第7話 右脳と左脳は相性が悪いのでしょうか?

 この街に今ひっそりと流れる都市伝説があった。

 決して神の眠りを苛立たせるような、重い溜息をついてはいけない。

 もし付いてしまったら、ピンクの悪魔が笑顔と共にやってくる。


「課長、この書類に目を通して下さい」

「承認印を下さい」

「プロジェクトの立案を」

 私の前には、部下達がずらりと立ち並び借金取りのように矢の催促をしてくる。

 いくなんでも、私一人に仕事が集中しすぎだと思う。

 が

 私ほどに綿密な計画が立てられて奇抜なアイデアを生み出せる逸材がいないのだから

 しょうがないと言えば

 しょうがない。

「ああ、もう焦れったいな」

「ほんと」

「仕事がはかどらない」

 部下達も苛立つようだが私は一人しかいないんだしょうがないだろ。

 これでも人の数倍の速さで処理しているのだぞ。

「苛つくよ」

「まったくね」

「「「「「「「「「「「はあ~っ、課長がもう一人いたらな~」」」」」」」」」」」」」」」」

 部下達の意識は、見事にシンクロし一斉に溜息をついた。

 本当に私もそう思うよ。

「その願い叶えるりん」

 オフィスに突然、子供の声が響いた。

「なっ何だ、どうして子供の声が」

 部下達が、おろおろ声の主を捜し出した。

「下りん」

「えっ」

 部下達が一斉に見る足元には、可愛い女の子がいた。

 ピンクのトリプルテールを揺らし、その子は得意そうにみんなを見上げる。

「お嬢ちゃんは、誰?」

「わたしくるくるリン。

 みんなの願いを叶えに来たの」

「そうなの?えらいね~お父さんはどこにいるのかな?」

 OLの一人が子供が好きなのか笑顔で対応を始めた。

「いないりん」

「なら、お母さんは?」

「いないりん」

「そうなの、困ったわね。ねえお姉さんと一緒に総務行く」

「行かないりん。リンは、ここで願いを叶えるりん」

 リンという少女はだだをこね出し、OLはどうしていいのか分からず周りの部下達に救いを求めた。

 そっと視線を逸らす部下達、まあやっかいごとを避けるのは社会人として立派だが。

 全く子供一人面倒見れないのか。

 私はデスクから立ち上がるとリンという子に近寄っていった。

「リンちゃん」

「何りん」

「みんなのお願いを叶えに来たんだよね」

「そうりん」

 リンちゃんは嬉しそうに笑った。

 うちの子もこんな風に可愛いときがあったな~。

 おっといけない今は感傷に浸るときでは無い。

「じゃあ、叶えて貰えるかな」

 子供は、こうやって気の済むようにしてあげるに限る。

 その後で総務にでも連れて行けばいい。

「分かったりん。

 くるくるくるくる、くるくるりん」

 リンは、どこかの幼稚園で習ったのか、くるくる楽しそうに躍り出した。

  微笑ましい限りだ。いい息抜きだと思えば悪くない。

「あなたのお願いかねます。

 マジカルジャパニーズブレード」

「えっ」

 リンちゃんの手に切れ味鋭そうな日本刀が握られた。

  どこから表れたんだ?

  ピンクの刀身は巫山戯ているとしか見えないが、威圧感はとてもおもちゃとは感じられない。

「リンちゃん、危ないから」

 止めようと私は手を伸ばし掛けた。

「ズバッと真っ二つ」

 刃鳴りと共に私の身体は真っ二つ。

  ついでに私の意識も二つに割れた。

 部下達の唖然とした顔が見える。

 部下達の唖然とした顔が見える。

  なにか、左側がすーすーする。

  なにか、右側がすーすーする。

 ちょっと様子を見てみよう。

 ちょっと様子を見てみよう。

  左を向くと、断面から臓器剥き出しの左半身だけの私が見える。

  右を向くと、断面から臓器剥き出しの右半身だけの私が見える。

 左手を動かそうと思っても動かない。

 右手を動かそうと思っても動かない。

  右手を動かそうと思うと動く。

  左手を動かそうと思うと動く。

 どうやら、身体半分しか動かせないようだ。

 どうやら、身体半分しか動かせないようだ。

  これは、理論的どういうことだ。生物学的に生きていられるわけない?

