのは、この時が初めてだったのではないだろうか。

思ってはいけない事を思っているような、それでいて、抑え難い思い。

それは彼女にも感じ取れたらしく、なんとなく恥じらいを見せている。

修一は、いつになく男になっていた。

彼女が先に門を入る。

修一も無言で後に続く。

玄関で記帳をすませると彼女が声を掛ける。

「修坊、おはよう。」

「おはよう、紀美ちゃん。」

声を交わした途端、元の木阿弥。

いつもの甘えん坊の修一に戻っていた。

情けない様ではあっても、力ずくで彼女を自分のものにする訳にはいかない。

我がままにするか、甘えるか、どっちかなのだ。

だから女性には、甘えるしかない。

それが修一の泣き所だった。

 青い空には白い入道雲がむくむくと湧きあがり、山からは蝉の声がシャワーのように降り注いでいる。

庭には打ち水がされていて、窓辺に咲いている斑入りの赤い朝顔には小さな水玉が宿り、軒の風鈴がチリリンと微かな音を立てていた。

そばには電車が通っているのだが、遠くから、それらしい音が聞こえてくる。

どうやら近づいてきたようで、「プウウウウウーン!」と、特徴のある警笛を鳴らし、「グォォォォォーッ!」と、線路に音を響かせながら通り過ぎてゆく。

この電車ができたのは、二~三年前だったろうか・・・・・・・。

修一もよく利用するのだが、電車に揺られていたときに思いついたことがあった。

作家のまねごとをしてみる気になったのだ。

母に聞いたことを基にして、自分の生い立ちを書いてみることにした。




   つくし

              筅 修一


 あれは、そう。

寒い頃だった。

木枯らしが舞い。

木々の枝々を震わせて。

木の葉を散らしてゆく。

そんな或る日・・・・・・・・・・。

 病院の一室には、母のなつと、父、修がいた。

「ごくろうさんじゃったなあ。

よお男の子を産んでくれた。

ほんまに、ごくろうさん。」

「喜んでもらえて・・・・・・・・・・・・

何よりです。・・・・・・・・・・。」

二人には四人の娘たちがいたが、男の子は一人を亡くしていて、二人目だったのだ。

それだけに、修の喜びも、ひとしおだった。

「お父さん、男の子は未だ育てた事がありませんから、よろしくお願いしますよ。」

「そうじゃなあ、一人亡くしとるからのう、今度は無事にそだてたい。」

「そうですねえ。

あのときは残念でした。

この子は何としても元気に育ってほしいですね。」

「そうじゃなあ。

ぜひ、元気に育ってほしい。」

「頑張りましょうね。」

なつは優しい目で修を見遣った。

「どうじゃ、気分は。」

「悪くありません。」

「そうか、よかった。

何か食べたいものはないんか。」

「そうですねえ。

今は、これといって別に・・・・・・・。」

「そうか、なんかあったら言っときなさい。

いつでも持ってくるから。」

「すいませんねえ。

うちの方は大丈夫ですか?

みんな変わりはないでしょうか。」

「大丈夫じゃ。

まあ、なんとかやっとるから。

心配は、いらん。」

「そうですか。

よろしくお願いしますよ。」

「みんな弟ができて喜んどる。

わしも楽しみじゃ。

二人が元気で早う帰ってくるのを待っとるから。」

「あっ!

