始末 8

 にしても、考えれば考えるほどよく勝てたよな。

 確かに今回の首謀者、研究に傾倒してたのかもしれないが。

 それでも。

 かなりの魔法の才能があったことは明白。

 研究に傾倒してはいても。

 戦闘経験は無視して。

 その才能だけで、かなり厄介な相手なのは間違いない。


 さらに、ただの魔法使いではないのだ。

 騎士団長の息子だろ?

 環境から言って、剣はほぼ義務みたいな所あっただろうし。

 魔法に傾倒して浮いたってことは。

 逆説的に。

 元は最低限の剣術などを叩き込まれているのだろう。

 結果上手くいかなかっただけで。

 もちろん騎士ほどじゃないだろうけど。

 魔術師よりよほど使えるはず。

 魔法剣士とか、そういう類に近いだろうか。


 ついでに、護衛用の戦闘員。

 そいつが彼の研究成果を活用してくるわけだ。

 いや、中々の強敵である。


「……あ、そう言えば」


 ノアが何やらゴソゴソと懐を弄り。

 細長い棒を取り出した。

 へ!?

 一瞬何かと思ったが、なんてことないただの杖だ。

 って、よく見たらただの杖でもないな。

 メスガキに貸してたやつか。

 例の人工ミスリル製。

 いつの間にか、回収してくれてたらしい。


 でも、なぜにこのタイミング……


「これ、ありがとうございました」

「ん?」


 むしろお礼言うのは俺の方では?

 俺が回収頼んでたんだし。


「この杖のおかげで、命拾いしたので」


 あぁ、なるほどなるほど。

 杖の効果なんかを説明した覚えはないが。

 回収頼んだ時。

 あの時点で、だいぶ怪しまれてはいたし。

 一か八かで使いでもしたのか?

 ギャンブラーだな。

 そして、その賭けに勝ってしまうとこが。

 流石。

 それでこそ、英雄って感じ。


 ……でも、そうか。

 メスガキのトーナメントでの活躍を見た時から。

 なんとなく予想はしていたが。

 本当は魔力安定の為だったんだけどね。

 矯正具代わり。

 回収を頼んだ時でも、正直生徒レベルでは過剰だったかなってぐらい。

 魔力結晶を使うのが庶民だから、欲しいかなって程度で。

 そぐらいの認識だったのだ。


 ノアレベル、高ランク冒険者でも影響出る程とは。

 戦闘中の魔力制御。

 これ、俺の想像以上に大変らしい。

 チートで苦労しないからさ。

 そこらへんの感覚が分からないんよね。

 学生のトーナメントには過ぎた武器、庶民の魔力制御にも使える。

 これは勿論だが。

 そもそも、そんなレベルではなかったらしい。


 ノアに差し出された杖を受け取ろうとすると。

 ヒョイっと、避けられてしまった。

 え?

 見せてくれただけ、返してくれそうにない。


 名残惜しいのか?

 まぁ、そんだけ強力ならそりゃそうか。

 冒険者だもん。

 英雄願望のない人間はほぼ居ないと言っていい業界。

 若くしてAランクまで上り詰めた自負。

 そりゃ、強い武器は欲しいか。


「ノアがそんなに欲しいってんなら別に」

「いえ、違うんです」

「?」

「ちょっと、咄嗟に……」


 口では否定してるけど。

 それ、やっぱり大分欲しいんじゃ?


