16.湯と距離
その少し前、即座にお湯を溜めて全身に浸る。
これこそが一日の疲れを浄化してくれる、なんて正確には思ってもいないが、暖かさと脱力感という気持ちの表れからの想像なのだろうか、このルーティンは欠かせない。
そして思考は巡る。
この時代において魔物のレベルが上がっている事実、その理由は強大で知性ある魔物が誕生したことに尽きるだろう。
その魔物が新たなる魔王なら、勢力が拡大する前に討伐することが最良だろう。
この時代の世界情勢、かつての時代とは変わっておらず、英雄アルド・アレフリードがいなければ、世界は二百年前に滅んでいただろう。
その二百年後、再び、魔の脅威が現れた。
これは巡り巡った運命にも思える、とアルスは彷彿を覚える。
あの、かつての英雄アルド・アレフリードが実現した偉業をアルス・アレフリードという自分が出来るのだろうか。
だが、逃げるわけにはいかない。強大な知性ある魔物が生まれたことが事実なら、確実に人を襲い、その果てにあるのは人類の危機だ。
この覚悟なんてすぐに決められるわけがないが……。
「はぁ~……やるしかない、か――」
湯船に浸かり、一人で覚決めた道の入り口に立つ決意を固めた。
そんな最中、個室であるバスルームの扉が開いた。
彼はそれを眺めていた。
今日、お金で買った奴隷二人が裸の姿で入ってきた。奴隷の薄汚い服一枚からアレフリード家、ノエ達が持っていたドレスのような服装、それらでは明かされなかった彼女たちの華奢すぎる体格、真っ白な肌、十歳程度の幼女二人。
「お、おいッ」
アルスは二人の行動を制止するように言葉を投げる。怒鳴るなんて感想はなく、ただただムズムズした気持ちに晒される。
「どうしたのじゃ、主。一緒に入った方が時間の短縮にならんかのぉ~」
「お、お邪魔します……」
明らかに意図して入ってきたエルディスとその後ろに隠しているセンシア。
「俺はお前等の事を考えて……」
確かにそう考えていたが、正直、思い返すと疲れと久しぶりの冒険者の仕事で何も考えていなかった。
それより魔物の事が気になっていた。
「そうかの~、まぁ、脱いでしまったからしょうがないのじゃ」
そう勢いで乗り切ろうとするエルディスは早速、シャワーからお湯を出してセンシアを洗い出す。
もう止める気なんてないアルスは自分の身体がお湯以外の要因で火照っていることを自覚して更に深く湯船に身を浸かる。
「さあ、センシア、目を閉じて~」
手慣れたエルディスは既に備わっているボディ用の石鹸で泡立てセンシアを洗っていく。
「うぅ、うぅ……」
泡立てた身体の洗浄は初めてなのか声を漏らしながらも、エルディスの洗浄に身を委ねている。
アルスは目を瞑り、精神を整える。
そして少し時間が経ち、アルスはエルディスの声で目を開ける。
「主様よ、我が身体を洗ってくれぬか?」
「はぁ、自分で洗えばいいだろ?」
「ん~、じゃあ我とセンシアが主様の身体を洗おう。奴隷として」
「……」
アルスは沈黙し、思考を巡らせる。
どんな意図か分からないが、エルディスの歪んだ笑みからただの子供のいたずらなのだろう。
正直、面倒くさい。
自分の相手の距離、その詰め方が異常すぎるし、わざとだとしても俺はそんなつもりはない。
「いいや――用が済んだら出て、さっさと寝るんだな」
そう真っ直ぐ真面目にエルディスの目を見て述べる。
流石にそれで理解した大人のエルディスは懲りたのか、センシアと共に退出していった。
「はぁ~、いくら何でも早すぎるだろ」
確かに理想の中に欲望も混じっているが、今はそんな気分じゃない。
だが、寄り添おうとは努力はしよう。
まだあの二人のことを完全に理解はしていないが、彼女らの境遇は幸せとは言わないものだろう。
だから主である俺が責任を取らなくてはいけない。
「まぁ、何事も一歩ずつだな……」
そう言い、アルスは疲れを洗い流すのだった。
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