清算 7

 2人からの攻撃が止み、戦闘が完全に停止した。

 側から見て、明らかに不自然な行動。

 周囲がにわかに騒がしくなる。

 決着がついたわけでも無いのに。

 間合いを図るでもなく、互いに戦意どころか武器すら納めてしまったのだから。

 違和感は必至。

 厄介ごとを増やす訳にもいかない。

 ノア相手にこれ以上誤魔化すのは不可能だとして。

 知られる人間は抑えたい所。

 拷問官殺して乗っ取ったとか、明確な犯罪だし。

 冤罪は解けたけど別件で逮捕ね、は。

 ごめんだ。

 余計なちょっかいが入る前に、距離を詰める。

 勘違いをされたくはない。

 ゆっくりと歩いて。

 攻撃するつもりはなさげ、部屋に入り取り敢えず扉を閉めた。


 拷問部屋に俺とノアと女教師の3人きり。

 先生はさっきの言葉を聞きつつも。

 まだ警戒が抜けない様子。

 反対に、ノアはおそらく俺だと確信してるのだろう。

 警戒は感じない。

 それどころか兜すら脱いで。

 素顔を晒して見せる。

 ただし。

 表情は笑顔ではなく、言いたげな視線を感じる。


 バレちゃったからには仕方がない、か。

 ここから誤魔化すとか不可能だし。

 いや、厳密にいえば無理では無いのだけど。

 例えば、殺して逃げるとか?

 本末転倒も良いところだ。

 ノアとの関係も含めて、現状を捨てたくないから。

 現状を気に入ってるからこそ。

 冤罪を解こうと悪戦苦闘していた訳で。

 俺はそこまで終わっていない。

 それを捨てれるなら。

 普通に、ただ逃げてれば良かったのだ。


 詰所どころか、王都ごと全て吹き飛ばして。

 逃げ出したい。

 そんな気分。

 それは否定しないが。

 流石に、ここから逃げ出す訳にも行くまい。


 我ながら結構上手く変装出来たと思ったんだけどね。

 顔だけじゃダメか。

 そもそも、言動からしてトレース出来てなかったからね。

 変装ではなくただのモノマネでしかなかった。

 隊長とか上手く騙せてたのも。

 振り返ってみれば、運が良かっただけ。

 正直、いつバレてもおかしくなかった様な気がする。

 ましてやノア相手。

 俺以上に俺に詳しそうな相手騙すのに。

 モノマネ程度で押し通せると思う方がおかしいわな。


 首に手を掛ける。

 そこから、薄皮一枚。

 内側に指を入れ。

 ビリビリと。

 レザーマスクを破く。


「ひっ」


 女教師の怯えるような表情。

 ご馳走様です。

 って、そんな事言ってられる状況では無いのだが。


「じゃーん、実は生きてました!」


 ……


 沈黙。

 きつい。


 女教師はただ驚いている。

 元々、半信半疑だっただろうし。

 本当だったのかと。

 そして。

 ノアは相変わらずジト目。


 いたたまれない空気。

 これは、一言目をちょっと間違えたかもしれない。

 今になって後悔が……


 一拍置いて、ノアが突っ込んでくる。

 咄嗟に身構えるも、剣に手を掛ける様子も無い。

 手ぶら。

 そのまま、抱きついてきた。

 痛い。

 別に攻撃された訳ではないのだが。

 相手はフルアーマー。

 それがかなりのスピードで突っ込んでくればね。

 金属の塊に突撃されたも同義だ。

 当然である。


 俺の反応に悪い笑みを浮かべる。

 これ、多分わざとだな。

 良いけどね。

 文句を言える立場でも無いし。


 それに、俺のために本気で怒ってくれてたみたいだから。


「心配、したんですよ」


 抱きつかれたまま、耳元で。

 半分泣いてるような声。

 そこまでか。

 いや、偽物とはいえ死体まで見ちゃったんだもんな。

 ……今更ながら罪悪感が。


「ごめん」


 腕を背中に回す。


 カビ臭く、他にも不快な匂いが漂う拷問室。

 伝わって来る感触も鎧の硬い物。

 でも。

 どこか暖かい。

 ふと、後ろから柔らかいものが。

 女教師か。

 ノアごと俺の事を抱きしめてるらしい。


「生きてて良かったです」


 半泣きの言葉に何処か安堵した様な声色が混ざる。

 そこまで気にされてたとはな。

 いや、ここまでのやり取りでなんとなく分かってはいたのだが。

 こう抱きしめられると。

 その想いが直に伝わってくるような感覚。

 さっきも思ったが。

 俺にとっては今日で会ったばかりの相手。

 当時の事なんてほぼ何も覚えてないし。

 初対面みたいなものだ。

 ホテルの約束こそしたが。

 直前で捕まって。

 別に肌を重ねたわけでもない。

 だから、そんな相手にこうされるのは不思議な気分。


 3人で抱き合って。

 なんか、感動的な雰囲気すら漂う。


「……で、先輩は何でこんな事したんですか?」


 しばらく抱き合っていたのだが。

 少し間を置いて。

 ノアに正面から見つめられ、そんなことを言われた。

 指の先には死体。

 変身魔法掛けて俺に似せたやつだ。


 このままなぁなぁで流せたりとか……

 そんな、淡い期待を抱いてたりした訳だけど。

 ま、無理ですよね。

 ノアの視線が。

 逃さないと言わんばかりに俺を射抜く。


 突然、衛兵に冤罪でとっ捕まって。

 罪を認める訳にもいかず。

 かと言って、拷問とかされたくなかったし。

 自力で脱獄しようと考え。

 ただ、そのまま脱獄しても支障が出るから。

 一旦俺は死んだことにして。

 拷問官に変装。

 穏便に脱獄して。

 ほとぼりが冷めた所で生き返ろうかなって。

 一応、そういう計画だったのだけど。


 色々説明足らずだが。

 喋るたびにノアからの視線がキツくなっていくのだ。

 全部話すと。

 これ、とんでもなく怒られるんじゃって気がして。

 大体こんな感じって事で。


 反応としては無言。

 沈黙が流れる。

 怒られないのは嬉しいが、無反応ってのも。

 それはそれで怖いって言うか。

 雰囲気的に。

 ノアにも女教師にも。

 かなり呆れてそうな予感。


「えっと……」

「ん? まだ、何か言い足りない事があるんですか。先輩」

「こうなったのも、ですね」

「はい」

「全部、暴動を起こした犯人が悪い!!」


 冷めた視線を感じる。


 別に押し付ようって訳じゃなくて。

 いや、本当に。

 とりあえず暴動を解決してしまおうかと。

 これのせいで冤罪被った訳だし。

 冤罪で捕まらなきゃ。

 こんな事しなかった訳で。

 奴らが悪い。

 それで丸く治るって事で、……どう?

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