平常 9

 ウーヌの街に帰って来てからしばらく。

 特に目立ったトラブルもなく。

 普通に。

 これまで通り、平和な日常が淡々と流れる。


 二日に一回薬草採取の依頼を受け。

 それが終われば、昼間っからギルドの片隅で飲んだくれて。

 夕方になれば娼館へ。

 お気に入りの嬢を指名して身も心も癒して貰い。

 次の日は丸々休み。

 そんな、正に天国の様なルーティーン。


 王都じゃ、次々とトラブルに巻き込まれ。

 かなり忙しくしていた訳だが。

 本来の俺の人生ってこっち側だからね。


 チート貰いこの世界に転生して、早くも35年。

 何も成し遂げず。

 それでいいのかなんて、ふと考えたりもしたけれど。

 多分、これでいいのだ。

 暇しないってのも別に悪くは無いのだが。

 偶にだな。

 頻発されるのは困る。

 やっぱり余裕ある生活、これに勝る物はない。


 それに、側から見たら平坦に見える様な日常でも。

 別に何の起伏もないって訳じゃない。

 生きてる本人からすれば、それなりに楽しい物だ。


 そもそも、何も無かったって訳でも無いしな。

 目立ったイベントが無かっただけで。

 ギルド長が飛び込みで飲み会参加して来たのとか。

 トラブルっちゃトラブルだし。

 受付嬢の飛び込み?

 ま、ああいうのはよくある事だから。

 最早彼女の突飛な行動は日常の一部まである。


 あの後行った娼館でも、そういや些細な事件があったな。

 お土産と称して色々渡して。

 セクシーなランジェリーにテンション上がったのか、普段しないようなプレイまで。

 事の最中、嬢が不自然に動きを止め。

 何かと思えば、まじまじと尻眺められるという謎の時間が発生。

 しばらくして耳元で。

 ノアちゃん元気みたいですね、なんて囁かれ。

 一瞬、意味が分からなかったのだが。

 視線を向けると、何やら訳知り顔な笑みを浮かべた嬢と目が合い。

 表情を見てやっと理解出来た。

 この件に関しては別に理解したくも無かったのだけれど。


 恥ずかしいやら、どう反応したらいいのやら。

 感情が完全に迷子に。

 その反対に、嬢はプレイ前のやり取りで理解出来ずにハテナを浮かべていた部分。

 ノアの体力が有り余っててどうこうって話。

 これもおそらく得心いったのだろう。

 点と点が繋がったと言わんばかりである。

 ……これ、本当に些細か?

 まぁ、こんな事もありつつ総じて平和に暮らしている。


「今日も草むしりですか?」

「当然」

「毎日毎日、よく飽きませんね」

「仕事だからな」


 都合の悪い記憶から目を逸らし。

 今日も今日とて、ギルドにやって来た。

 いつも通り。

 目的は薬草採取の依頼の受注。


 そして、向こうもいつも通り。

 少しジト目気味な視線を俺に向け、軽口を叩いてくる受付嬢。

 飲み会からしばらく。

 多少は大人しかったのだけれど。

 怒られないと分かると。

 すぐ、元の態度に戻っていた。


 ギルド長に仕事中の飲酒が見つかり。

 飲み会で散々上司相手にこんな様な態度をとっていた彼女であるが。

 幸いな事に、仕事をクビにはならなかったらしい。

 ま、飲み会は無礼講って言うしね。

 酒飲む前から幾つかの無礼があった気もするけど。

 全て不問と。

 あいつ、案外器のでかい男だったのか。


 ノアに比べてオーラがないとか。

 偉そうに踏ん反り返ってるだけだとか。

 ハゲとか。

 好き勝手言ってすまんな。


 ……いや、2人してギルドの職員に連れてかれてたしな。

 器がデカいってよりは、同罪。

 つまりお仲間である。

 冷静に考えて、仕事中の飲酒とか無礼講どうこう以前に論外だし。

 自分のことを棚に上げての説教。

 ましてやクビになんてする気にはならなかったのかも。

 それはそれとして。

 部下の教育はしっかりやった方がいいと思うが。

 やっぱりギルド長はギルド長か、謝罪を撤回させてもらおう。


「あ、ちょっと待ってください」

「ん?」

「依頼行く前に、渡さないといけないものがあって」


 さっさと依頼を受け。

 森へ薬草採取に向かおうとしたところ。

 受付嬢に呼び止められた。


「おじさんにお手紙です」


 そんなサービスやってないって、前言って無かったっけ?

