聖女は俺に気があるけど、俺は困ってる…

| アーク II | 第八章: キメラ研究所

　キメラ研究所が作った薄暗いトンネルの奥深く、男はよろめきながら重く歩を進め、その度に鈍い音が響いた。そして、荒い息を吐くたびに体を前に投げ出した。彼は右腕を失い、血も流していた。

　彼は貧血でめまいがし、意識を失う寸前だった。さらに悪いことに、逃げ出してからしばらく何も食べていなかった。しかし、それでも彼は魔力を爆発させ、壁を叩きつけて亀裂を走らせ、トンネルを揺るがせた。

　「くそっ！あのガキさえいなければ！あいつさえいなければ！」

　その苛立った男は、かろうじて生きているウロスだった。彼の頭の中にあるのは、繰り返される戦いの記憶だけだった。

　彼はある未知の冒険者との戦いでひどく負傷していた。相手が若く、戦闘スタイルが未熟に見えたため、彼は相手を過小評価していた。しかし、それは彼の誤算だった。

　もし相手が強力な魔法を使って激しい魔力を放出することができると知っていれば…彼のアプローチは異なっていただろう。

　彼は、相手が周囲の魔力を吸収しているのではないかという直感があったが、それだけではそのような魔法を発動するのに十分ではないと無視した。

　彼はそれがただの偶然だと考え、最初の雷が発射されたときに計算違いをした。しかし…二発目でそれが確認された。あの少年は脅威であり、将来の障害になるだろう。

　信じられないほど速い魔力回復を持ち、非常に濃縮された魔力を完璧に制御できるその少年の目をウロスは見た。目に関連するスキルを持つ者は厄介な存在だ。

　やがてウロスは門にたどり着いた。奇形の獣の像が入口を塞ぎ、彼を睨みつけていた。

「はぁ…」

　ウロスは重いため息をついた。「面倒だな」と彼は言い、彼らを睨みつけた。「俺だ、デン・レドゥ、第十二席、ヒロス教団の入場を求める。」

　彼の掠れた疲れた声を聞くと、二体のキメラは互いに目を合わせ、彼を通した。彼らを通り過ぎると、今度は明るく清潔な廊下が彼を迎えた。

　歩き続けるうちに、彼は壁に寄りかかり、腕を組んだ見覚えのある顔に出くわした。彼らは傲慢な笑みを浮かべて彼を見つめていた。

　「まあまあ、デンじゃないか～。ひどい打ち負かされたね。銀の月にやられたのか？」

　「ちっ」

　　デンはその女性を苛立たしげに睨んだ。「口を閉じろ。お前みたいなのに構う気力はない」と彼は非難した。「それに、もし『あの姫』だったら、俺もこの基地も死んでいただろう。」

　「ふーん～それは大変だったね」と女性は興味を示さず、無関心に言った。「でも、それでも…古い友人にそんな口を聞くの？」

　「ちっ」

　デンはこの女性と話す気にはなれなかった。確かに彼女は美しかったが、その歪んだ性格が彼の胃をねじれさせた。

　「死んだと思っていたよ。報告書には、第十二席が死んだ可能性が高いと書かれていたし、見てみろ！生きてるじゃないか、元気に！」

　「ちっ！そう言うな—お前が俺の死を報告したんだろう？」

　「まあ～そんなにカリカリするなよ！それに、どうせその席は失う運命だったんだからね。だから、彼らはお前を変装させて送り込んだんだ！ひどい話だろう？まあ…噂が流れるのは恥ずかしいことだが、お前のように弱い席メンバーがいるなんて！」

