絶たない放課後
伏見同然
絶たない放課後
私が小学生のときに住んでいた町は、朝日は朝に見えないし、夕日になる前に太陽は隠れてしまった。四方を山に囲まれていたから。
なんだかいつも薄暗くて、昼を過ぎるとそこはもう夜の入口のような雰囲気の町だった。
全校生徒を合わせても100人もいない小さな小学校には新校舎と旧校舎のふたつがあった。
基本的には教室のある新校舎で1日を過ごすのだけれど、音楽室と図工室と家庭科室を使う時だけ旧校舎を使う。
新校舎から旧校舎へは、後から付け足した渡り廊下を通って、これも後から付け足したのであろう校舎裏の扉から入る。
扉をあけて正面には元々使っていた校舎の入り口があるが、常に鍵が掛かっていて、通り抜けができないように古いロッカーが置かれていた。そこから右に向かって廊下がまっすぐ伸びており、まず右手にトイレ、少し進んだ左手に図工室、その右手には校舎裏が見える窓が並んでいるがのだけれど、廊下は電気をつけても薄暗い。そのまままっすぐ進むと一番奥に家庭科室があった。
建物の古さとその暗さ、人の気配がない独特の雰囲気に加えて定期的に持ち上がる怪談話で、旧校舎に授業以外で近づく子どもはいなかった。
私は当時、家庭科クラブというものに入っていて、週に何度か放課後に参加していた。私を含めて女の子が数人と先生が1人という小さなものだったけれど、巾着をつくったりお味噌汁をみんなで食べたり、とても楽しかったのを覚えている。
そんなある日、クラブの活動を終えて教室で帰る支度をしていたとき、私は家庭科室に筆箱を忘れてきてしまったことに気づいた。
外も暗くなってきていて、友達も急いで帰りはじめたところで、私はひとりで家庭科室に向かうことにした。
旧校舎の扉を開けると、薄暗い廊下の先で家庭科室だけ電気が付いていた。少し安心して廊下を進み家庭科室に入ると、そこには誰もいなかった。
きっと、先生がまた戻ってきて片付けでもするのだろうと思いながら、起き忘れていた筆箱を手に取り、再び家庭科室の扉を開けると、廊下の先に何かが見えた。
暗い廊下であまりよく見えなかったが、ランドセルを背負った子どもがうずくまっているようだった。
私はゆっくりと図工室の前を通りながら、その子どもに近づいていった。
ランドセルの色は黒のようにもみえるし赤のようにも見えるし、くすんでいてはっきりしない。
服は見えている範囲では白っぽい。うずくまって両手を耳に当てるような格好で顔が見えない。
髪の毛は黒く見えるが、男の子のようでも女の子のようでもある。
「どうしたの?」私は、そっと近づきながら聞いてみた。
「……った…」その子は小さな声で何かを言っていた。
「え?なに?」
「もう…おわった?」
私は最初何を聞かれているのかわからなかった。
「もう、おわった?」その子は何度も聞いてくる。
なんのことかわからなかったが、その様子に、私は何か答えてあげなくてはいけないような気がして「たぶんまだだよ」と言った。
すると、その子は体をぎゅっと固めて「早くおわって」とつぶやいた。
私は「大丈夫?」と言いながら、その子のランドセルに手を置いた。
ランドセルのざらっとした感触が気になり、少し近づいて見てみると、その表面にはカビがびっしり生えていて、私は思わず声を上げて手を引っ込めた。
その瞬間、旧校舎の入り口が開いて、家庭科クラブの先生が入ってきた。
「あら、まだいたの? なんか声がしたけど大丈夫?」
事情を説明しようとして周りを見回したけれど、さっきの子はもういなくなっていた。
それ以来、あの子は何度も私の前に現れて「もう、おわった?」と聞いてくるようになった。うずくまって耳に手を当てたあの姿で。未だに男の子なのか女の子なのか、顔すら見たこともない。
今の私には当時の私くらいの娘がいる。
ある日、娘と見ていたテレビに怖い映像が流れたとき、耳を塞いで「終わったら教えて」と娘がいった。私は娘の背中に手を当てて「ほら、もう終わった大丈夫」と言った。
またあの子が私の前にいる。
この子が見たくなかったもの、耳を塞ぎたかったこと、一体それが何だったのかはわからないけど、私はこの子に言っていいのだろうか「ほら、もう終わった大丈夫」と。
絶たない放課後 伏見同然 @fushimidozen
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