第14話


         ※


 俺たちは息を震わせながら、敵の姿を凝視した。

 焼き切られた壁面から顔を出していたのは、巨大で銀色の哺乳類。ずばりライオンだった。鬣を振りかざし、雄叫びを上げる。生物の声とは思えないが、妙な生々しさが込められていた。


 いざ動き出すと、その迫力、ドスの効いた重厚感が、ぶわりと広がってきた。

 思いがけなかったのは、ライオンが鬣を回転させ始めたこと。やはり、身体のところどころが機械で代替されている。


「野郎、何をしていやがる?」


 自動小銃はあるものの、もっと接近してもらわなければ効果はあるまい。それに、機械仕掛けの生体兵器だとしたら、閃光手榴弾も通用はしないだろう。

 どうする? どう戦うんだ、キョウ・タカキ?

 

「総員、射撃開始!」


 やはり遠距離火器を用いて相手の出方を見るしかない。

 俺は残弾に気をつけながら、重火器内の弾丸をありったけ叩き込んだ。残弾がなくなった時、ちょうどユウもアミも弾倉の交換を試みていた。


「撃ち方止め! 撃ち方止め!」


 すっかり火薬臭くなったところで、俺たちは銃器を構えたまま目を凝らした。

 煙の先に、ライオンの姿は見えない。


「ふう! いやあ、何事かと思いましたね……」

「おいユウ、油断するな。ライオンが意味もなく俺たちを威嚇したはずがないんだ。勝率を上げるにしろ、優位性を確保するにしろ、きっとあいつは計算して――」

「来ます!」


 アミの言葉に、ユウは自動小銃を構え直した。俺も自分の自動小銃を手に、視線を縦横に巡らせた。

 それも一瞬のこと。目に飛び込んできたのは、勢いよくこちらに飛び移ろうとしているライオンの姿だった。


「皆、手榴弾を使う! 散れ! 互いに距離を取るんだ!」


 今度はユウもアミも、実に敏捷な動きを見せた。チームワークができつつあるのだろうか。

 ともあれ、大口を開けて迫ってきたライオンの口に、俺は手榴弾を放り込んだ。


 ドズン、と鈍い音がして、ライオンは血反吐をぶちまけた。これで腹部は新たな弱点になったとみていいだろう。

 衝撃で弾き飛ばされながらも、足の爪をギリギリと床面に突き立て、なんとか縋りつこうとするライオン。

 その根性は大したものだが、ここで強烈な射撃と斬撃を加えれば、勝利はこっちのものだ。


 俺は自分の口の端がつり上がるのを止められなかった。はっきり言って、油断したのだ。

 それゆえに、事態は劇的な展開を見せてしまった。――俺たちにとって、悪い方に。

 なんと、ライオンの脇腹が内側から破れ、臓物と共にもう一対の足が現れたのだ。


「ッ!?」


 急速に胃液がこみ上げてきた。こいつはもう、クリーチャーでもジャンクでもない。しかし、その両方を兼ね備えている。


「こいつは、いったい……?」

「来ますよ、先輩! 手榴弾の残りは!?」


 ユウに言われて、はっと俺は我に返った。スコープを覗き込む。

 ライオンは新たに生えてきた三対目の脚部を巧みに扱い、スパコンを薙ぎ倒しながら迫ってくる。


「もう一発食らわせれば……!」


 俺は二つ目の手榴弾を取ろうと、さっと左胸に右手を回した。その瞬間、鋭利な気配というか殺意とでも呼ぶべきものが、俺の右手を貫通した。

 そう勘違いするほどの気迫が、俺の右手を震わせたのだ。


 こいつはまさか、このライオンが俺に照準を合わせたということか?  

 真っ先に抹消すべき存在として、攻撃態勢を整えているのか?


 脇腹から飛び出した三対目の脚部を曲げ、跳躍すれば、確かに俺には到達するかもしれない。今でこそ集中砲火から自身を守るのに徹しているが、もし俺が使っている自動小銃が、弾切れを起こしたら。給弾不良に陥ったら。手が震えて射線がズレたら。その時は――。