　「…少しも後悔の念はないのか？うう…お前と話すのも疲れるし、その席ももうどうでもいい。」

　「まあまあ～それじゃあ…夕食？お風呂？それとも～あ・た・し？」

　「じゃあ、お前とお前の頭をもらう。」デンは本気だった。彼はここでこの女を殺したかった。

　しかし…

　「まあまあ～大胆ね！」女性は顔を覆い、指の間から覗きながら言った。

　　彼女の言葉に苛立ったデンは、神聖な武器を召喚し、その首に向けて殺意を漏らした。この殺意に反応して、キメラが壁から融合し、捻じれて出現した。

　「まあまあ～昼間にこんなに熱心に！本当に悪い子ね～！」女性は不気味な笑みを浮かべて言った。「神聖な槍を昼間から向けるなんて！本当に悪い子ね～！」

　「ちっ、お前は俺を苛立たせる！」デンは叫び、その後ため息をついた。「もう通してくれ。お前はただ俺を疲れさせるだけだ。」

　女性は肩をすくめ、邪悪な笑みを浮かべてデンに好きにしろとジェスチャーした。「デン、親愛なる～第十二席はもう取られているよ」と彼女は言った。

　「…もうどうでもいいと言っただろう？」デンは冷たく答えた。

　...

　.….

　...

　長い旅路の果てに、デンはついに休む時間を得た。彼は研究所の施設の一つに部屋を与えられ、ヒロス教団の高位メンバーとして、彼の治療には高度な技術を持つ医師が任命された。

　「ご挨拶、デン様。私の名前はイロルといい、あなたの回復を担当します。」

　「そうそう、ただプロステティックアームをくれ。」

　「…それがあなたの望みならば、そうしますが、サー、なぜケメルテックを試さないのですか？」

　彼の言葉を聞いてデンは苛立った顔を向けた。（彼らは俺を実験台にしたいのか？）彼は疑念を抱きながら睨んだ。

　「完璧にしたのか？」デンは厳しく尋ねた。

　「まだそこまでには達していませんが…腕だけなら生存率は80%以上です」とイロルは無表情のまま微笑んで答えた。

　「狂う確率は？」デンは問いただした。

　「約20%です、サー。」

　「副作用は？そのようなことはないのか？外の獣のようになるのか？」

　「サー、私たちのガードはまだ非常に正気です。見た目は野獣のようですが…そして、失敗すれば新しい腕に食われるか、暴走します。しかし…そのような副作用の確率は約5-10%で、獣になる可能性は2%程度です。どうでしょうか？」

　（…それはもっと有望に聞こえるな。）デンは思った。

　リスクはまだ相対的に高いが、その見返りは途方もなく大きい。外のガードたちも最初は普通の人間だったが、成功すると力が飛躍的に増大した。もともと強い者にどのような結果がもたらされるのだろうか？

　「まあまあ、それは悪くないね。どれくらいの力が得られると予想する？」

　イロルは今度は本物の笑みを浮かべた。貪欲で気味の悪い笑みだった。「正確には言えませんが…想像を絶するでしょう。」

　デンはにやりと笑った。その表情は正気の人間のものではなかったかもしれない…もしかして、彼も同僚のように狂っているのだろうか？

　「それなら、俺を怪物に変えてくれ。」

　彼は復讐を渇望し、狂ったような目つきで広い笑みを隠せなかった。

　...

　.….

　...

　静かな書斎でルナはいつものように本を読んで時間を過ごしていた。彼女はかなり落ち着いており、アルムが無事であることに喜んでいた。誰もカルトの出現を予想していなかった。そして、彼らを完全に根絶することは予想以上に困難であることが判明した。

　しかし…今はそれを考える時ではなかった。ルナがその任務を担当していたが、叔父はその責任を他の誰かに渡した。そして、彼女の記憶が正しければ、それはデラン・ルベッチだった。

　彼は信頼でき、かつては彼女の婚約候補だった。しかし、デランは恋に落ち、ルナと政治的に婚約する前に婚約した。しかし、彼女はそれを拒否しただろう。聖女がいなければ、叔父はアルムとルナを婚約させていたかもしれない。しかし、彼女はそれが望ましい結果だと思っていた。

　実際…彼女にとってそれは好ましい結果だった…結局、彼女は彼に特別な感情を抱いていた。しかし、それは恋愛感情ではないと彼女は自分に言い聞かせていた。さらに、アルムはすでにアメセリに特別な感情を抱いており…ルナは彼の親友であり続けることを好んだ。

　ページをめくると、彼女はドアのノック音を聞き、それが誰かを疑問に思った。彼女は通常、アルム以外の訪問者を受けることはなかったし、ミウであれば来る前に知らせていただろう。