 ノアはAランク冒険者だし。

 あの時だけ、特別にみたいな話だった気が。

 いつの間にかナチュラルに渡してくるようになったな。

 例外対応を常態化させちゃだだろ。

 まぁ、今の時期。

 普通の馬車とかほぼほぼ動いても無いだろうし。

 手紙ぐらい。

 ギルドの流通網に乗せたとて。

 売れる恩に比べ、対して影響も出ないのかもしれないけど。


 封筒には、やはりノアの文字。


 前までのノアなら特別扱いとか嫌がりそうな物だが。

 今なら、多分使えるものは使う精神になっているのだろう。

 いつの間にか強かになってたからな。

 冒険者続けていくのだ、その上学園で講師までこなして。

 そう考えたら、おそらく今の方が都合もいいはず。


 ただ、いつもより分厚い気がする。

 ついこの前まで、一緒に王都に居たと言うのに。

 何をそんなに書くことあったのだろうか。

 そっと覗くと。

 やはり、それなりの枚数の紙が見えた。


 ……


 ちょっとだけ嫌な予感がする。

 王都じゃかなりトラブル続きだったし。

 まだ地雷が埋まってたとか?

 それで連絡とか、勘弁してほしい。

 逆に考えれば。

 早々に逃れて良かったとも言えるが。


 後回し……は、辞めた方がいいよな。

 碌なことにならない。

 放置できるならともかく、身近な人間が関わってるとなるとね。

 どうせ完全放置ってのも出来ないのだ。


 躊躇いつつ開封。

 ただ、手紙の内容は予想とは違い拍子抜けするものだった。

 ノアからは軽い近況報告。

 あのまま、諸々途中で帰っちゃったからね。

 王都で発生した暴動のあらまし。

 捕まえた黒幕が近々処刑されることになってるとか。

 国から勲章を貰えることになったとか。

 そんな様な話。


 いや、軽いって言うには内容が濃いか。

 今回の王都で散々トラブルに揉まれたせいで、多少感覚が麻痺してる説ある。

 にしても、勲章か。

 何を貰えるのかは知らないが、王様との謁見の機会とかあるのだろうか。

 貴族への道も遠くないかもしれない。

 都合よく、フィオナって後ろ盾もいることだしね。

 それにS級冒険者とか。

 数年内にはなっていても不思議ではない。


 ちなみに、勲章は俺にも出そうと思えば出せたらしいが。

 フィオナとノアの判断で、多分いらないでしょと無い方向で進めたらしい。

 正解である。

 正直、面倒ごとの匂いしかしない。

 学園の講師勧めてきた時から、理解度が格段に上がっている。

 何だかんだ、あれから数ヶ月は経ってるもんな。

 欲しかったら言ってくださいとの事。

 後からでも俺用の勲章は用意できなくはないらしい。


 フィオナの貴族社会への影響力の強さを感じる。

 ってか、後から用意できるって話以外にも。

 こんなに早く勲章出すこと決まってることとか、元騎士団長の家の次男が処刑で話がまとまってるのとか。

 彼女の影。

 そして名家だったはずの元騎士団長の家と騎士団そのものの影響力の低下。

 それを如実に表してる気がする。

 ただの近況報告なのに、ほんのり恐怖すら覚えてしまう。


 なんで、ただの報告にそんなの感じなきゃならんのか。

 ま、俺には無害だし。

 トラブルが起こった訳でもないのだから気にする必要もあるまい。


 ノアからの近況報告はほどほどに。

 他の手紙へ目を通す。

 ただの近況報告でこんな量になるはずもなく。

 やけに多かったのは別。

 メスガキからの手紙が大半だった。


 あんな別れだったのに。

 律儀な奴め。


 多分、ちゃんとお別れとお礼を言いにきたのに。

 俺のせいで不本意な形になったから。

 改めてってことなのだろう。

 なんか初めのイメージに比べてやけに良い子である。

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