  これは、感覚的どういうことだ。神の奇跡、超常現象なのか?

「リン、なぜ私は死なない。論理的に説明してくれたまえ」

「リンちゃん、なんで私は生きてる? どっばと感覚で示してくれ」

「リンは、天使だから絶対に人を殺せないりん」

「理屈になってない」

「直感にビビッときたよ」

 取り合えず生きているだと。理屈に合わないのはイライラしてしょうがないぞ。 

 生きてはいるようだし、身体が半分でもどうにかなるだろ。

「じゃあ、みんなのお願いは叶えたりん。

  お仕事頑張ってりんりん」

 リンは去っていき、二人の私と唖然とする部下だけが残った。

  まず私がしなくてはならないことは。

  まず私がしなくてはならないことは。

 私はデスクに歩き出した。片足でも、綿密にバランスを取れば歩けないことはない。

 私はデスクに歩き出した。片足でも、直感ステップでなんとか歩けないことはない。

  椅子の半分に、腰を下ろした。

  椅子の半分に、腰を下ろした。

 バン

 バン

  私はデスクを叩いた。

  私はデスクを叩いた。

「いつまで、惚けている仕事をしろ」

「いつまで、惚けている仕事をしろ」

 私の一声で、部下も、すぐに白昼夢から覚めたように動き出した。

 私の一声で、部下も、すぐに白昼夢から覚めたように動き出した。

「では、課長このプロジェクトについて相談したいのですが。

  どちらに相談すればよろしいでしょうか?」

 部下Aは、左右と視線を漂わせながら、尋ねてきた。

 部下Aは、左右と視線を漂わせながら、尋ねてきた。

「さっさと見せたまえ」

「さっさと見せたまえ」

  他人なんかに、大事な仕事を任せられるか。綿密な計算が狂う。

  他人なんかに、大事な仕事を任せられるか。感性が鈍る。

「なんだね。この計画は、曖昧な感性など廃して、シビアな数字を出しなさい」

「なんだね。この計画は、堅い理論を越えた、もっとビックな感性はないのか」

「あの~どちらの指示に従えば?」

 部下は戸惑いながら尋ねてきた。

 部下は戸惑いながら尋ねてきた。

「もちろん私が」

「いいや私だ」

「そんな曖昧なことで、ビジネスの世界を渡っていけるか」

「ガチガチに理屈並べたって、ものは売れないんだよ」

 何てむかつく奴なんだ、絶対に反りが合いそうもない。

 何てむかつく奴なんだ、絶対に反りが合いそうもない。

綿密に考え、演繹法を使って、帰納法的に結論は出た。

直感一発で、結論は出た。

 こいつとは、絶対に反りが合わない。

 こいつとは、絶対に反りが合わない。

「くそっこうなったら拳で決着を付けよう」

「いいだろう」

 もはや、どちらかが消滅するしかない。

  法律上自分を殺しても、自分は生きているので問題なし。

 もはや、どちらかが消滅するしかない。

  感覚的には半殺しだから、オッケーのはず。

「いくぞ」

「いくぞ」

「うわーーーーーーーーーー誰か課長達を止めろ」

「理論派と直感派が、仲良くできるわけがないんだ」

「誰か仲裁しろ~」

「ボクに任せろ」

 振り向けば、赤毛の少女が、時速100キロ以上のスピードで突っ込んでくる。

 無理向けば、赤毛の少女が、猪の如く、こっちに突っ込んでくる。

「ダブルラリアット」



「はっ」

 気が付くと、私の意識は一つに戻っていた。

「課長すいませんでした。俺達課長に頼りすぎました」

「もっと頑張って。課長の負担を減らします」

 なんだかしらないが、部下がやる気を出している。

「ですから、今日はもう帰って休んで下さい」

「なんだか疲れたな。そうさせて貰うよ」

 気のせいか動くたびに、ぱりぱりするし。

 

 家に帰ると、妻は私の顔を見て、絶句していた。

 失礼な。

「風呂に入る」

 私は絶句している妻を放って置いて、さっさと風呂に入った。

 シャワーを浴びていると、なにかパラパラ透明なものが取れてくる。

 手に取ってみると、それはセロハンテープだった。

 ?

 シャワーと共に、セロハンテープは取れていき。 

 私は…

 私は…

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