日常 2

「おばちゃん、エールひとつ」

「あんたにおばちゃん言われる筋合いはないよ」

「……おねーさん」

「うっ、気持ち悪い」

「なんだとコラ!」


 ギルドに併設されている大衆酒場。

 今日の依頼で入った金をそのままお酒に変える。

 ここから飲んだくれるのが依頼をこなした日の俺の日常。

 労働時間は基本一刻未満。

 移動時間を抜けば1時間を切るかもしれない。

 薬草をむしるだけだから疲れないし、返り血なんかも浴びない。

 魔眼のおかげで下を向いて目を凝らしながら薬草を探して回る必要も無いし。

 なんて素晴らしい日々なのだろうか。


「はい、エールひとつね」

「あんがとさん」


 おばちゃんに貰った酒を喉に流し込む。

 別に労働の疲れなんてものはない。

 ただ、1杯目と言うのは特別だ。

 美味しい以上に気持ちがいい。

 乾きが癒され、炭酸が喉を刺激する。

 この一杯の為に生きてきたのだとさえ錯覚してしまう。

 味だけでいえばジュースの方が好きなんだけどね。

 飲み心地では足元にも及ばない。


 ま、そもそもこの世界にまともなジュースなんてあるのか知らんけど。

 砂糖は高級品なのだ。

 もしあったとしても酒の方がよっぽど安いだろう。


「おばちゃん、おかわり頂戴」

「はいよ」

「あと、適当につまみもお願いね」

「分かってるって。しかし、あんた良く飲むね」

「そうか?」

「ギルドに来た日は毎回じゃないかい?」

「そりゃ、その為に依頼をしてるんだから当然」

「全く、体を壊すんじゃないよ」

「はいはい」


 干し肉をつまみに酒を飲む。

 食事としちゃケモノ臭くて食えたもんじゃ無い。

 まぁ、当然の話ではある。

 香辛料なんかも高級品だし、品種改良なんて進んでるはずも無い。

 ただ、酒のアテとなると話は別だ。

 臭みは酒がかき消し、強烈な旨みが酒を飲む手を後押しする。


 まだ陽も高い時間。

 前世だったら考えられなかったな。

 仕事のある日なんて、それこそコンビニで適当に缶を買って喉に流し込んで終わりだ。

 次の日も朝は早いのだ。

 ゆっくりつまみを食べながらなんて余裕は無かった。

 それがどうだ。

 ギルドの端、これから依頼をこなしに行く冒険者を眺めながら飲んだくれている俺。

 通勤中のサラリーマン横目に飲むようなものだ。

 彼らからの視線をちらちらと感じる。

 実に気分がいい。

 優越感にすら浸れる。


 ま、羨ましがられてると言うよりは見下されてるのだろうけど。

 他の人から見た俺といえば、人生に疲れたおっさんそのもの。

 仕事も早々に朝から酒を飲んでる底辺冒険者。

 感覚的には、朝からパチンコに並んでる人種とでも言えばいいだろうか。

 よほどの中毒者を除けば、見下されこそすれ羨ましがりはしないだろう。

 だが、そんなものは関係ない。

 自分がどう思うか、それが全てだ。


 チートを貰って異世界に転生したんだがな。

 気がつけばこんな生活になっていた。

 物語の主人公なんかからは程遠い、平凡な生活。

 俺にはどんな使命があったのだろうか?

 神様はなんの目的で俺なんか転生させたのだろうか?

 全て不明のまま。

 まさに神のみぞ知る、だな。

 まぁ、知らなきゃどうしようもない。

 伝えないのが悪い。

 その精神で生きている。


 ……仮に使命なんて物があったとして、行動するかは内容次第だけどな。

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