　ドアに向かい、それをスライドさせると、そこには彼女の生徒の一人である異世界人が立っていた。金髪と青い目…

　（確か彼の名前はケビン・エストスタッドだったかな？）ルナは無表情で彼を見つめながら考えた。「何か御用ですか？ケビンさん？」ルナは尋ねた。

　彼女の無表情な外見がケビンをさらに緊張させ、彼はもじもじと動いた。

　「ぼ、僕は…相談に来たんです」彼は軽く頬をかきながら言葉に詰まった。

　（彼には何か下心があるのか？）ルナは考えた。結局、これはかなり頻繁に起こることだった。（…彼は誠実そうだ。話を聞いてみるか…。）

　「どのような相談ですか？」ルナは彼のトーンや表情を変えずに尋ねた。

　（彼は緊張しているし、恥ずかしがっている。彼は…）

　ルナは直感で感じた—ケビンは彼女に恋をしているが、それは彼女を少しも嬉しくさせなかった。

　「プ、プロフェッサー！恋愛相談をしたいんです。」

　「…何？恋愛相談？」ルナは頭を傾げて冷たく彼を見つめた。彼女は廊下を見て「誰が私に恋愛相談をするように言ったのですか？」と尋ねた。

　「…え？ああ…あの、ノエルが言いました。」ケビンは緊張しながら明かした。

　ルナは聞いてため息をついた。

　（すべて取り消す！ノエル、君とは絶対にうまくやれない！そして恋愛相談？私が一番ふさわしくない人だよ！？）

　「…私は恋愛経験がありません」とルナは冷たく言った。

　「あ、でも…あの…ノエルが言いました。アルムにいいアドバイスをしてくれたって…だから—」

　「出て行ってください」とルナは冷たく言った。

　「…ご迷惑をおかけしました、プロフェッサー」ケビンは頭を垂らして去った。

　ルナは廊下に出て、柱の後ろに隠れている二人の友人を見つけた。

　「説明を。私の書斎で。今。」彼女は震えている幼馴染を見下ろして言った。

　「アウバブワバ」

　...

　.….

　...

　ルナは足を組んで座り、お茶をすすりながら彼らの言い訳を待っていた。「それで？これは一体どういうことなの？」ルナは冷や汗をかいて背を向けているノエルに尋ねた。

　「…あの…そのことについて。彼は君に恋心を抱いていると言ったんだ…だから…その…」

　彼はミウに助けを求めながら話していたが…彼女は目をそらして彼を助けたくない様子だった。

　（ミウ…君の気持ちはわかるよ、本当に…でも！幼馴染が命の危機にさらされているんだ！助けてくれ！）

　「だから君は彼を私のところに送ったのか？恋愛相談をさせるために？」

　「…はい…。」ノエルはおずおずと答えた。

　「ノエル、君に褒め言葉を言うわけじゃないけど、君は良い顔をしていて、有能だ。君は人気があり、女たらしのように見えるが、教えてくれ。なぜ君自身がその可哀想な少年にアドバイスをしないの？」

　「……」

　彼はそれを褒め言葉と受け取るべきか、完全な侮辱と受け取るべきか迷ったが…彼はルナが思っているほどの経験を持っていなかった。また…

　（誰が女たらしだって！？）

　「まあ…君がどの男にも興味を示さないのはアルムだけだろう？」

　「…君の言い方は気に入らない」とルナは率直に言った「でも…それがこの件とどう関係があるの？」

　「うーん…彼自身がチャンスがないと気づいたら、そんなに傷つかずに諦めるだろう」とノエルは答えた。

　「…いいえ、彼はこうして拒絶されることでかなり傷つくと思います」とミウが誤ってコメントを追加した。

　「……」ノエルはミウを見つめた。

　「……」ミウも同様に彼を見つめた。

　二人は口を開かずに静かに見つめ合った。これを見てルナは微笑まずにはいられなかった。彼女がアルムに見せる柔らかく甘い暖かい笑みではなかったが、ノエルとミウはそれを貴重だと感じた。