そうそう、お父さん、そろそろ帰らないと病院が閉まってしまうんじゃないんですか。」

「あっ、そうじゃ、そうじゃ。

うっかり忘れとった。

それじゃあな。

あした又くるから。

気い付けてな。

おやすみ。」

「おやすみなさい。

お父さんも、気を付けてくださいよ。」

「分かった、分かった。

それじゃあな・・・・・・。」

修は静かに、しかも急いで部屋を出ていった。

窓から見えている商店街には、さっきまでともっていた明かりが一つ消え、二つ消え、しだいに人通りもまばらになってきている。

ところが、しばらくすると又お父さんが戻ってきたので、なつは何か忘れ物でもしたのかと思っていると・・・・・・・・・。

「あははは・・・・・締められてしもうた。

ちょっと看護婦さんを捜してくるよ。」

そう言いながら、また行ってしまった。

病院の窓から見えている澄んだ夜空には星々がまたたいていて、冬の星座たちも優しくほほえんでいるかのようだった。

それからも、しばらくの間は修の病院通いが続いていたのだが、やがて、なつも退院し、生まれたばかりの修一を連れて戻ってきたのだった。

それからというもの、筅家では一人息子を授かった喜びに包まれていた。

修は修一を抱いてお風呂に入るときも、耳にお湯が入らないようにと、指で両耳をふさいでやるのだ。

「お父さん、着替えはこっちへ置いておきますよ。」

「ああ、ありがとう。」

お風呂が終われば夕食が始まる。

「わあ、お母ちゃん、なんでえ。

お刺身いっぱいあるなあ。」

「ぜんぶ切ったから。」

「あはは・・・・・、お刺身は一遍に、こんなぎょうさん切るもんじゃないよ。」

修が窘める。

「私は、お刺身が好きだからね。」

「ははははは・・・・・・・。」

 修は、けっこう風流人だった。

お茶を嗜み、俳句を詠むのだ。

子供たちにお茶の稽古をさせる事もあれば、

仕事の手を休め、一句ひねっていることもある。

そんな修の影響を、なつも自然に受けていた。

暑かった夏も終わろうとしていて、白砂川で遊んでいた近所の子供たちの姿も見掛けなくなり、裏山の虫たちも、そろそろ秋の便りを届けてくれる頃で、この田舎町にも時は静かに流れている。

そうして、ゆっくり、ゆっくりと秋は深まってゆくのだった。

 今日は、お月見。

二階の部屋の窓際には、すすきをあしらい、お団子を用意して、みんなで楽しんでいる。

子供たちはお団子に目がなく、その、かしましいこと・・・・・・・・。

でも修は静かに味わっていた。

「お母さんも一句つくってごらん。」

「そうですねえ・・・・・・・。」

しばらく一緒になって味わっていたが・・・やおら、ひらめいたのだろう・・・表情が明るくなって・・・・・。



 月よりも団子だんごと

        騒ぐ子らかな



と詠みあげた。

「うん、それはいい。」

修が褒める。

ときおり雲に隠れながらも、こうこうと輝くきれいな月が一家だんらんを見守ってくれているようで、このままの時が、いつまでも続けばいい・・・・・そう思われるほど、なごやかだった。

 ところが、そんな筅家を予期せぬ不幸が襲った。

修は、時計・楽器・眼鏡・レコードなどを商う家業を営んでいるのだが、時計の修理の細かい仕事に根を詰めるなど、心労が重なったのだろう、ある夜、突然、仕事場で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまったのだ。

これには、なつも茫然とするばかり。

でも今は、家業を引き継ぐしかない。

そんな、なつの心の支えになったのが、修と共にしていた信仰で、お参りのたびに聞くお話に勇気づけられ、商売に、子供たちの世話にと心する、なつであった。

そうしているうちに、次女が良い縁談に恵まれ、嫁いでいったのだった。

   「おわり」

   

   


つくし 二

              筅 修一


 光陰矢の如し。

歳月はながれて・・・・・。

いつしか修一は五歳を迎えている。

ときおり雪がちらつくこともあり、それが、この地方では珍しい事でもあってか、どこの子供たちも大はしゃぎ、まわりの山も、うっすらと雪化粧していて、どこかの雪国にでも迷い込んだかと錯覚させられるほどだ。

でも、すぐに溶けてしまうので、惜しまれる風情でもあった。

「修ちゃん、早くおいで。」

「緑ちゃん、待ってよ。」

二人は小学校へ行くところなのだ。

緑は、幼い修一を連れて川筋の一本奥の細道を通り、お宮さんを横切る。

この辺りには、あちらこちらに、なまこ壁の土蔵や白壁が見られ、古いたたずまいが残っていた。

「修ちゃん、この花を摘んでごらんなさい。

そしてこの小さな瓶に詰めるのよ。

そうよ、たくさん詰めてごらんなさい。

いろんな花を混ぜてね・・・・・。」

修一は、そこらじゅうに咲いている雑草の花々を、摘んでは入れ、摘んでは入れてゆきます。

「できたよ。

緑ちゃん、これどうするの・・・・・。」

「匂いをかいでごらんなさい。

どお、いい香りがするでしょう。」

「ほんとだ!

