ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上

一章

日常

 冒険者ギルドに行き、受付に話しかける。

 いつものルーティーン。


「よう!」

「げ、おじさん」


 げとはなんだ。

 失礼な奴め。


「ギルドの受付嬢が冒険者にそんな態度取っていいわけ?」

「おじさん相手だから良いんですぅ。他の冒険者相手ならもっと真面目に対応してますから」

「どうだかな、怪しいもんだ」

「これでも私優秀な受付嬢って事で通ってるんですからね」

「へぇ、じゃあ俺の名前は?」

「……おじさん?」

「ダメじゃねーか。担当の冒険者の名前ぐらい把握しとけ、俺の名前はロルフだ」

「ロルフさん……、おじさんはおじさんです!」

「そうかよ」


 あからさまに雑な扱い。

 どう見積もってもひとまわり以上年下の受付嬢にだ。

 我ながら情けないとは思う。

 まぁ、理由は分かってるんだけどね。


「今日もいつもの草むしりですか?」

「草むしり言うな!」

「そろそろ討伐依頼の一つでも受けたらどうなんです?」

「討伐依頼ねぇ……」


 掲示板に視線を向ける。

 いくつもの依頼が張り出されている。

 ギルドが出している常設のものから、国や個人が依頼したものまでその内容は様々だ。

 討伐依頼に限っても、ゴブリンやらスライムみたいな冒険者なら誰でも狩れるような雑魚モンスターから、オーガやドラゴンなんて上級冒険者がパーティーを組んでやっと倒せるようなものまで。

 後者は俺みたいなDランクじゃ受けることすらできないけど。


「殺生は好きじゃないんだよね」

「単にビビってるだけでしょ?」

「そうとも言う」

「じゃあ、今日もいつも通りって事ですか?」

「その通り」

「……はぁ」


 受付嬢は呆れ顔である。

 まぁ、討伐依頼を全く受けない俺はもはや冒険者なのかどうか怪しいまであるしな。

 担当としても思うところがあるのだろうか?

 呆れられるのも分からなくはない。

 これがさっきみたいな雑な扱いにつながっているのだろう。


「何だかんだ言いながら、事前に用意はしてくれてたんだな」

「当然です。私、出来る女なので」

「はいはい」


 受付嬢の軽口を聞き流しながら依頼の内容に目を通す。

 ま、いつも受けてる常設の依頼なんだが。

 一応ね。

 変な文章付け足されてたら嫌でしょ?

 例えば、『この契約にサインすると悪魔に魂を持っていかれる』みたいな……

 前世のエイプリルフールであったやつ。

 この世界だとシャレにならないからね、アレ。


 実際、出来る女ってのは本当なのだろう。

 ギルドの受付なんてこの街じゃ花形の仕事だしな。

 優秀な人間にしか出来ない。

 しかも、女で働いてるって人もあまり居ないだろうし。

 少なくとも万年Dランクの俺よりはよほど優秀なはずだ。


「じゃ、これ受けるから。よろしく」

「はーい」


 サインをし、依頼を受ける。

 すると、受付嬢が何やら書類を書き始める。

 この世界は識字率が高くない。

 だから、基本的にサインをする以外の文字を書く作業は受付嬢の仕事だ。

 彼女は俺が依頼の条項を読み込んでるのを知ってるし文字を書けることも察していそうだが、俺に書かせようとする事はなく淡々と作業している。

 やはり根は真面目ではあるのだろう。

 俺が不真面目だから引っ張られているのだろうか?


 ……しかし、いつものことだが大変そうだな。

 書類は当然すべて手書き。

 前世では、俺が働き出す頃にはすでにコピー機やPCが当たり前にあったから。

 俺より若い子がこうやって仕事してると変な気分になる。

 前世の感覚が抜けてないな。

 ま、こっちに来て特に何もしてないから当たり前なんだけど。


「受け付けました」

「了解」

「一応、気をつけてくださいね」

「分かってるって」


 依頼を受け街の外に出る。

 受けたのは薬草採取の依頼。

 いつもこれだ。

 外傷に効く成分が含まれる草、精錬すればポーションとかになるらしい。

 それを指定量持って来いという常に出されている類いの依頼だ。

 俺みたいなのにはこのレベルがお似合いである。


 街の外、草原を隔ててすぐそばの森。

 俺の仕事場である。

 本来なら薬草の採取は草原でやるものなんだけどね。

 そこら辺にあるのはスラムや貧民の子供に狩り尽くされてしまっているから、依頼の規定を満たす量の薬草を探そうと思うと丸一日は掛かってしまう。

 だから俺はもっぱら森で薬草狩りだ。

 この森はゴブリンなんかも出るが、そこまでの危険地帯じゃない。

 少なくともドラゴンやらオーガをここで見た事はない。

 とはいえ魔物が出る事に変わりはないので、チートがなければ入ろうとも思わなかっただろうけど。


 森に入り、瞳に魔力を流す。

 分かりやすく言っちゃえば魔眼だ。

 色々な魔力の流れが見えるようになる。

 そこから、余計なものを除いていく。

 薬草は動かないので、まず動いてるものは排除。

 外傷を治す成分に魔力が濃く含まれてるので、一定以下の魔力量の物も排除。

 地面に生える背の低い草なので、一定以上の高さが有るのも排除。


 そうやっていくと、いくつかの光が浮かび上がって見える。

 ゲームみたいに親切に光ってくれるのだ。

 事前にちょっと手間がかかるけど。

 あとはその光を目印に適当にむしっていくだけ。

 これで終了だ。

 ボロい商売である。


 一刻も掛からずに冒険者ギルドに戻ってきた。

 依頼書と薬草の入った麻袋をカウンターに置く。

 かなり早いとは思うが、受付嬢もそこは慣れたものだ。

 初めの数回は驚いてくれたんだけどなぁ。

 その表情はなかなかに見ものだった。

 しかし、今やほぼ無表情。

 実に可愛げがない。


「相変わらず雑ですね」

「まぁな」

「褒めてません。薬草採取一筋なんですから、せめて丁寧にやってくださいよ」

「はいはい」


 どうせ値段は変わらないんだし。

 こんなのいちいち品質を鑑定するほどの価値はないからね。

 本物でさえあれば、一律重さで買い取ってるのだ。


「……受付嬢からの心象、冒険者の評価には入りますからね?」

「なぜバレた」

「おじさんは感情が顔に出過ぎです」


 とは言っても、それも今更だ。

 万年Dランク。

 今更冒険者ランクを上げようとは思わない。

 ならば評価など気にするだけ無駄だろう。

 冒険者ランクはFからスタートする。

 今の俺は下から3番目。

 もう35になると言うのに、だ。

 何もやってないから当然といえば当然なんだけどね。


 と言うか、35歳か。

 遂に前世の年齢を超えたな。

 前世でも、今世でも、何も成し遂げることなく……


 ま、別にいっか。

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