　「君はこのままの方が可愛いよ！」ノエルは思わずコメントした。

　これで彼はトラブルから逃れようとし…褒め言葉と話題を変えるのが最善の方法だった。しかし、ルナには他の計画があった。彼女の顔が邪悪な笑みを浮かべたのだ。

　「まあ？チェリーが聞こえたかしら？彼はアプローチを試みたかもね。」

　「……」チェリーの名前を聞いてノエルは凍りついた。冷や汗が彼の背中を流れ、ゆっくりとルナが向いている方向に振り向いた。

　（…くそ…）

　チェリーは棚の後ろのドアから出てきて、彼を冷たく見つめていた。

　「チェ、チェリー…！偶然だね！？君は何をしていたんだ…？」ノエルは緊張して尋ねた。

　彼の情けない姿を見てミウは静かに笑った。

　「偶然じゃないわ。プリンセス・ルナと一緒に資料を見直していたの。」チェリーは答えた。

　彼女は笑顔を浮かべていたが、ノエルは彼女がどれだけ不機嫌であるかを感じ取ることができた。

　「…そうか…。」

　「明日まで休んでね。必要になるわ。」

　‘ゴクリ’

　（彼女は一言ずつ強調した！これは良くない！）

　まだショック状態のノエルは静かにチェリーが書斎から出ていくのを見守り、彼は我に返って彼女を追いかけ始めた。

　彼の慌てた様子を見てミウは笑い、今度はルナと二人きりになった。二人は静かに微笑み合った。

　時間が経つとルナは「ミウ、追加の勉強をする時間だよ。」と嬉しそうに言った。

　「いやぁぁぁ～！」

　...

　.….

　...

　その間、アルムとアメセリはデートを楽しんで一緒に過ごしていた。最近彼らはランチを取り、美しい花々が咲き誇る庭を見て回っていた。

　アルムは花についてあまり知らなかったが、アメセリは彼に花の意味や特異性、名前の由来を説明していた。

　彼は以前は花に興味がなかったし、今もそうとは言えなかったが…彼の愛しい彼女がそれを愛しているので、彼は彼女の話を注意深く聞いていた。彼はたくさんの質問をし、それは彼が強制されてではなく、彼女が楽しんでいることを学びたいからだった。そして、アメセリはとても幸せになり、彼にぴったりと寄り添い、幸せな笑顔を浮かべていた。

　しばらくして彼らは小さな店にたどり着き、花束や花の冠を売っていた。アルムは紫色の花の冠を見つけ、それを彼女のために買った。アメセリはとても驚いた。彼女はアルムがその花の意味を覚えているかどうかはわからなかったが…それでも彼女は嬉しくて泡立っていた。

　「私にそれを付けてくれますか？」アメセリは恥ずかしそうに尋ねた。

　「ええ…もちろん。」

　彼も恥ずかしがっていた。その花の名前はレネオスで、「いつも君のそばにいる」という意味だった。彼は基本的に彼女にプロポーズしていた。

　店主は頬に手を当てて暖かい笑顔で彼らを見守り、「おお、なんて素晴らしいことだ」と言った。しかし…それだけではなく、多くのカップルがそのやり取りを見守っていた。

　アルムは彼女の前髪を優しく払い、慎重に彼女の頭に冠を置いた。アメセリは表情を抑えきれず、恥ずかしそうに赤面した。彼女の顔は柔らかくてとろけそうだった。そして…彼女は何かを彼のために取りに走った。

　彼女はジュレオスの花を選んだ。これらの黄色い花は「冷たい嵐を乗り越えての幸せ」を意味しており、アルムの目はその冠とアメセリに向かって広がった。彼は彼女が彼の過去を知っているかどうかはわからなかった。しかし、彼は彼女が彼のプロポーズを受け入れてくれたことに喜びを感じた。

　「アル、君にそれを付けてもいい？大丈夫かな？」

　（彼女の笑顔、彼女の温もり、彼女のすべて…）

　「もちろん、ぜひ君に付けてほしい。」アルムは膝をついた。

　アメセリは彼の頭に冠を置き、彼の額に恥ずかしそうに優しくキスした。それにより群衆が歓声を上げた。

　恥ずかしそうな彼女の姿を見て、彼は立ち上がり、彼女の手を優しく握りながら、彼の額を彼女の額に当てて「愛している」と言った。群衆はさらに大きな歓声を上げた。

　—彼らは知らなかったが、その場所はプロポーズの人気スポットとなった。