いい香りだねえ。」

それは、まるで香水のようでした。

そこは、なまこ壁の土蔵の横で、空き地になっています。

そこに雑草がいっぱい生えているのです。

ちょうど奇麗な白壁が続いているあたりでした。

昔は武士も住んでいたのだろうか・・・・。

そう言えば、小学校の近くには「しろやま」と呼ばれている山もあるので、或いは・・。とにかく、こういった風情は幼い修一にも好ましいものだったのです。

二人は中学校まで通じている、その細道を更に進んで途中から右へ曲がり、川を渡った。

そして、そこにある立派な瓦屋根の門を構えた家の前を通ると、もう、そこが小学校なのです。

かれこれ三十分も掛かったでしょうか・・・・・。

木造の校舎は古いもののようで味わい深く、これまでに多くの学童たちを育んできているのであろう、ほのぼのとした温もりに包まれている。

その五列並んだ校舎の三列目と四列目の間は和風の庭になっていて、そこはかとない風情を醸し出していた。

そのうえ講堂がまた立派で、木造の重厚な造りは学芸会のときや人形劇団の公演のとき、また映画の上映の時などに使われているのだが、それは地域の皆の誇りでもあった。

 今、授業が始まっているようで、修一は、というと・・・・・・・。

緑の机の横の床へ座り込んで、ぬり絵をしている。

先生は、緑のお母さんが忙しいので、緑が弟の世話をしているのを承知だから何も言わない。

修一も騒ぐでもなく、おとなしくしているのだった。

窓の外には広い運動場が広がっていて、ときおり木枯らしが落ち葉を舞い上げ、洒脱なダンスを踊らせていた。

そんな学校のそばを流れている白砂川は、まっすぐに筅家のそばまで流れてゆき、その先から左へ曲がり、河口へと続いている。

そこには小さな漁港があって子供たちの恰好の釣り場でもあり、よく釣り糸を垂れている姿を見掛けるのだ。

みんなには浜と呼ばれて親しまれていた。


 ある日のこと・・・・・。

お宮さんへお参りをしたとき、なつに言われた。

「修一、ひよこだよ。

可愛いでしょう。」

「うわぁ!かわいい。」

「どうだい、飼ってみるかい?」

「うん!飼ってみる!」

なつは縁日の露店で修一に、ひよこを買ってやった。

そして直ぐにボール紙の箱を利用して、ひよこの家を作ってやったので、修一は大喜び。

ひよこの家には裸電球が差し込まれているので暖かいのだろう、親鶏に寄り添うかのように、ひよこは電球のそばに立ったまま目を細め、やがて、うとうとと眠り始める。

クリーム色の柔らかな羽毛に包まれて、とても可愛い。

「ピー子!ピー子!」、そう呼びながら修一は畳を指先で「トン、トン、トン、トン!」と叩く。

すると足早に「チョコ、チョコ、チョコ、チョコッ!」と、ピー子は駆け寄ってくる。

そして愛らしい声で「ピィーヨ、ピィーヨ!」と鳴くのだ。

あまりにも可愛いので何度でも繰り返す。

何度でも。

何度でも。

一日中やっていても飽きない。

(なんて可愛いんだろう。)

抱き上げてやると、手に、その柔らかさと温もりが伝わってきて、思わず頬ずりをしてしまう。

そおっと畳へおろしてやると、あっちへ行っては「ピィーヨ、ピィーヨ!」、こっちへ行っては「ピィーヨ、ピィーヨ!」、修一が歩くと、チョコマカと足に纏わりついてくるので危なくてしかたがない。

思わず踏んづけてしまったのではないかと、ハッとさせられることもある。

お母さんに教わった、ひよこ草を取ってきて与えたり、水をやったりと、甲斐甲斐しく世話をしている。

(僕だけのピー子なんだ。

誰にも渡さない。)

楽しい日々が続いた。

来る日も、来る日も・・・・・。

この楽しみに終わりがこようなどとは夢にも思っていない。

いつまでも楽しんでいられるとしか思っていないのだ。

修一は、それを信じて疑わなかった。

しかし、それは以外と早くやってきた。

あれほど元気だったピー子が、すっかり弱ってしまい、この頃、元気がなくなっている。

(どうしたんだろう・・・・・・・。)

修一は心配だった。

お母さんに聞いてみると、「ふんが詰まったんでしょう・・・・。」と言うのだけれど、だからといって、どうしたらいいのか分からない。

修一には、為す術もなかった。

ただ、見守っているしかない。

気になりながらも、その日はそれで休んだ。でも、そこは子供の事。

寝てしまえば、そんな事も忘れて、ぐっすりと休んだのだった。

 翌朝は雨だった。

暗く、どんよりと垂れ込める雲。

降りしきる雨。

窓ガラスを洗う様に伝ってゆく。

その音で修一は起きた。

そして、すぐにピー子の家を覗いてみた。

ピー子は横たわっている。

だが、いつもと違う。

何かが違う。

動かない。

「もしや!」

不吉な予感が走った。

何かが違う。

いつもの様ではないのだ。

いつまで経っても動かない。

(どうしたらいいんだ。

どうしたら・・・・・。

神様、どうかピー子を返してください。

お願いします。

どうか、お願いします。

良い子になりますから。

ご飯も残さずに食べます。

お母さんの言うことも良く聞きます。

学校へも休まずに行きますから。

どうか、ピー子を返してください。

お願いします。

お願いします。

どうして神様は、僕からピー子を取り上げてしまうんですか。

どうして僕が、こんな辛い目に会わなければいけないんですか。

どうして、いつまでも楽しく暮らしていてはいけないんですか。

どうか神様、ピー子を返してください。

どうかピー子を・・・・・。

ピー子を・・・・・。)

修一は、一心に祈った。

こんなに祈った事はなかった。

でも、思い通りにならない。

なんとかして思い通りにしたいのに。

どうしても思い通りにならない。

修一は、とうとう祈り疲れてしまい、そのまま、その場で横になって眠ってしまった。

それでも夢の中ではピー子と今まで通りに遊んでいる。

楽しい日々が続いていた。

呼べば駆け寄ってくる。

呼べば駆け寄ってくる。

何度も何度も続けた。

「ピー子!ピー子!

