2.現実と理想

 アルスはノエによると英雄アルド・アレフリードと同じ赤髪であるそうだ。

 そしてノエとの関係性、生まれた時から世話をしてくれているため、二人の距離は近い。

 一息の間の後、ノエは切り出す。


「そういえば、アルス様の小さい頃の夢は、王様でしたね」


「ふふ、そんなこともあったな」


 小さい頃の願い、それは誰もが衝動というか、心の底から零れたものだが、成長した今では夢というものは持っていない。

 彼が見ているのは夢ではなく、明確な現実だ。

 楽しいこともあった、母親が死んだことはあの頃は実感は湧かず、その代わりをノエ、エル、ルアの三人がやってくれたから、寂しさを思うことはなかった。


「では、今はどうですか?」


「はは、夢なんて見ていないさ」


「でも、願望というか、理想はありますよね?」


「……理想?」


 またもやアルスの顔が暗くなる。

 どうゆう意図なのか、現実から離れさせる意図は分かるが、それを思ったところで虚しくなるだけだ。


「口に出して言ってください。理想、やりたいことを……」


「はぁ~……やりたい、ことかぁ」


 アルスは仕方なく従うことにして現実という力んだ力を脱力して身体を寝かせて、また青空を見る。


「王様って、別にいいもんじゃないよなぁ~。もし、自分の欲望のことだけをやったら、独裁者だし」


「ふふ、そうですね」


 ノエは純粋な笑みを溢す。


「お金はあるけど、何も欲望なんてないし……ただ家のこと、今までこの家に関わってきた人たちを思って俺は行動しているし、欲望なんてないのかも……」


「ふふ、そうですか?」


 それは疑問だった。

 何か心当たりはあるのかとノエの方を向く。


「ん?」


「何かしたいこと、ないんですか?」


「ん~、家のことを抜きするなら……ん~、ない?」


 常に現実のことを考えているからか、そんな現実味のないことを考える脳の機能は低下していた。

 そんな思いつかないとするアルスの様子を見て、ノエは切り出す。


「好きな人はいますか?」


「……え?」


 それは年頃と呼ばれる人物たちの会話だ。

 でも、孤立していたアルスにとって、そうそんな頃にノエに聞かれたことだけ、だが、あの時もいなかった。


「……いるわけないだろ」


 今も結果は変わらない。

 だが、ノエは話を続ける。


「でも、これからの事、お家のことを考えるなら、お嫁さんは必須では?」


「……それはそうだが」


 それはごもっともだ。

 相手がいなければ、子孫繁栄の始まりもくそもない。

 別に魅力を感じないわけではなく、そんな容量なんて彼にはなかった。


「冒険者のお仕事はまだ続けるんですか?」


「あぁ、これしかないからな」


「冒険者って昔は各地を回っていて、本当に冒険者って感じだったんですよ。でも、今は魔物討伐専門職って感じですけど……」


「そう、なのか……」


 確かに現在は魔物討伐が多くを占める。

 元々はそうだったのだろうが、これまた現実によってその在り方を変えた。


「はい。それに現実ばかりじゃなくて理想のことも……楽しくやった方がいいと思います」


「楽しく……」


「はい、何よりアルド様はそんな風にしていました」


「え、英雄アルドが」


 それは驚きだ。

 まぁ、確かに大男だってことは知っていたが、正しく男の中の男だ。人物像としては何も変なことはない。

 ならば、と……でも葛藤はある。

 でも……これからこのままで家を救うことはできるのか、少々疑問もある。


 英雄アルド・アレフリード。

 その強大な力で魔物を薙ぎ払い、『魔王』すら打ち倒した英雄、自分の歴史に名を刻み、人類の絶滅を防いだ人物。


 そんな人物でも人並みの欲望、理想を抱いているのだ。

 自分もそうした方がいい、いや、やった方がいいとアルスは自身の考え、方針を改める。


「……あぁ、そうしてみるよ。現実と理想、家の未来と男の欲望……どうせなら、両方、叶えてやる!!!」


 アルス・アレフリードは高らかにそう宣言した。

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