「いいの?」

「そもそも、先輩の物ですから」


 押し付けるように、渡されてしまった。

 今日、色々やらかした自覚はある。

 許してくれるなら。

 別に杖ぐらい。

 ちょっと、今のノア相手には強く出れないし。

 なんて思っていたのだが。

 ま、ノアらしいっちゃらしいか。


「えぇ、そんな良い物。本当にそのまま返しちゃっていいの?」

「僕のじゃないし」

「でも、ロルフくんのこの感じ。押せば貰えそうですよ」


 なんか、フィオナがノアの耳元で悪魔みたいな囁きを。

 それで良いのか、教師。


 3人で一緒に寝たせいだろうか。

 元々、気安い雰囲気のある人ではあったが。

 さらに悪化してる気も。

 まぁ、別にいいんだけどね。


「残念。ノアちゃんが貰ったら私もおねだりしようと思ってたのに」


 彼女の口からそんな計画が漏れ聞こえる。

 ほんと、強かなやつだ。


 こんなこと言ってるのに、酷く見えないのは。

 見た目と雰囲気が相まってって所か。

 おねだりされても、多分可愛く見えちゃうんだろうなぁ。

 得な奴め。

 ビッチのくせに、こう言うところは何というか。

 清純な女性に見えるのが。

 さらにやってる感を増してる気がする。


 ま、気持ちは分かる。

 学園で教師やってるんだもんな。

 研究職みたいなものだ。

 ノアがこれ使って戦ってるのも見てただろうし。

 そりゃ、興味も出るか。

 面倒ごとになりかねないっての。

 流石に理解してるよな。

 その上で欲しいと。


 ……


 大体の人間にとって、魔力の制御が面倒な事は学んだからな。

 それを外部に一部任せられる。

 これ、ストーレートに結構な革命なのだろう。

 人工ミスリル。

 後は、奴の加工した魔力結晶もそうか。

 魔法になんの理解も無い庶民が、あんなでかい魔法を放つのはどうも不可能っぽい。

 魔力結晶から魔力の提供を受けたとしても。

 普通、制御が効かない。

 俺はその手間を知らなかったから違和感なかったが。

 多分あれ。

 魔力の制御まで結晶側で行ってた様子。

 暴発もしてたし、単発。

 しかし、難易度的に魔術師にとっちゃそれでも十分有用か。


 ただのミスリルじゃ魔力通しやすいだけ。

 そんな効果ないしなぁ。

 確かに、考えてみれば結構希少。

 過剰な魔力で生成された人工ミスリルが補助輪がわりになるって言っても。

 配列整えるの現実的じゃないし。

 まぁ、魔力結晶を加工するのも大概だが。


 サンプルは残ってるだろう。

 効果も察してそうだし。

 天才がゼロから1を作ったんだ。

 劣化するかもしれないが。

 再現されてもおかしくはない。


 なんか、あいつの功績が残るのは癪だな。

 才能は認めるが。

 あいつのせいでかなり面倒なことになったわけだし。

 ただの犯罪者として逝って欲しい。


「2人で一本、ただし研究用の貸し出しってのはどう?」

「ロルフくん太っ腹!」

「……先輩、本当にいいんですか?」


 素直に喜ぶフィオナに、申し訳なさそうなノア。


「いいのいいの、その代わり再現出来たら返してね」


 まぁ、元は銀の杖だしな。

 安物だ。

 断じて淫乱女教師のおねだりに屈したとか。

 そんな理由ではない。


 私怨、それとは別に。

 どうせなら安全な方が良いでしょ?

 魔力結晶。

 ちょくちょく暴発してたし。

 ミスリルのが安全。

 まぁ、難易度高いかもしれないが。

 そこは頑張ってくれ。


「……そうだ、お礼しないと」

「ん?」

「ロルフさんの為に、ポスト用意しますね」

「いらないよ」

「ええ!」


 学園とか、俺には無理だって分かったからね。

 いや、元から分かってて。

 ノアの話もそれで断ってるんだけど。

 王都に来て。

 身近で、生徒と接するノアの事とか見てさらに……

 俺には責任感て物がないし。

 子供の世話するのは、完全に才能が無い。


 ポストとかその手の物は不要である。

 ただ、何かくれるってなら断るのもあれだな。

 無料であげるのもなんだし。

 対価くれるってなら、貰おうか。


 あぁ、そうだ。


「何かくれるってなら、仕送りが欲しいな」

「へ?」

「お酒とか、食材とか。王都だと色々手に入るでしょ?」

「そんなのでいいんですか?」

「もちろん」

「分かりました!」


 俺の要求に拍子抜けしたような反応をして。

 了承してくれた。

 やっぱり、なんだかんだ言ってこれが一番よ。

 ノアに貰ってるのも。

 あれ結構楽しみにしてるのだ。


 上級冒険者に加え、学園で教員やってる貴族様からの仕送り。

 結構期待出来る気がする。


「ありがとう、ございます……。あれ、なんで急に」


 フィオナにお礼を言われたと思ったら。

 突然。

 さっきまでテンション高かった癖に。

 お礼を言ったせいで、諸々込み上げて来たのだろう。

 色々引きずっていたらしいしね。

 俺が消えたのも。

 当時、幼かった彼女には中々ショックだったぽい。

 ひっくるめてって感じか。


 なんだかんだ、今日はずっと落ち着けなかったからね。

 再会して。

 すぐに冤罪で捕まって。

 死んで。

 実は生きてて。

 解放したと思ったら、生徒預けてノアと隣の部屋でいちゃつき出すし。

 そっから事件の解決に動くことになり。

 感情ぐちゃぐちゃの状態。

 欲を解消し。

 今になり、ようやっとベッドでゆっくり出来ているのだ。


 俺としても一件落着。


 別に王都での暴動が解決したわけではない。

 協力者は大勢いたわけだし。

 主犯をノア達が捉えただけ。

 魔力結晶の生産は止まるだろうが。

 使ってないのを。

 庶民が隠し持ってるなんて可能性は全然ある。


 でも、烏合の衆だからな。

 ほぼ間違いなく空中分解するだろう。

 王政打倒。

 前世を鑑みるのは自然な流れではあるのだろうけど。

 しばらくはおとなしくなりそうな予感。

 俺としては別に止める気はない。

 ノア達は知らないが。

 少なくとも俺は、これ以上変に関わる気もないし。

 だって、ねぇ。

 今回で碌なことにならないって学んだから。


 フィオナの髪を撫でる。

 何となく。

 目の前にあったから。

 嫌がるでもなく、ただ目を細める。

 すると、ノアが押し付けてきた。

 自分の頭を。

 俺の背中にぐりぐりと。

 痛いんだが?

 はいはい。

 もう片方の手でそっと撫でる。


 そうやってるうちに、まぶたが重くなってきて。

 抗うことなく自然と目を閉じた。

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