あはははは!」

夢は楽しかった。

何もかも今まで通りだ。

「あはははは! 

あはははは!」

でも、ピー子が天に昇ってゆく。

「どこへ行くんだピー子。

どこへ行くんだ、ピー子!」

突然、目が覚めた。

「うわーっ!

ピー子が!

ピー子が・・・・・。」

そんな修一を見て、お母さんは優しく言ってくれた。

「修一。

だいじょうぶだよ。

もう、だいじょうぶ。

怖い夢を見たんだねえ。

でも、だいじょうぶ。

もう、だいじょうぶだよ。

ピー子が居なくなって寂しいねえ。

大の仲良しだったのにねえ。

ほんとうに良く遊んでいたのにねえ。

おまえたちが仲良しだったので、お母さんも

安心していたのよ。

ほんとうに残念ねえ。

修一が、いい子にしていたら、きっと、また会えるのよ。

ピー子はね、お星さまになったのよ。

あの夜空に一杯輝いているお星さまの中に、

また一つ、ピー子の星ができているのよ。

そこにピー子は、いつまでも、いつまでも、ずうーっと生き続けているのよ。」

お母さんは、どんな時でも修一の味方だった。

修一は、夜、星空を見上げてみた。

夜空に一杯輝いている星々。

(どこにピー子の星があるんだろう。)

その中の一つを見たとき、ふと、ピー子の姿が浮かんだ。

(あれだ!

あれがピー子の星なんだ。

ごめんね、ピー子。

何も、してあげられなくて。

ありがとう。

楽しかったよ。

また会えたら、一緒に遊ぼうね。)

降るような満天の星。

ときおり流れ星が光の尾を引いてゆく。

ピー子の星は、もう、ほかの星と紛れて分からなくなってしまった。

(でもいいんだ、ピー子には、いつでも逢える。

あの空の、どこかにいるんだ。

いつも見ていてくれるんだから。

逢いたいときには、いつでも会える。

いつも一緒なんだから。)

星が、こんなに綺麗だとは思わなかった。

今まで以上に綺麗だ。

いつまでも見ていたいほど、星空は美しかった。

   「おわり」




つくし 三

           筅 修一

 

「修ちゃん、行くよ!」

「うん!」

 緑が近所の友達と遊ぶ時にも、修一は一緒に遊んでもらうことが多く、グラウンドの辺りは、みんなのお決まりの遊び場で、よく缶けりなどをしている。

もっとも修一は、緑に付いて回るだけなのだが・・・・・。

「修ちゃん、いらっしゃい。

隠れるわよ。

見つからないようにね。

しーっ!静かに・・・・・。」

スリル満点だ!

また家では、お手玉や、おはじきの仲間に入れてもらうこともあり、時には、緑が友達とバレエの稽古をするのを見ていたりもする。

「♪~森の木陰でドンジャラホイ、シャンシャン手拍子、足拍子、太鼓たたいて笛吹いて~♪~・・・・・。」

あるいは裏山へ、みんなと一緒に遊びに行くこともあった。

 今日は、緑と仲良しの、向かいの家の姉妹の所へ一緒に遊びにいっているようで、みんなで掘りごたつを囲んで楽しそうにしている。

どうやらトランプをやっているらしいのだが、そこへ、おじさんがやって来て、押し入れの戸を開けて何やらゴソゴソやっている。

何かと思っていたら、みかんを出してくれるのだ。

「わあ、ありがとう。」

みんなは喜んで食べ始めた。

この家の人たちは皆とても親切で、修一としては、この家庭的な雰囲気が大好きなので、この家の子になってもいいぐらいだった。

 家でも、お茶のお稽古をしたり、お月並み祭には、みんなと一緒に、お参りをしたりもしている。

 「さあ、みんないらっしゃい。」

母に連れられて、みんなで一緒にお参りだ。

裏山の坂を少し登った所にある日本風のたたずまいは落ち着いていて、なかなか風情がある。

広間には着物姿の緑や、よそのお姉さんたちが、神前の横でお琴を奏でている。

お月並み祭だ。

いつにない華やかさに包まれ、少し、かしこまりつつも、鯉の泳いでいる庭の池をガラス戸越しに見るのも常で、お参りは修一に取っても悪いものではなかった。

それに、この辺りは、よく夜回りで、みんなと回っているのだ。

 「カチッ!カチッ!」

「 カチッ!カチッ!」

年長者が拍子木を叩く。

「マッチ一本火事のもと。」

「おばさん、おくどの下は、どうですか。」

「カチッ!カチッ!」

大きな声で注意をして回るのだ。

これは又、修一の楽しみの一つでもあった。

 ところが商売の方は、だんだん振るわなくなってゆき、だいいち時計を修理することのできない、なつは、ますます行き詰まってしまい、お参りをしたときに相談をしてみたのだが、「ごめんなさいね。お金のことは相談にのれないのです・・・・・。」とのことで、なつが困っていた、そんな時だったのだ、向かいの家のご主人が、ご自身のなさっておられる信仰を勧めてくださったのは。

