墓穴
志央生
墓穴
金に目が眩んだのは言い訳のしようのない話だった。バカみたいに入っていたシフトで稼げる金額とたった一度で大金が稼げるのだったら選ぶのは決まっているだろう。
「これ、前金だから。残りは仕事が終わったら」
集合場所に指定されていたのは山林で人が少ない場所だった。そこにいたのは場違いなスーツを着た男で早々に懐から厚い封筒を渡してきた。
「はぁ、それでこれから何をするんですか」
事前に仕事内容は教えてもらえず当日現場で伝える、と言われていた。金額からして危険な臭いもしたが背に腹は変えられず目を瞑った。
だが、実際に来てみればいい知れない恐怖感に襲われた。渡された封筒や目の前のスーツの男からとんでもなく危ないことをこれからさせられるのではと足がすくんでしまう。
「あぁ、君にはそこに穴を掘ってほしくてさ。スコップも用意してあるから掘ってくれるかな。それと時間はあんまりなくてね、二時間でこれくらい掘ってほしい」
そう言って紙を見せてくる。そこには縦横の指定と掘る深さが書かれていた。ただ、その深さが大変だった。
「この深さを二時間ですか」
困惑して聞き返すと男は笑みを浮かべて「そう」と返してくる。俺は思わずできないと言おうとしたが先に男が言葉を続けてきた。
「できなかったら前金は返却してもらうから。二時間でだいぶ稼げるんだから時給いいよね。さっ、早く始めないと時間がなくなるよ」
肩をポンと叩きながら男は口角をあげて笑っていた。俺も慌ててスコップを手に取り穴を掘り始める。
柔らかい土にスコップを刺して少しずつ指定された形に掘り返す。手を休める暇もなく穴を掘り続けた。男は時折、進捗の確認をしながら「随分と進んだね」「形が整ってきたね」「あと残り時間は」とこちらに話しかけてきていた。そのどれにも返事をすることなくスコップで掘り返して「時間だ」という男の声で俺はようやく手を止めた。
「いい感じに掘ってくれてありがとう。穴の具合もちょうど良さそうだ」
そう言いながら腕時計で時間を確認して「じゃあ、残りのお金だね」とこちらに手を差し出してきた。その行為に意味がわからず首を傾げると「さっきの封筒に残りを入れるから一度返してくれるかい」と言ってきた。
「そこにある上着に入ってます。穴を掘るときに邪魔だったので上着と一緒に退けておいたので」
俺がそう伝えると男は「そう」と返事をして上着を確認して封筒を見つけたようだった。なんとか仕事をやり終えた安堵感と疲れから完全に気が抜けてしまい空を仰いでいた。夜中で真っ暗だが星があちこちで輝いていて綺麗に見える。金での苦労も当面は心配しなくてもいい、そう思いながら夜空を見入っていると後ろから男に呼ばれる。
あぁ、金を封筒に入れ終えたのか。そんなことを考えながら振り返ると男はスコップを振りかぶっていた。
墓穴 志央生 @n-shion
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