騒動 8

 ……え?

 突然の出来事に一瞬思考が止まった。

 何故。

 詰所まで同行願うって。

 つまりは、そういう事だよな。


 もしかして、本当に勘違いされたんじゃ。

 無理やり宿に連れ込もうとしてると。

 違いますって。

 ちゃんと合意の上ですから。

 ってか、これで俺だけ警戒されるの納得いかないんだが?

 ノアも同罪だろ。

 あれか?

 客観的に見て女に見えるから対象外ってか。


「お二方、離れてください」


 あっという間に周囲を数人の衛兵に囲まれる。

 なんか、物々しいな。

 世間知らずな女の子ナンパしたの見咎められたとか。

 そんな雰囲気ではなさそう。

 もっと、こう……

 大事件でも起こした犯罪者への対応というか。

 剣まで抜いてるし。

 脅しか本気かは知らないが、切先を向けられている。

 逃げられない様に。

 いつでも切り殺すぞと言わんばかり。


 この国の衛兵は適当ではあるが。

 流石に、軽犯罪でここまではしないでしょ。

 心当たりはないけど。

 冤罪は普通にあり得るからなぁ。

 まぁ、そこら辺はね。

 異世界クオリティーって事で。


 無駄に抵抗してもしょうがない。

 刺激してこれ以上面倒なことになっても困るし。

 一応、手を挙げておく。


「何でこんなことになってるのか聞いてもいいか?」

「お前に勝手な発言の権利は無い」

「いや、んなこと言われても」

「これ以上くっちゃべる様なら、二度と話せなくしてやるぞ?」

「……はいはい」


 少し質問しただけなんだが。

 理不尽では?

 こりゃ冤罪も増える訳だ。


 正直、衛兵を無視して逃げてもいいんだけど。

 ナンパを見咎められた訳じゃ無いって事は、おそらく俺のこと探してたっぽいんだよなぁ。

 捜索の結果発見して声を掛けてきたと。

 常識的に考えて、最低限顔と名前ぐらいは割れてるだろうし。

 逃走はあまり得策ではなさそう。

 ここは大人しくしておくのが賢明か。


 と、思ったが。

 ノアが剣に手を掛けるのが見えた。


「ノア、ストップ!」


 俺が声を上げると衛兵の剣が首筋に。

 やめーや。

 尖ったもの向けられるとなんかゾワゾワするのだ。

 どうせ俺に傷なんかつけられないとしても。

 それとこれとは話が別である。


 これを見てか、一旦離した剣にまた手を掛ける。


 衛兵たちよ。

 お前ら死にたいのか?

 Aランク冒険者怒らせて。

 一瞬だぞ?


 大人しくしてくれ。

 お互いに。

 せっかくいい気分だったのに。

 台無しである。


「ノア、俺は大丈夫だから」

「しかし……」

「いいから」

「……分かりました」


 ったく、なんでこいつらの事庇ってやらねばならんのだ。

 いきなり剣を向けてくる不届きものを。

 まぁ、本心としては殺してもらっても一向に構わないのだが。

 そういう話ではなく。

 心配してるのはノアの方である。

 負けるとか勝つとか、そんな単純な話ではなくって。

 街中での殺人は流石にね。

 しかも、相手は仮にも衛兵っぽいし。


 ノアの場合捕まりはしないだろうが。

 コストが見合わない。

 Aランク冒険者を正面から捕えるほどの戦力の投入は不可能。

 今は騒ぎもあって色々忙しそうだし。

 でも、だ。

 メンツを潰された形になるから相当面倒なことになる。

 可能性が低いだけで。

 もしかしたら、なりふり構わずって事もあり得なくはない。

 それに。

 学園の講師は十中八九首になるだろうな。


 気にしない?

 確かに、さっきのノアからはそれぐらいの気迫を感じたが。

 実際。

 ノアもそこまで馬鹿ではない。

 衛兵を斬ってどうなるかぐらい想像つくだろう。

 だから、どちらかといえば。

 俺が気にするのだ。

 ノアが罪人になって、追われる身になったとして。

 俺への仕送りは誰がしてくれるんだ?