早速なつは、そちらへお参りをして、いろいろと相談にのってもらうことができ、救われたのであった。

前の信仰の方でも、「そんなことでしたら、どうぞ、そちらの信仰をなさってください。

こちらに徳がなかったのですから・・・。」と、気持ち良く分かってくださり、それからは、一家そろって新しい信仰をすることになった。

 そちらでは朝参りが盛んで、朝早くから起きるのだが、(何でこんな早くから起こされるんだろう・・・・。)と、しぶしぶだった修一も、いざ、お参りをしてみると広間の石炭ストーブに石炭をくべるのも楽しくて早起きの辛さも忘れていた。

そして、「ヨイサッ!ヨイサッ!」との掛け声と共にさせて頂く早朝献身のお掃除を、みなさんと共に学んだ。

お参りの帰りには、よく若い者同士で、そばの低い山へ登ってみることもある。

頂上へは朱の鳥居が連なっていて、お稲荷さんが祀られていた。

山は海岸まで続いていて、そこの砂浜へも良く行くのだ。

今日も、みんなで寄り道をしている。

「修ちゃん、何を拾ったの?」

「貝殻だよ!

こうして耳に当てると波の音が聞こえるね。」

母に聞いたことを真似てみたのだ。

「へえ、そんなこと、よく知っているねえ・・・・・。」

「エヘヘヘヘッ!」

きれいな砂浜だ。

静かに波の音がしている。

寄せては返し・・・・・・・。

寄せては返し・・・・・・・。

汐風が未だ少し冷たく、ときおり頬を撫でながら潮の香を運んで砂浜をわたり、そのまま家々の庭を巡って空へ戻る頃、どこかで目白が鳴いている。

梅の花の蜜を求め、木から木へ飛び回っているようで、ひょっこり庭へ顔を見せるかもしれない。

そんな日々だった・・・・・・・。


 菜の花の咲くころ・・・・・修一は、もう三年生になっていた。

そんな頃、小学校へ一人の女の子が転校してきたのだ。

浅黒いけど顔の小さな子だった。

「小池千春です。

よろしくお願いします。」

お下げにしている。

彼女は、たちまちクラスの人気者になった。

彼女の机の周りには、いつも人だかりがしていて賑やかだ。

どうも鉛筆削りに使える安全カミソリを、みんなにあげているらしい。

彼女の家は美容室を経営しているので、お店で使った後のものを利用しているようだ。

修一は、ちょっと恥ずかしかったが、思い切って言ってみた。

「僕にも、ちょうだい。」

すると彼女は、にこにこしながら一つくれたのだ。

修一は、うれしかった。

ただ、自分だけが特別でないことに少し不満を感じつつ。

学校の帰りには少し遠回りをして彼女の家の前を何食わぬ顔をして、わざわざ通ってみるのだ。

ひょっとしたら丁度よく彼女が出てこないかな、と、心は彼女の方に向いたまま後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎていくのだ。

何度も試してみたのだが、いつも期待外れに終わった。

そうして彼女は、また、あっという間に転校していってしまった。

ほんの僅かな、ほんの僅かな思い出だけを残して・・・・・。

今でも修一は彼女の居た家の前を、ときどき通ってみる。

ただ、それだけの事なのだけれど・・・。

ちょうど、あんずの花が終わり、新緑が目に染みる頃だった。

   「おわり」




   つくし 四

           筅 修一


「修一、緑、みんな、さあ行きましょう。」

鎮守様は輪くぐりで賑わっている。

本殿の前に設えられた茅でできている大きな輪をくぐり、無病息災を祈るのだ。

露店も並び、夜が本番。

色とりどりのお面を並べ、売っている店。

カラフルなヨーヨー釣り。

箱入りキャラメルなどを打ち倒す、射的。

甘くて美味しいカルメ焼き。

ふわふわの綿菓子。

まだまだ沢山ある。

カーバイドの灯りによる独特の匂いの中を、浴衣姿の親子連れが団扇を使いながら、あっちを見たり、こっちを見たり、中には、お好み焼きを頬張っている姿も見られる。

修一たちも、まずは輪をくぐってお参りだ。

本殿で一礼をし、柏手をたたく。

いつもは静かなお宮さんも今日だけは賑わって、ざわめきは夜遅くまで続いていた。

 でも、一夜明けてみると昨日の賑わいが、まるで嘘であったかのように、いつもの静かなお宮さんに戻っていて、露店の名残が一層寂しさを誘っている。

そんな頃、ちょうど修一は家でも勉強をする必要があると感じ始めていたところだったので、その事をお母さんに話してみたところ、すぐに机を買ってくれ、窓際が勉強場所になった。

