平常 3

 ゆったりと座り心地のいい椅子に腰掛け。

 設けられた窓からは、日の出の様が自然と目に入る。

 片手には酒。

 景色を肴にそれを煽り。

 澄んだ空気が、アルコールで熱った体に心地よい。


 ふと思い立ち、腰を上げる。

 このまま日の出の様を眺めているだけで十分。

 満足は出来るだろう。

 ただ、この環境に居て空だけで満たしてしまうのは。

 少し勿体無い気がした。


 流石に、身を乗り出すのは迷惑になるだろう。

 それは自制し。

 窓から地面を見下ろす形。

 今の季節は冬。

 想像通り、見渡す限り一面の銀世界が広がっている。

 しかし……

 それは想像以上の絶景で。

 日が昇り、徐々に明るくなっていく空。

 その光を反射し。

 キラキラとまるで宝石の様に輝いて見えた。


 ドラゴン便に乗っていなければ見れない。

 チート使えばどうとか、そんな御託が気にならない程の景色。

 乗り心地が良いのも勿論だけど。

 この体験も。

 なかなかどうして、素晴らしい物がある。


 優雅な空の旅。

 それを、目一杯満喫した。


 時間はあっという間に過ぎ。

 気がつくと、徐々に高度が下がる。

 目的地に着いたらしい。

 特にトラブルもなく。

 無事、王都から帰ってきた。


 一応、心の中で警戒はしていたのだ。

 何か起こるかもしれないと。

 これはドラゴン便で。

 そんな事、滅多に無いと知ってはいつつも。

 飛竜だからね。

 そこらの魔物が叶う相手ではない。

 ……ただ。

 ほら、王都で色々あったから。

 家に帰るまでが遠足の精神である。


 行きは、ドラゴン便なんて珍しい物が来て。

 人だかりができていたが。

 時間も時間。

 もう空が明るくなったとはいえ、朝早い事に変わりはない。

 外に出ていた人間も少ないのだろう。

 まばら。

 ほぼ、早番の門兵ぐらいしか視線は感じない。


 便から降り、御者に軽くお礼を言う。

 そんな建前だけのやり取りもほどほどに。

 予定が詰まっているのだろう。

 飛竜を休ませる事なく。

 乗り込み、そのまま飛び立って行った。


「ん、ん〜〜」


 両手を空に伸ばし、体を伸ばす。

 いくら乗り心地がいいとは言っても。

 結構な時間だからね。

 筋が引かれてる感覚が快感。


 改めて、周囲を見渡す。

 雪が積もってこそいるが、見慣れた光景。

 門も、草原も。

 久しぶりにウーヌ街へ帰ってきた。

 そう心で実感する。


 旅先から帰ってきた訳だし。

 このまま自宅にでも帰ってゆっくりしたい所。

 しかし、ここでだらけるのは悪手。

 再起動に時間が掛かるの。

 それは自分自身が一番よく分かっているのだ。

 ここでだらけると仕事をしなくなる。

 多少疲れてても。

 旅先だからって言い訳が効かなく無くなった。

 今、正にこのタイミング。

 ここで再会するのが吉なのだ。


 さて、ギルド行きますか。

 気は進まないけどね。


「あ、おじさん! ……ようやく帰って来たんですね。こんな長期間ギルドに来ないなんて、何処で油を売ってたんですか」


 いつもの受付嬢。

 ギルドに入るとすぐに目が合い。

 そのまま連行された。

 まぁ、元から依頼受けるつもりだったし。

 別にいいんだけど。


 ……あれ?

 今回、俺にしては珍しく事前に報告してた気が。

 受付嬢。

 お前、俺がどこ行ってるか知ってるよね?

 それに。

 もしかしてちょっと機嫌悪い?