「自分が行きます!」


 叫んだのはアミだ。


「よせ、アミ! あいつの素性は知れないんだ! 他にどんな攻撃を仕掛けてくるか分かったもんじゃ――」

「ふっ!」


 あの馬鹿、独断で斬りに行きやがった! ぐんぐん小さくなっていく、アミの背中。


「仕方ない、ユウ!」

「分かってますって!」


 俺とユウが見つめる先で、アミはほぼ垂直な壁面を駆け上っていく。

 減速することなく、そのまま抜刀。


 ライオンの腕がすっと伸ばされ、素早くアミを掴み込む。かと思いきや、アミは身を捻ってこれを回避、同時に片方の刀を振るった。


 ガキィン、という甲高い悲鳴のような音が響く中、アミとライオンは急速に距離を取った。

 僅かに後退するライオンと、勢いよく反対側の通路に飛び移るアミ。


 そうか、アミでも一撃でライオンの四肢を斬り落とすのは無理があったか。

 逆に、ライオンも図体がデカすぎて、アミを追尾するのを諦めたようだ。


 俺は自動小銃のスコープ越しに、ライオンの姿を改めて捕捉した。

 目測だが、体高二メートル、体長五・五メートルほど。異常な筋肉質の肉体を、金属製で艶のない装甲板が補強する形で身体が形成されている。


「とても一人で相手できる器じゃない……」


 驚異的な跳躍力で、建築物の中で飛び回るアミ。時折、刀と爪、牙などがぶつかりあって、ギィン、という鈍い音がする。


 すると唐突に、アミとライオンの距離が大きく広がった。互いに壁を蹴り、一気に接敵。そして、空中でライオンと接触する瞬間、アミがライオンの胴体を蹴とばした。


 流石に手榴弾が効いていたのか、ライオンは苦しげな呻き声を上げて急速に落下。やや下方のフロアに着地した。なるほど、この位置からなら、射撃武器を携行している俺たちが一方的にライオンに銃火を浴びせることができる。


 俺は素早く弾倉を交換し、再度スコープ内にライオンを捉えた。

 そして、ライオンの姿が微妙に変化していくのをじっと見つめた。


 ライオンはジリジリと後退し、しかし撤退はしない様子。

 また、戻ってきたアミに大きく頷いて見せると、アミもまた頷き返してきた。というか、僅かに肩を上下させているだけで、アミは疲労困憊しているようには見えない。

 平時なら、どうすればそこまで身体を鍛えられるのか尋ねたいところだが、残念ながら今は戦闘中である。


 いい加減にケリをつけるべきだな……。そう思った俺は下ろしていたリュックサックから二本の筒を取り出した。よく俺が使っているロケット砲だ。


「ユウ、これを使ってくれ」

「これを?」

「ああ。アミ、敵の強度はどんなものだ?」

「はッ、極めて硬度です。それでいて、生物部分からなる俊敏性や機動性を損なっていない。非常に厄介です」


 なるほど。


「アミ、さっきと同じように、空中蹴りでやつを大穴の中央に狙って蹴とばせるか?」

「可能です」

「ユウ、俺たちはアミがライオンから離れたら、こいつをライオンの頭部に叩き込むんだ。流石にライオンも、空を飛べるわけじゃない。俺の目測だが、やつが現れた壁は螺旋階段に接している。勢いをつけて吹っ飛ばせば、この建造物の最下層まで叩き落とせるはずだ」


 そうすれば、間違いなくライオンを仕留められる――。

 目を皿のようにして説明を聞いていたユウは、了解とばかりに親指を立ててみせた。


「アミ、すまないんだが――」

「私が再度、あのサイボーグを宙に放り出す。それがご命令の内容ですね?」

「あ、ああ。危険な任務だが、よろしく頼む」

「了解しました」


 ユウとは対照的に、ぴしりと敬礼をしてみせるアミ。

 ぶっちゃけこの戦場においては、何が士気の向上に繋がり、何がモチベーションを上げてくれるのか、分かったものではない。

 しかし、ユウもアミも戦場に慣れているように思われるし(ユウは分かりづらいけれど)、そのあたりの心構えは自分で構築できるものと信じたい。


 ライオンは満身創痍だ。四肢を損傷し、片目を潰され、体力的にも限界が近いに違いない。


 銃口を定めようとした、その時だった。

 ライオンの鬣が、再度回転を開始した。何をする気だ?

 訝しんだのも束の間、俺はぎょっとして身を引いた。鬣がライオンから分離し、周囲を飛び交い始めたのだ。


 慌ててバックステップする。俺の頭があったところで爆散した鬣は、軽くではあるが俺の腕を焼いた。


「ユウ! アミ! 大丈夫か! どわっ!?」


 殺傷力は低いが、最大効果域を狙って爆散する鬣。ダメージは与えられずとも、敵を攪乱するには絶好の武器だ。

 俺は、両腕で顔を覆っているユウの腰を掴んで抱え込む。


「おいユウ、怪我はないか?」

「だっ、大丈夫です!」


 それを聞き、俺はユウを前方に放り投げた。すぐさま振り返る。


「アミ、大丈夫か! どこだ、アミ? アミ!」

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