そして、いよいよ、生まれて初めて家で勉強を始めたのだが、社会科の教科書を読んではみるものの、どうも内容が今一つ理解できない。

だからノートに上手く纏められないのだ。

それに字も綺麗に書けない。

修一は、ムカムカッとしてきた。

(ああっ!

もういやだ。)

修一は勉強を投げ出すと、さっさと裏山へ遊びにいってしまった。

そして、それ以来、二度と家では勉強をしようとしなかったのだ。

それからも何度か家で勉強をしようとしてはみたのだが、どうしても、すぐにムカムカッとして勉強が手につかなかった。

なぜなのか?。

分らないまま・・・・・。


 近くのグラウンドのそばの池には、アメンボが小さな水輪を揺らしながらスゥーイ、スゥーイと水の上を走り、前方で輪を描いて泳いでいるミズスマシを追い越してゆく。

ときどきゲンゴロウが水面に顔を出しては小さな波紋を広げ、トンボが尻を水面に漬けてできた波紋と交わらせている。

樟の小枝に巣を張ったジョロウグモが獲物の掛かる度に急いで駆け寄り、糸にぶら下がっている木の葉と共に揺れだす頃には、池にさざ波が立ち始め、モンシロチョウが番で舞いながら水面の上を渡って、どこへとなく消えてゆく。


 時は巡り・・・あれから二年の秋を迎えている。

裏山にも紅葉が目立ち始め、ドングリも転がっていて、散り敷く落ち葉が、また層を厚くしていた。

この山の頂き辺りには日の丸と呼ばれる巨大な岩々が群れている所があり、それは町からも見えるのだが、その中の岩の一つには大きな日の丸が彫られていて赤く塗られている。

聞くところに因ると船からの目印らしいのだが・・・・・。

修一たち遊び仲間は、よく、この山で遊んでいるのだけれど日の丸岩までは、なかなか行けなかった。

その下の砂どめの広場あたりまでが、普段の行動範囲で、その辺りでも、かなり見晴らしがいいのだが、そこから更に草の中に分け入って、もう一登りしなければ日の丸までは行けなかったからだ。

(日の丸は、どんな所だろう。

いつか、みんなと行ってみたい。)

そう思っていた修一だが、いよいよ、その日がきた。

お母さんに、お弁当を拵えてもらい、水筒も肩にかけ、近所の優君と佐利君と共に日の丸を目差した。

麓の人家を離れると笹やぶがあり、ここではよく笹を採って小さな竹鉄砲や竹トンボなどを作って遊んでいる。

そこを山沿いに進むと小さな砂どめに出た。

山水が流れているのだ。

そのコンクリートの砂どめを渡って山道を更に登る。

すると第二砂どめだ。

ここも小さな砂どめだが更に登ると大きな砂どめに出た。

ここが第三砂どめで、かなり広い。

ちょっとした運動会も開かれたことがあった程だから・・・・・、大抵いつもこの辺りで遊んでいて、あっちの斜面にも、こっちの斜面にも木の茂みを利用した隠れ家を拵えてある。

