温泉 4

 さて、受付嬢への報告も済ませたし。

 早いとこ行きますか。


 ギルドを出て、その足で大通りを抜ける。

 自宅とは反対方向。

 門をくぐり、街の外へ。

 そのまま森の中に入った。


 何故、依頼も受けてないのにこんな所に来たのか。

 普段は薬草採取ぐらいでしか入らない場所。

 魔物の居る様な森だし。

 当然、何か建物があるなんてはずもなく。

 用もないのに来るような所ではない。

 もちろん理由がある。

 今回、温泉までわざわざ馬車で行く気は無いのだ。

 代わりに転移魔法を使う予定。

 なら何処からでも行けるのでは?って話なんだけど。

 念のため、ね。

 転移魔法を使う瞬間とか誰かに見られたく無いし。


 街の中だと色々不都合が出るのだ。

 人目を避けるのが無理だとは言わないが。

 仮に避けたとして。

 何処かの建物に入ったまま消えたとか。

 そんな噂になっても厄介。


 今の俺は、ノアの事もあってかなり人目に付きやすいし。

 あまり迂闊なことをして話を広められたくはない。

 この世界は村社会的な側面が強い。

 噂が回るのは一瞬。

 街間での情報のやり取りは遅いのだけど。

 その代わりにと言えばいいのか、内輪での情報共有は本当にあっという間。

 もともと知ってはいたが、前回の一件で強く実感した。


 わざわざ森まで出て来たのも、そんな事情があっての事。

 ここなら人も多くはない。

 この森に用のある人間なんてせいぜい冒険者ぐらい。

 他の人間はまず立ち入らない場所。

 それに、冒険者にしたって。

 冬に入ったおかげか、蓄えに余裕ある人間は休養に入っている。

 旅ほどじゃないが危険は危険だし。

 ますます森に入る人数が減っている状況。

 木々で視界も限られ。

 色々なリスクを最低限に抑えられる理想的な環境なのだ。


 辺りを見回す。

 ざっと見た限り、人はいない。

 一応、魔眼も起動。

 目に魔力を流し、周囲の魔力を可視化する。

 動いてるのは魔物だろうか?

 人型っぽいのもいるが。

 まぁ、ゴブリンかオークだろう。


 よし、問題は無いな。

 転移。


 魔法を使用した瞬間、景色が一瞬で変わった。

 でも、それだけ。

 特に浮遊感を感じたりとか、転移したことで酔ったりとかはしない。

 例えるならPCの画面に別の画像を表示した、的な?

 もちろん出来事としては全く違うのだが。

 それぐらいシームレス。

 流石のチート仕様である。

 多分、コップ満杯に汲んだ水をこぼさず目的地まで移動出来る。

 それになんの意味があるんだって話だけど。

 そんだけ快適って事だ。


 ま、景色が変わったとは言っても同じく森の中なんだけど。

 転移前せっかく手間を掛けて人目を避けたのだ。

 これで街中とかに転移したら全くもって意味がない。

 後、普通に危ないし。

 転移で人と重なったりしたら悲惨である。

 チート仕様のおかげで俺が傷つくことはないのだが、その代わりに転移先の空間が抉り取られる訳で。

 そこに人が居たら体に人間大の穴が空くことになる。

 当たりどころによっては即死。

 しかも、スプラッタと見まごう様なグロい死体の出来上がり。

 俺の方も血まみれになるし。

 いいことなしだ。

 だから、同じく人目がなさそうなここを転移先にした。


 この転移魔法、事前のマーキング等は一切不要。

 一度行ったことがある場所なら何処にでも行ける便利仕様。

 でも、こういうデメリットもあるからね。

 また行きたいなと思った時。

 必ず転移先の空間に目星を付けてから帰る事にしている。


 一応、こちらでも魔眼を起動。

 周囲の魔力をチェック。

 辺りに人は居ないな。

 珍しい事に人型の反応すら無い。

 ゴブリンの類はここじゃ少ないのかもしれない。

 森ごとに結構生態も変わるのだ。

 危険であまり研究は進んでないらしいが。


 森を出て、街まで少し歩く。

 門。

 港町のものより更に小さなそれが見えてきた。

 到着だ。

 なんだかんだ手間を掛けたが。

 延べ1時間も掛かってないのではなかろうか。

 馬車よりよっぽど楽。

 あまり雰囲気は出ないけどね。


 って事で。

 ビバ、温泉街!

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