19:助っ人ハーフ美少女クレアはどうしても忍びたい
人が空を歩くところを初めて見た。
いつものように助っ人マネージャーとして陸上部で活動していた時だ。
僕は雑務を極限に集中して人の数倍の早さ・正確さでこなす事ができるからこそ助っ人として重宝されるのだけど、その時ばかりは走り高跳びの女子選手の一人に目が釘付けになって手が止まってしまった。
他の選手たちが背面跳びで跳ぶ中、その選手はハードル走のように軽々と飛んでいる。人間離れした跳躍力だ。綺麗な生粋の金髪が風になびいて輝いている。この光景が絵画で表現されればきっとそれは歴史に残る芸術作品になるに違いない。それくらいの衝撃だった。
彼女も確か助っ人だ。僕とは違い選手の方。部の窮地に現れる
名前は
神様はルールを忘れたのか彼女には二物も三物も与えて、頭脳明晰でその上美少女でもある。
幸運なことに僕と彼女は同じクラスなので、教室でいくつかの部の主将が必死で説得する場面に何回か出くわしたことがある。
しかし、彼女は申し訳なさそうに決まった台詞で断る。何度食い下がっても同じだ。
「他にどうしてもやりたいことがあるから。それを叶えるには時間がいくらあっても足りないの」
類まれなる身体能力を持ち、模試で最難関大のA判定を出すような聡明さも持ち合わせている彼女が、多くの時間を割いても実現しないこととは何なのか。高校内ではその話題が定期的に流行する。
トップアイドルになるとか、ノーベル賞を取るとか
それを突き止めた時、彼女と付き合えるというバカげた噂話が発生し校内の男子共が血眼になって調査するという事件も起きたことがあるが、当人は涼しい顔をしていた。
やりたいことの実現に多忙なはずなのに、なぜ助っ人要請は引き受けてくれるのか。それも彼女が誰かと話しているのを聞いたことがある。
曰く「修行になるから」とのこと。
修行? 彼女は遠い星から来た戦闘民族なのだろうか? 丁度髪も金髪だし、スーパーになりやすいんじゃないかな。なんてね。
その後色々な部活の要請に応えた時に、何度か三雲さんを見掛ける事はあったけど、一方的に彼女のことを知っている状況から進展することは無かった。
まあ僕の人生にはもったいない登場人物だよねと身の程を弁えていたら、事件は起こった。
僕の世界の神様は
それは父に付き合って登山道のゴミ拾いボランティアに参加している時だった。ちなみに父は公務員で積極的にボランティアに参加している。
運動神経が絶望的に無い僕は、集団についていくことができなくて、登山道を外れ迷子になってしまった。ちょっとした遭難だ。かなり焦って歩き回ったが、全然元の道に戻れない。後から聞いたけど、そういう時はあまり動かない方がいいらしい。
僕は疲れ果てて、近くの大木に寄り掛かって腰を下ろした。
……。
疲労のせいなのか背中の感触に違和感があった。木よりも遥かに柔らかい気がする。あまりに気持ち悪いので、立ち上がり木と向き合って確認する。右手をのばして手触りを確認する。マシュマロのようにとびきり柔らかい感触が脳に伝わる。
不思議に思った僕は人差し指を立ててどこまで沈むかを試してみた。
「ひゃっ!」
短めの悲鳴と共に木の皮がひとりでに
……いや、自分で言っていてバカみたいだと思う。
忍者が存在していたのはせいぜい江戸時代までだ。とうに200年くらいは経ってる。居るはずがないんだ。
だけど、どう見ても僕の目の前に立っている人物の恰好は、忍び装束であることは間違いなかった。ご丁寧に頭巾もかぶっている。
装束が薄い桃色なので周りからだいぶ浮いていた。体型からして女性だと思うけど、その抜群のプロポーションも相まって忍び装束なのに残念ながら忍べていない。
剥けた木の皮もよく見たら布地だった。隠れ身の術というやつだろうか。
何と声を掛けていいかわからず僕はオロオロするだけだったが、何故か忍者も同じらしい。瞳だけしか見えないが、明らかに動揺している。
忍者がそれでいいのか。
ちなみに僕は彼女の乳房の片方を指で突いていたようだが、意図的にやったわけではないので無罪を主張しておく。
「この術を見破るなんて……貴方、何者なの?」
忍者はやっと言葉が見つかったらしい。
とりあえずセクハラについては不問なようで安心したのも束の間、閃きが走る。
この耳心地の良い透き通る声は聞き覚えがある。それに少し青みがかった瞳、頭巾から一つに束ねて飛び出している金髪。
三雲さんでしか有り得なかった。
「三雲さん、何やってるの?」
「チガウ。ワタシハミクモデハナイ」
急にカタコトになって惚けるが、今更誤魔化せない。僕には確信があった。
「あ、ちなみに僕は
「クラス? ブカツ? ナンノコト?」
いつも隙のない三雲さんがひどく狼狽えているのが新鮮でとびきり可愛くて、つい意地悪したくなってしまう。
僕は隙をついて彼女の頭巾をはずした。
「な、何するのよ!」
「ほら、やっぱり三雲さんだ……もしかして、三雲さんのどうしてもやりたいことって忍者になることなの?」
沈黙。野鳥の鳴き声だけが森に響き渡る。
「……はぁ。もう隠せないわね。その通りよ」
観念したのか、肺にある空気を全て吐き出す勢いで彼女はため息をついた。
「でもなんで? 忍者って-」
「言わなくていい! 分かってるわ、私だって……」
目を伏せる三雲さんを見て、僕は反省する。デリカシーがないよな。モテないわけだ。
「私ごときが忍者になろうなんて、考えが甘いのは私が一番分かってるのよ」
全然、分かってなかった。どうしよう、忍者はもういないって教えてあげた方がいいのかな?
「あの-」
「だから言わなくていいわよ」
訂正は聞く気がないようだ。
「忍者は精鋭の中の精鋭。世界で100人も居ない。ちょっと運動ができたり、勉強ができるくらいでは到達できない領域という事は分かってるのよ。それに-」
彼女はそうして忍者になることの困難さや、いかに忍者が素晴らしいかを軽く5分は語り続けた。
「分かっているからこそ、挑むの。私の中のハンゾウがこう言うの」
彼女はそう言って瞳を閉じた。
え、誰?という言葉はぐっと飲み込んで、僕は次の言葉を待った。
「 臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前! って」
両手で様々な形を次々と作り三雲さんはそう叫んだ。僕は思わず拍手する。
「だから、私は忍びにならなきゃいけないの」
何が"だから"なのかはハンゾウに聞かないと分からないけど、彼女の決意が金剛石より固いのは良く分かり、僕は彼女に惹かれていた。
僕が好き好んで助っ人マネージャーをやっているのは、目標に向かって情熱を持ち
今目の前にいる忍者見習いの瞳は、今まで出会った誰よりも燃えていた。最高だ。ずっと近くで見ていたい。
「なろう! 忍者に。全力でサポートするよ!」
僕が思わずそう宣言すると、心の中で
これが僕と彼女の厳しくも楽しい忍者ロードの第一歩目である。
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