しかし今日は更に登るのだ。

みんな、ここから上に行くのは初めてだった。

ここからは道が無い。

山水の流れに沿って登ってゆく。

いよいよ、その流れとも離れて斜面のシダの茂っている辺りを膝で掻き分け、掻き分け登ってゆく。

ここは少し手ごわい。

シダが堅く絡まっているのだ。

青々としていて、勢いもいい。 

しばらく無言で登った。

足を取られそうだ。

シダの葉が足に触る。

痛いぐらいだ。

「佐利君、大丈夫か。

早う来いよ。」

優君が先頭を進みながら振り返って言った。

「大丈夫じゃけど、もうちょっと、ゆっくり行ってくれんかなあ。」

「優君、ちょっと休もう。」

修一が促す。

優君と修一は同い年の五年生。

佐利君は一年後輩だった。

しかし、ここまで来れば、もう巨大な岩々が上の方に見えてきている。

あと一息だ。

三人は斜面のシダの上に腰を下ろして、水筒の水を旨そうに、グビグビと飲んだ。

斜面だから葉の上を滑りそうになるのを葉を掻き分けて上手に坐っている。

この山は自分たちの庭のようなもので、手慣れているようではあるけれど、それでも油断は禁物。

何が起こるか分からないからだ。

心がはやるので、一息ついた三人は、また、少しづつ、少しづつ、目差す日の丸へ近づいていった。

かなり登りは、きつい。

もう少しのところなのだが、なかなか近づかない。

しばし汗をかいた。

「もう少しなのに、なかなかじゃなあ。」

「もう、見えとるのになあ。」

「まあ、焦らんでゆこう。」

堅く絡まったシダに足を取られながら、三人は気を付け、気を付け進む。

でも、どうやら難所は越えたようで、ようやく岩の下へと辿り着く。

見上げるような大きな岩だった。

それが幾つも固まっていて、岩と岩との間を少し狭いがトンネルのように通れる。

まるで怪人四十面相の棲み家のようだ。

三人は、いつしか小学探偵団になっていた。

一つの岩が大きく、浅く削られていて、剥がれ掛かった赤い塗料が付着している。

紛れもなく、これが日の丸の正体であるに違いない。

しかし、こんなものが遥か彼方から見えるのかと思えば、何か不思議な気さえする。

それにしても大きな岩だ。

これなら遥か彼方からでも見えるのだろう。

三人は、そろそろ、お腹が空いてきたので岩の上で弁当を広げた。

見晴らしのいいのが何よりのご馳走。

ここで食べる弁当は格別だ。

三人は舌鼓を打った。

ふと、岩の下の茂みで「ガサガサッ!ガサガサッ!」と、音がする。

一同、何かと固唾を飲む。

そして身構えた。

武器になるような物は何一つ身に付けていない。

(どうしよう!)

しばらくすると犯人が現れた。

オスの雉だった。

きれいな赤い顔に緑の羽毛を見せながら斜面を登ってゆく。

「わあ!

雉じゃあ!」

「すげえ!」

みんなは見とれた。

こんな所で雉を見るのは初めてなのだ。

メスの雉もいるのか?

子供の雉も、いるのかどうかまでは分からない。

「顔は赤うて体が緑で綺麗じゃったなあ。」

「写真で見たんと同じじゃった。」

「この山に雉なんか、おるんじゃなあ。」

「初めて見たあ。」

「僕もじゃあ。」

しばし、一同は感激に酔った。

と、その感激も冷めやらぬうちに佐利君が、今度は犬の足跡を見つけた。

こんな所に飼い犬が来るだろうか。

いや、来るまい。

そうすると、これは何だ。

「山犬じゃあ!」

佐利君が青くなっている。

飼い犬と違って、山犬は獰猛だ。

腹の減った山犬ほど怖いものはない。

飼い犬だって人を襲うことがある。

ましてや、山犬となれば・・・。

「ほんまじゃあ!」

残る二人も認めた。

身を守るものは何一つ持っていない。

こんな所で山犬に襲われたら、ひとたまりもないのだ。

一同、背筋に薄ら寒いものが走る。

もう探検どころではない。

そそくさと後かたずけを済ませると帰りの道を急いだ。

帰りの足取りは来た時よりも早かった。

気が付けば、もう第三砂どめだ。

更に下る。

第二砂どめ。

そして第一砂どめへと下ってゆき、そこからは来た時と反対に、右の道を選んだ。

すると、道の下の茂みの辺りから「コン!コン!」と、不思議な声が聞こえてくる。

一同、顔を見合わせた。

(なんだろう?)

突然、優君が叫んだ。

「狐じゃあ!」

と同時に脱兎のごとく駆け出した。

もう、みんな無我夢中。

我先になって一目散に麓まで走り続けた。

「おどかすなよ!」

「化かされたら、どうしようかと思うた!」

「あははははっ!

わりい、わりい!」

とんだ冒険になったが、三人は、それぞれに意気揚々と、引き揚げてゆくのだった。

   「おわり」




 作家の真似事なんてできる訳もないのだが、「つくし」四部作を書いてみた修一。

長い文章などとても書けないことを痛感した。

それでも国語の宿題の作文には使えるだろうか?

なんにしても自信はなかった。

中学生の修一は教会へお参りすると、広間に卓球台を出して、学生会のみんなとピンポンをする。

最初は見様見真似でやっていたものが、だんだん上達してゆく。

一つ先輩の宏実ちゃんは時々打ち込んでくる。残念ながら、それを打ち返すのは至難の業だ。しかし、中学校の体育の先生方は見事に打ち返す。一人の先生が打ち込むと、もう一人の先生が卓球台から少し離れて見事に打ち返すのだ。さすが体育の先生だと感心させられる。