 酒も。

 食品も。

 あれ、結構美味かったからね。

 ちょっとした日々の楽しみになっていたのだ。

 打ち切りは困る。


 それに、講師の仕事も結構楽しんでるみたいだからね。

 メスガキは勿論だが。

 他にも生徒がいて。

 俺に相談しにくるぐらいには真剣に向き合っているっぽいし。

 こんなことで首になるのは勿体無い。


 だから、大人しくしておいてくれ。


「フィオナ様お下がりください」


 奥から偉そうなのが出てきた。

 知り合いっぽい。

 嵌められた?

 いや、そもそも現状理解できてなさげだな。

 そんなつもりなさそう。


 この状況に俺以上に混乱してるっぽい。

 頭にハテナが浮かんでいるのが側から見ても丸わかりである。

 優秀だったはずでは?

 女ながらに教師やって店のオーナーまでやって。

 さっきまで醸し出してた出来る女感。

 一瞬で消え失せた。

 まぁ、初対面の時の印象に戻っただけだが。

 本当に極端な人である。

 優秀なんだかそうじゃないんだか。


「お前には先の暴動について、関与した疑いがかけられている。正式な調査が終わるまで勾留。逃走及び証拠の隠滅を図れば分かっているな?」


 そして、突然出てきた偉そうな奴はそう一方的に宣言した。

 これ、もしかして逮捕状の代わりなのか?

 口頭で。

 しかも、言ってることもめちゃくちゃである。

 言いたいことは色々あるが、調査が終わるまで勾留ってそれ実質無期懲役では?

 期限とかないし。

 前世の10日ですら結構酷いって言われていたのに。


 それ以上どころか、無期限て……

 そもそも調査ね。

 どうせ、拷問して自白とるだけだろ。


「待て待て、証拠はあるのか」

「証拠ね」

「何がおかしい」

「犯罪者はそうやって逃げようとするものだ」

「おい!」

「やってないなら問題ないだろ」


 問題あるから言ってるんだが。

 何を言っても無駄そう。

 俺を捕まえる以外の選択肢はないと。

 はぁ、めんどくさい。


「あえていうなら、警備から報告入ってるぞ?」

「何がだ」

「今日、学園にいたそうだな?」

「あぁ」

「随分と、泥酔していたそうじゃないか」

「そこまで飲んでない」

「飲酒してた事は認めるんだな?」

「……まぁ」

「それで学生の学舎にね」

「それがどうした?」

「どちらにしろまともな人間ではないって話だ」


 それを言われるとあれだ。

 ちょっと、ね。

 ノアが言わんこっちゃない見たいな視線を向けてきた。

 確かに庇うのは止めた。

 止めたけど。

 見捨てろとは言ってないんだが?

 まぁ、いいや。


 デカい犯罪起こったばかりだしな。

 しかも、王都の中心。

 衛兵の面目丸潰れではある。

 何としてでも捕らえたい。

 だからだろう。

 疑わしいやつを片っ端からって感じか。

 迷惑極まりないのだが。


 これ、どうしたものか……

 本当に何もやってはいないのだが。

 信じてくれなさそう。

 それに、客観的に見たとして。

 普通に怪しいか。

 飲酒もだが。

 Dランク冒険者が学園に居るのも。

 かなり。

 黒寄りのグレーな気がする。


 暴動の件、どこまでつかんでるか知らないけど。

 俺の予想が正しければ。

 実行犯のほとんどが庶民だろう。

 つまり、下級冒険者の俺はガッツリ容疑者って事だ。


 もう、アレだな。

 変に言い訳したり逃げても余計面倒増えそうだ。

 ここは一度捕まってしまおう。

 それから考えればいい。

 確かに勾留に期間の制限はないし拷問されるし。

 クソみたいな環境ではあるが。

 別にね。

 いざとなったらこの国ごと消せば。

 逮捕も何もないのだ。

 どうとでもなる。

 だから、ゆっくり解決策を考えればいい。


 一回捕まって纏めてやる方が健全ではあるか。

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