第32話【エピローグ】

【エピローグ】


 そこから一週間、俺の記憶は断片的なものとなる。

 ニュークを破壊してどのくらい経っただろうか、とにかく数時間後に、管制室に軍の特殊部隊(対人作戦部隊)が乗り込んできた。

 暴力を振るわれるかと思った矢先、なにやら奇妙な状況報告があって、俺は急に丁重に扱われ始めたらしい。


 漏れ聞こえたところでは、貴重な実験参加者だとか、最高の適任者だとか、そんな言葉を耳にした。俺は見慣れない、要人保護仕様の中型宇宙船に搭乗し、あっという間にUNへと帰還を果たした。


 それから俺は、医療用コロニーへと輸送された。

 そこで簡単な生活に関する質問を受けたり、医師との基本的な遣り取りをしたりして、ぼんやりしたままの時間を過ごした。

 宛がわれた個室は清潔で、患者としては非の打ち所がない。

 なんのために俺の外出が許されないのか、それが気になるという点以外は。


「あ、そうだ」


 一言呟いた。それこそ、俺の信条だったではないか。物事は、戦闘が終わってから落ち着いて考えるべきだと。

 今回地球へ降りた時のことを思い返してみる。すると途端に、不快で冷たい感覚が俺の全身を震わせた。


「ユウ、アミ、コッド……」


 ゆっくりと噛み締めるように、三人の名前を唇に載せる。気づけば俺は、ベッドから上半身を起こして弱々しい叫び声を上げていた。

 巡回中の介護ロボットが、看護師へと俺の情報を転送している。


「タカキ准尉、大丈夫ですか? キョウ・タカキ准尉? 落ち着いてくださいね、鎮静剤をお持ちしますので!」


 そう言いきられる前に、俺は落ち着いていた。そして最後に思い返される顔は、いつも決まっている。


「スティーヴ・ケネリー大佐……」


 その言葉を聞きつけたのか、看護師の一人が口早に説明し出した。


「大丈夫ですよ、タカキ准尉。大佐は既に死亡しています。何の権限もありません。それに、あなたを人道的に、安全な環境で保護するようにと、新任の上官から下命されています」


 安心してくださいね。そう笑顔と共に付け加える看護師。

 その言葉は、確かに温かく有難いものだった。しかし、俺は人生のほとんどをスティーヴ大佐に支えられて生きてきたのだ。

 結局、彼は悪党だったかもしれないが、殺してしまったのはやりすぎだったのではないかと思ってしまう。


 俺は額に手を当てて、素直に鎮静剤の注射を受けつつ、短く息をついた。


         ※


 そして迎えた今日のこと。

 今日は、地球の再開発に関わる部隊の人員を集めた追悼式典が行われる。俺も出席するつもりだ。


 とはいっても、全ての事実が明らかにされるわけではない。人体改造を受けていたユウやアミのことは秘匿されるだろうし、仮に俺がバラそうものなら、射殺なり毒殺なりされてしまうだろう。


 その時はその時、だろうな。むしろ、今までの一週間で殺されたり、強迫されたりしなかったのが不思議なくらいだ。


 壇上では、コッド元・中尉とスティーヴ大佐の死が語られた。皆はざわめいたが、俺は再び額に手を遣って溜息をつくくらいだった。


 驚きと悲嘆の中で、式典は終了した。呆気ない。二人(正確には四人)の人間が命を落としたというのに、随分と淡泊なものだ。

 解散が命じられ、皆は三三五五、自らの任務に戻っていく。ショックが大きいであろうことを考慮したのか、誰も規律正しく、などと言い出しはしない。


 俺はぼんやりと、脳みそのどこかで考えた。

 人類にとって、同胞の死は悼むべきものだ。数千年前の人骨と同じ場所から、花や武具が発見されたことだってある。


 だが、ユウは? アミは? 人間たる者なのか、人間にあらざる者なのか、自分自身に疑問を投げかけ続けた彼女らのことは、式典中一度も語られることはなかった。


「……」


 俺はコロニーに差し込む日光に目を細めながら、両腕をズボンのポケットに突っ込んだ。


「すまないな、ユウ、アミ。俺たちは出会うのが早すぎたみたいだ」


 自分の頬を涙が伝っていく。それに気づいた時には、既に日は沈みつつあった。


 THE END

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月下の兵士に讃美歌を 岩井喬 @i1g37310

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