魔女っ娘天使くるくるリン

御簾神 ガクル

第1話 リン降臨

わたし 魔女っ子天使くるくるリン 神様から迷える人間を救うように使命を授かったの

 辛い溜息一つで あなたのもとに駆けつけるわね


「はあ~っ」

 公園のベンチに座り、私は溜息をつく

 駄目だった。

 今日も再就職の試験でドジってしまった。

 練習では完璧なのに、いざ人を前にすると祭り太鼓のように打ち鳴らし出す鼓動。

 その鼓動に釣られて舌も暴れて碌にしゃべれやしない。

 親のコネと好景気でこんな私でも何とかねじ込まれた会社をリストラされて早数ヶ月、そろそろ貯金も心許なくなってきた。

 そんな行く先見えない明日の不安で心臓がレモン果汁のように締め付けれて、今夜も碌に眠れないんだろうな。

 そして深くなる目の下の隈、此の所為で初対面の印象すら悪くなる。

 まさに負のスパイラル。

「はあ~っ。こんな臆病なハートなんか入らないよ」

「こんにちわりん」

「うわっ」

 突然目の前に10歳くらいの女の子が現れ、心臓が飛び出そうになった。

 つくづく臆病な俺が嫌になる。

「もし~も~し、大丈夫ですか?」

 女の子はくりっとした子犬のように愛らしい瞳で小首を傾げ、こちらを心配そうに見上げてくる。

「ほんわかりんりん、落ち着いて」

「ああ、ありがとう」

 なんか、舌っ足らずな口調に本当にほんわかしてくる。

 おかげで心臓も落ち着いてきたぞ。落ち着いて私は少女を眺めだした。

 少女は、ヴィチューバーにでもなれば軽く再生数が数十万くらい稼げそうなほど可愛い。

 ピンクの髪を、ツインテールにポニーテールをプラスしたようなトリプルテール。

 服は水色のセーラー服を着ていて、よく似合っている。

 なんか別の意味で心臓がダンスしそう。

 私にそんな気はなかったはずだ。

「お嬢ちゃん可愛いね」

 なんか、こんな娘がいたらいいなと思ってしまう。

 蚤の心臓で女性に告白すらしたこと無いけど。

「ありがとう。わたしはくるくるリン、おじちゃんは?」

 おじちゃんか。私も三十路過ぎ、お兄さんとは呼ばれない年齢。

 わかっちゃいるが、ちょと悲しい。

「わたしは、能美 新造と言うんだよ、リンちゃん」

「能見さんは、どうしてそんな大きな溜息をついてるりん?」

 この年の娘らしい、純真で残酷な質問をしてくる。

 普通なら誤魔化す。

 そのくらいの矜恃はまだある。

 でも、このこのくりくりした目を覗き込んでいる内に心の重しを外したくなる。

 心の重しを外したい欲求に抗えなくなってくる。

 う~ん、可愛いペットに愚痴ってしまう飼い主の心境だろうか?