打ち込む方の先生の球は、スピードのあるのは当然だが、打ち返す方の先生の球は山なりの、ゆっくりした球なのだ。

見事な技である。

修一は、そんなのを見たのは初めてだった。

でも、真似をするのは、とても難しい。

いつかは出来るようになりたいと思っているが・・・・・。

修一は、紀美ちゃんとラリーをするのが好きだった。

彼女は打ち込んでこないし、修一も打ち込まない。ただ、いつまでもラリーを続けているのが楽しいのだ。

その点は気が合っていた。

広間の窓の外には斑入りの朝顔が咲いていて、ときおり吹く静かな風に揺れている。そばの山からは、盛んになってから久しい蝉しぐれが届いていた。

 今日は会員の皆様方とともに大本庁で行われる花火大会に貸し切りバスを連ねて行くのです。

もちろん紀美ちゃんも一緒です。

彼女は肩の出ているノースリーブを着ているせいか、一段と魅力的なので、修一は心惹かれています。

自分が、女性の肩の出ている姿に弱いということを、この時初めて知ったのです。

今まで意識していなかったのですが、なんとなく紀美ちゃんに惚れていることを意識しないではいられません。

でも、どう表現したらいいのか分からないのです。というよりも、こんな思いはいけないもののように思っている節があります。

修一は戸惑っていたのです。

夜になって花火が始まりました。

御正殿前の広場に集う皆様方とともに見上げていると、どうして紀美ちゃんを好きになってはいけないんだろう、と思えてくるのです。

世間体が良くないから?

みんなにどう思われるか心配だから?

村八分にされるから?

(なんて自分は小さいんだろう。)

そう思うと、心が吹っ切れました。

(たとえ振られてもいいではないか。それも人生勉強だ。素直になろう。)

そう決意を新たにしたのです。

修一は紀美ちゃんの隣に座りました。

一緒に花火を見上げるのです。

(帰りのバスも紀美ちゃんと一緒に座ろう。)

青春のはじける花火の夜は更けてゆきました。

帰路はバスの中で寝るのです。

修一は紀美ちゃんの隣で眠りました。

気が付くと夜は明けていて、朝のトイレ休憩です。

紀美ちゃんはまだ寝ているので、修一は顔を洗いにゆきます。

顔を洗っていると、「修ちゃん、おはよう。」紀美ちゃんも起きてきたようです。

「紀美ちゃん、おはよう。よく寝られた。」

「ええ、とっても気持ちよかったわ。修ちゃんも良く寝てたわね。」

「うん、夢を見てたんだ。紀美ちゃんと結婚している夢だったよ。楽しかったあ。」

「まあ、気が早いわね。私も見ればよかったかしら?」

「ハハハハハッ!」

お互いに少し、はにかんでいました。

爽やかな朝の始まりです。

小鳥の声が、すがすがしく聞こえています。

郷里では、いつも変わらぬ白砂川のせせらぎが、清らかな音を立てていることでしょう。


 その数日後のことでした・・・・・。

「修ちゃん、仲良くしてくれてありがとう。

楽しかったわ・・・・・。」

「紀美ちゃん、どうしたの・・・・・そんなお別れのようなことを言って・・・・・。」

「そうなの、引っ越すのよ・・・・・。」

「えっ!そんなあ・・・・・。」

「私も別れるのは辛いわ・・・・・。」

「そうか!行っちゃうのか・・・・・。」

「寂しくなるわ・・・・・。」

「どこへ・・・・・。」

「仙台よ・・・・・。」

「遠いね・・・・・。」

「もう会えないわね・・・・・。」

「そうだ!家へ来ればいい!一緒に暮らそう!」

「そうはいかないわ!

父の世話をしなければならないもの・・・母がいなくなってから、ずっと私が面倒を見ているのよ・・・・・・。」

「お父さんも一緒に来ればいい・・・・・。」

「そうはいかないのよ。

仙台支社長に任命されてゆくんだから・・・・・お仕事も大切でしょう・・・・・。」

「そうか、そうだよね。

お別れは寂しいけれど、元気でね。

君の幸せを祈っているよ。

僕は、いつまでも君の友達だよ・・・・・忘れないでね・・・・・さようなら。」

「ありがとう。ごめんなさいね・・・・・許して。私も修ちゃんのことは忘れないわ・・・・・これからも良いお友達でいましょうね・・・・・さようなら・・・・・。」

 そうして紀美ちゃんは旅立っていったのだった。

修一は、涙が止まらなかった・・・・・。

卓球をするたび、胸が詰まるのだ・・・・・。

そうして、残り少なくなった学生時代も終わりを迎えようとしていた・・・・・。



















   おわりに


 ここまでは、まだ病気を発症していなかった頃です。

その後、修一は精神を病んでしまうのですが、それは、綿毛は飛んでいった、へと続きます。

恥ずかしいのですが、自分の体験をもとにして描いてみました。

お楽しみ頂ければ幸いです。


           著者 藤本英明

        えいめいワールド出版

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たんぽぽの綿毛 藤本英明(大空まえる・藤本楠庭・明日香英 @monokaki303

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