「王都行くって言ってなかったっけ?」

「それは聞いてましたけど、こんな長いとは思ってませんでした」

「え、そう?」

「だって、いつもはすぐ戻ってくるじゃないですか」


 あぁ、確かに。

 言われてみればそうかもしれない。


 俺って、大した貯蓄があるわけでも無いからね。

 自転車操業なのだ。

 少し金が貯まれば小旅行へ行き、戻って来ては一労一休の薬草採取。

 大体がこのルーティーン。

 結果。

 度々街から出つつ、そこまで間は開かないのである。


 それが、突然長期間開けたとなれば。

 心配するかもしれない。

 ……コイツが。

 俺の事心配するような人間かは置いて置いて。


「って言うか、あのドラゴンはなんなんです?」

「?」

「ほら、王都行った時の。おじさんが出てった後その話でもちきりでしたよ」

「ノアに奢ってもらった」

「惚気ですか?」

「ちなみに今日もアレ使って帰って来た」

「は? 死ね!」

「おい! 俺は聞かれたから答えたんだからな」


 なんの捻りもない、ストレートな暴言。

 まったく……

 受付嬢らしいと言えばらしいけど。

 少し間空いてしまったが、コイツは変わらないな。


「それで、初めての王都はどうでした?」

「初めてじゃ無いけどな」

「そんな田舎者が変な強がりしなくても良いんですよ」

「誰が田舎者だよ」

「え? もちろんおじさんですけど」


 なんでそんなキョトンとした顔出来るんだか。

 変わらないって言ったが。

 間空いたせいか。

 なんか、より俺への扱いが雑になってる様な気がしなくもない。

 なぜ?

 もしかしてコイツ、俺でストレス発散してたり?

 ……あり得なくはない。

 ちょっと不機嫌だったのそれが原因か。

 サンドバックがなかなか帰ってこないから。


 なんか、王都初めてじゃないって発言も謎の強がり判定くらったし。

 田舎者言うなよ。

 忘れてるかもしれないが、俺もお前もこの街住んでるんだからな。

 俺が田舎者ならお前も同類でる。

 ったく。

 ま、俺が用事あるような場所でもない。

 理解出来なくもないけど。

 実際学園辞めて以降行ってなかったのだから、セカンド歴20年以上。

 これじゃ未経験扱いされても仕方ないか。


「それが、向こうで散々な目に遭って」

「へぇ」

「聞きたい?」

「多分おじさんが悪いだけなんでいいです」


 コイツ……


 自分から聞いといて、それはどうなん?

 心底興味なさそうなんですけど。

 釣れない奴である。

 まぁ、当たってはいるのだが。

 知ってか知らずか、これが逆に腹立たしい。


「今日も草むしりですか?」

「正解。王都で有り金全部使っちゃって」

「おじさんらしいですね」

「そう?」

「そろそろ、貯金したらどうなんです?」

「宵越しの金は持たない主義なんだ」


 受付嬢の正論に、この返し。

 我ながら酷い理論である。

 でも、この方が楽しいのだから仕方がない。


「……おかしいですね」

「ん?」

「この歳まで冒険者一本で食べてきた人がこう言って、カッコよくない訳無いんですが。何故でしょう。おじさんが言うと残念な言葉に聞こえるのは」

「差別では?」

「多分、アレですね。冒険者の癖に薬草採取って安定な仕事しだけして、その上でこんなこと言ってるのが違うのかも」

「うっ、…… 」


 別角度から、予想外の言葉のナイフ。

 確かに。

 こんなこと言っておいて俺の暮らしは破天荒と無縁ではあるが。

 そもそも、カッコつけたつもりもないし。

 ほぼボケみたいな物である。


 ってか、このセリフ似合う人間もボケだと思うけどね。

 生き方自体が。

 金なんてあったほうがいいのだ。

 少なくとも真面目ではない。

 俺の場合。

 稼ぐ時間が惜しくて、それを削って飲んだくれてる訳だけど。


「えっと、こちらにサインを」

「了解」

「……依頼受ける時、毎回読み込んでますよね」

「一応ね」

「そこはおじさんの良い所です」


 散々なこと言いつつ。

 書類はバッチリ用意してくれてたらしい。

 流石。

 仮にも受付嬢やってるだけある。


 ……


 流れで何気なくスルーしそうになったが。

 あれ?

 今、珍しく褒めらてなかった?

 枕詞に数少ないとか余計な言葉が付きそうではあるけど。

 それでも褒められた事に変わりはない。


 彼女、根本は変わらないと思うんだけど。

 どうも今日は上にも下にもブレが激しくなってる様な。

 明日の天気は槍かもしれない。


「失礼なこと考えてません?」

「んなことはない」


 疑惑の視線を向けられつつ、無視してサイン。


「じゃ、行ってきます」

「気をつけてくださいね」

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