始末 10

「ほら、2人とも起きてください」

「「はーい」」


 このまま、いつまでも惰眠を貪っていたい。

 そんな気分ではありつつ。

 自宅ではないのだ。

 気心の知れた相手とはいえ、流石にね。

 ノアの声に反応して、のそりと起き上がる。


 このシチュエーション。

 懐かしさすら感じる。

 まだ眠くて、でも半分覚醒していて。

 もう起きろと優しく声を掛けられる。

 平日の朝。

 大体、7時あたりだろうか?

 母の声が部屋に響く。

 顔を洗って、着替え。

 朝食を食べて、歯を磨き。

 気怠くも。

 ちょっと学校にワクワクしていた。

 そんな、過去の記憶。


 ……成人を迎える頃。

 その声は、いつの間にか無機質な電子音になり。

 時代の移り変わりとともに。

 目覚まし時計は、スマホのアラームへ変化。

 俺の場合。

 最後、限界を迎えるまで。

 この世界に転生するまで。

 これが人の声に戻ることは無かった。


 転生して、久々に手に入れた声も。

 この世界に生まれて、もう今年で35年。

 学園に入学する前までの話。

 大昔だ。

 重ねて、感情が揺さぶられる。


 そんなエモーショナルな気分を味わいながら。

 ベッドの誘惑を断つ。

 まぁ、いつまでもこの上にいてもね。

 ノアがその気になっても困る。

 元気のない息子ではありながら。

 淫魔2人の手にかかれば、その気にさせられる可能性もあるし。

 そうなってしまえば最後……

 腹上死というものは。

 男の理想の死に方なような気もするが。

 単純に、俺としてはまだ死にたくはないのだ。


 横を見ると、同じように。

 フィオナも上半身を起こし眠気まなこを擦る。

 1人だけ惰眠を貪るつもりはないらしい。

 ただ、酷く緩慢な動き。

 転がるようにベッドから落ち。

 伸びをして。

 脱ぎ散らかした服を着直す。

 別に彼女にそのつもりはないのだろうが。

 昨日の光景も相まって。

 その姿が、艶かしく見えて仕方がない。


 ただ着替えてるだけでも強烈なのに。

 脱ぎ散らかした服を着直してるからだろうか。

 裏返ってるのを戻したり。

 小物を、探すようにかがんだり。

 動きの一つ一つが。

 正直、目のやり場に困る。

 が、仕方ない。

 ノアの服は物理的に入らないだろうしな。

 女物のとか。

 当たり前に持ってそうではあるけど。

 主に胸の辺りが、ね。

 刺激的ではありつつ。

 裸のままうろつかれるよりは目に優しいはず。


 そんなくだらない事を考えていたせいだろうか?

 痛っ、

 ノアにケツをぶっ叩かれた。

 何故俺の思考が……

 いや、単純に着替えをガン見してたせいかも。


 いつまでも馬鹿なこをしてないで。

 俺も裸なのだ。

 脱ぎ散らかした服を回収し、着替えを済ませる。


 寝室を出ると、いい匂いがした。

 女の子の部屋特有の香りとかではなく。

 胃袋に来るタイプ。

 食事を用意してくれてたらしい。

 パンに、干し肉に、サラダ。

 簡単なものではあるが、嬉しいよね。

 実に食欲をそそられる。


 かなり激しい運動をしたのだ。

 腹はペコペコである。

 それに、ずっと一人暮らしだったから。

 温かみを感じる。


 こんな食事は何年ぶりだろうか?


「いただきます」

「召し上がれ」


 ノアが作った朝食を口に運ぶ。

 うん、普通にうまい。


「……ど、どう?」

「美味しい」

「本当!? 良かった……」


 俺が素直な感想を言うと、ノアがはにかむ。

 寝起きなせいか。

 特に気が利いたことも言えず、美味しいの一言だったのだが。

 それでも嬉しいらしい。

 その笑顔が。

 なんでもない朝食に彩りを加えてくれる。


 なお、フィオナは。

 横で半分眠りながらボケーっと食事を口に運んでいた。

 一応服は着ているが。

 寝ぼけながら着替えたからだろうか。

 全体的にはだけていて。

 エロくもあり、だらしなくもある。


 今更、イメージも何もないんのだけど。

 闘技場で声を掛けられた時の彼女からは想像もできない姿。

 生徒が見たらちょっとがっかりしそうだな。

 主に男子生徒。

 おい、しっかりしてくれ女教師。


 容姿も相まって、学園にファンとか多そうだし。

 綺麗で、おっとりしてて。

 しかも巨乳。

 男子人気間違いなし。

 そういう意味じゃノアもそうか。

 メスガキを始め。

 貴族の子女から圧倒的な支持を集めていそうではある。

 今、髪伸ばしてるし。

 普段の格好でも、男人気すらあるかも。

 俺殺されるのでは?

 人気2トップみたいなものだ。

 それを独占とか。

 いや、他の先生は全く知らないんだけどね。


「それで、この後はどうするんですか?」

「あ、それなんだけど。もうそろそろ帰ろうかなって」

「……あ、やっぱりそうですよね」


 俺の返答に悲しそうな顔をするノア。

 でも、こればっかりはね。

 仕方がない。

 王都は嫌いではないが、やはり住むならウーヌである。

 会えない距離でもないし。

 また近いうち会いに来るから。


 本当は、学園祭延期って言ってたし。

 すぐ再開するならそれ見るまで残ろうかとも思ってたんだけど。

 今回の暴動。

 初めの想像より大規模だったからね。

 ノア達のおかげで一応解決って事にはなっているが。

 それでも混乱は続くだろう。

 それに。

 学園は国の機関なのだ。

 再開しても問題ないと判断するにも時間がかかりそう。


 そういえば、俺が闘技場に放置した死体。

 あれも見つかってる事だしね。

 学園で、実際にはテロこそ起こってはいないものの。

 危うく吹っ飛ばされ掛けたの。

 それも遅ればせながら把握しているかもしれないし。

 慎重になりすぎって事はないだろう。


「ロルフくん、帰っちゃうんですか?」

「まぁね」


 フィオナがこっちに視線を向ける。

 寝ぼけてた割に。

 俺らの話は聞いてたらしい。

 学園で教師なんてやってるだけはある。

 優秀な脳みそだ。


 ちょっと残念そう。

 そう思われてるなら男冥利に尽きるな。

 とりあえず。

 ガッカリはされてないって事だし。


 行為した後、冷められたりとかね。

 あるあるだから。

 特にビッチは。

 一度やると興味なくなるとか。

 ヤリチンのクズ男。

 それに近い思考をしてる人も多い。


「別に今生の別れでもないんだし、そう暗くなるなって」


 ノアを慰めつつ。

 色々あったが。

 なんだかんだいい思い出だったな。

 今回の旅をそう振り返る。


 心残りといえば。

 メスガキ。

 彼女の決勝見れなかったのは残念だったかも。

 まぁ、事情が事情だからね。

 仕方がない、か。

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