 しゃべれば癒される気がしてしまう不思議な魅力がリンちゃんから感じる。

「実はね。人間関係で会社を辞めさせられてね」

 流石にこの年の娘に、職場内でリストラ虐めにあったとは言えず多少ぼかした。

「くるくる大変りん。

  じゃあ、おじちゃんお仕事探しているの?」

「そうだよ」

「うまくいってるりん」

 全くもって残酷な娘だ。

 うまくいっていれば、こんなベンチに座って溜息なんかついてない。

 フラッシュバックで蘇る面接。

 心臓がじゅくじゅくして苦しくなってくる。

 それでも口は止まらない。

「駄目なんだ。

 なんかすっかり臆病になってしまってね。なにかあると心臓がすぐに締め付けられて苦しくなるだ。

 最近なんか、寝てても悪夢で心臓が苦しくなって目が覚めてしまうくらいなんだ」

「かわいそうりん」

 軽く言ってくれるが、まあ心配してもらえるだけ、ありがたいのかもしれない。

 思えば私を気遣ってくれる言葉なんて両親以外では数年ぶりかも知れない。

「まったく、自分が嫌になるよ。

 こんなノミの心臓でなければ、人生開けるのかな、ははっ」

「心臓いらないりん?」

「そうこんなノミの心臓なくなれば」

 子犬のように可愛く小首を傾げて聞いてくるリンちゃんの言葉に深く考えずに流れるように答える。

「貴方の願いを受理しました」

「えっ!」

 リンちゃんは今までの可愛い子供用な受け答えが嘘のような機械的な口調で言う。

「わたしは魔女ッ娘天使 くるくるリン。あなたのお願い叶えます」

 私を置いてけぼりにしてリンちゃんが輝いた。

 光に包まれ、リンちゃんから天使の輪っかと白き翼が生まれた。

 その姿は、あまりに美しく神々しく、感涙してしまう。

 天使だ。天使が来てくれたんだ。

 これは神様が私を苦しみから救うために、リンちゃんを遣わせてくれたんだ。

 私は、リンちゃんの天使の姿に素直にそう感じられ、生まれて初めて神に感謝した。

「くるくるくるくる、くるくるリン」

 りんちゃんは、指を回し体を連動させて、くるくる楽しそうに躍り出した。

「あなたのお願い、ズバッと」

 リンちゃんは、愛らしく言葉を紡ぎながらウィンクをした。

 かわいい、ああ天使様。リン様。

「えぐり取ってやらあ」

 どす黒い声を共に、私は今までに感じたことがない衝撃を胸に受けた。

 口から、吐血し、真っ赤に染まった視界で胸を見れば。

 愛らしいリンちゃんの手刀が私の左胸に、エグり込んでいる。

 肋がグキグキ砕け、リンちゃんの手刀が私の中に入り込んでくる。

 痛みで朦朧としてくる意識の中、やがて心臓を掴まれたのを感じた。

 鼓動を無理矢理押さえ込まれ、ギュッとなった胸は、切なくなるような超激痛を感じる。

「クワックワックワッ、待っててね。

 お願い通りこの心臓無くしてあげる」

 血管をぶちぶち引きちぎる音と共に心臓が抉り出された。

 プシューと噴水のように血が噴き出し。

 リンちゃんの小さい血みどろの手には、私の心臓が掴まれていた。

 確かに願いは叶ったけど、これでは死んでしまう。

 走馬燈が駆けめぐるかと想った。

 いつまでたっても

 幾ら待っても

 私の思考はそのままだった。

 あれ、死なない?

「大丈夫りん。

 リンは天使だから絶対に人間を殺せないんりん」

 リンちゃんは嬉しそうに笑う。

 確かに胸にぽっかり穴が開いてるのに、私は死なないでいる。

「願い通り、こんな心臓ぽいっ」

 リンちゃんは、私の心臓を公園のゴミ箱に投げ捨てた。

 私の心臓を見た清掃員の人が驚かないことを祈るのみだ。

「じゃあ、おじさんのお願い叶えてあげたりん。

  これからは幸せに生きてね」

 ウィンク一つ、くるくるリンは空に舞い上がり消えていった。


 こうして願いが叶った私。

 それ以来何があろうとも、恐怖で胸の鼓動が高まることはなくなった。

 でもその代わり、何か素敵なことがあっても、胸の鼓動が高まってトキメクこともなくなった。

 まあ、私ももう大人だ。ときめきなど無くても生きていけることは知っている。

 現にここ数年に心臓があっても、ときめきなんか無かった。

 だから、これはこれでいい感謝している。

 

 あれから程なくして何があっても動じない冷静さを評価され再就職できた。

 今は新しい仕事を任され、胃が痛いプレッシャーに耐えている。

 だが溜息は付くまい。

 胃まで持っていかれては、たまらないからな。

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