第13話

 と、思った矢先、ぱしっ、と俺は肩を叩かれた。アミが何かに気づいたのだ。すぐさま立ち止まり、進行停止のハンドサインを出す。すかさずユウが、後方警戒のために自動小銃ごと振り返る。


「アミ、どうした?」

「敵です。おそらく暴走したジャンク、あるいはそれに類する作業機械かと」

「何故分かった?」

「それについては、このフロアの敵性勢力を殲滅してからお伝えした方がよろしいものと考えます」


 ふむ。まさか裏切られはしないだろうから、ここはアミの言葉を信じよう。


「了解だ。俺は中距離で援護射撃を試みる。前衛は誰が――」

「あっ! あたしが行きます!」


 小声で、しかし口を大きく動かしながら、ユウはそう言った。

 しかし俺は、そんなユウの鼻先に自分の掌を翳してみせた。


「え? あ、ちょっと! タカキ先輩~!」

「アミ、前衛を頼めるだろうか?」

「はッ、問題ありません」


 アミはピシッ、と背筋を伸ばし、俺にそう言った。俺も頷き返す。

 ユウは何か言いたげに顔を赤らめていたが、俺はすぐにユウにも命令を下し、しんがりを務めさせることにした。


 しんがり、すなわち後方索敵を担う人物は、前進する際に極めて重要なポジションだ。他の戦闘員(俺とアミ)は貯蔵庫に戻る方向を警戒しながら進むので、まともに来た道を警戒できるのは一人、多くて二人。

 しんがりが警戒を緩めてしまって、部隊が全滅する。そんなことだって不思議ではない。


 そうこうしているうちに、アミがフロア前の扉に辿り着いた。俺もこの螺旋階段状の建造物を見渡すのをやめ、ドアのそばで警戒態勢に入る。自動小銃のセーフティ解除だ。


「よし、突入するまでカウントするぞ。五、四、三――」


 と数えたところで、突然ドアが開放された。

 いや違う。こちら側から、X字を描くように斬り払われたのだ。


「お、おい、アミ!?」


 カウントダウンを無視して、アミはフロアに突入していた。既に二本の刀を抜刀。するりと音もたてずに踏み込んだ。


「アミ! 大丈夫なのか!?」


 反応はない。仕方ないな、俺が援護役なのだから、すぐ後に続かなければ。

 ここの空気はキンキンに冷やされている。必要な機材の熱暴走を回避するためだろうか?


「ああ、なるほど」


 そこは薄暗い部屋で、かなり手狭に思われる。この部屋の主役は人間ではなく、スーパーコンピュータなのだ。列をなして整然と並んでいるが、そのスパコンの発する熱を相殺するための仕組みなのか。


 人間にとっては適温だ。運動性能が落ちるほどではない。

 しかし問題は、このフロアの構造にあった。


 ここでジャンクが活動しているのなら、間違いなくケーブルや電子機材に注意を払って、何かを造ろうとしているはず。

 クリーチャーよりも緩慢であるぶん、ジャンクは一段弱い敵性勢力として認識されがちだ。だがそれは、クリーチャーとジャンクの両方を潰そうという人間の傲慢が生んだ虚言にすぎない。


 それはさておき。

 ジャンクには様々な形状の機体がある。最も多いのが警備用のジャンクだ。

 実際には、装備品によって僅かに手先の形状が異なる。だが多いのは、警備用の中でも戦闘用の機体。拳銃・自動小銃・携行用バズーカ砲の使用を選択できるが、汎用性が高いのがレーザー銃だ。貫通性が高いからだと、人間からは予想されている。

 

 そう、レーザー銃は人間の与えたものではない。ジャンク共は、今や自前の武器を自分たちで製造できるところまで自律性を高めてきている。

 

 油断するなよ、キョウ・タカキ。

 自分に対して静かに、しかし釘を刺すように、俺は胸中で言い聞かせる。


 突如として警戒警報が鳴り始めた。やはり、どこかから俺たちの姿が捕捉されている。その警報に合わせ、部屋全体の空気が一段と冷たくなった。

 スパコンを挟んだ向こう側から、俺たちに向かってレーザー砲が飛来する。こいつらの一糸乱れぬ攻撃を、俺たちはかいくぐらなければならない。


「二人共、伏せろ! スパコンを盾にして構わない!」


 叫びながらアミとユウを放り投げ、俺もまた横転するようにスパコンの陰へ。世界がスローモーションになったかのような感覚。その間に、敵の数と兵装をできる限りカウントした。

 短縮高熱源体発射砲――これがレーザー銃の正式名称だ――が、花火のような極彩色の光で場を満たす。

 

 赤やら青やら黄色やらの色彩に、部屋が煌めく。敵機は三機、光線銃は四丁。両手に一丁ずつ、計二丁の光線銃を持っているやつがいるな。

 おっと、見落とすところだった。もう一機いやがる。敵機は合計四機か。その四機目が、なにやらスパコンの陰で、仲間を盾に作業をしている。新兵器の開発だろうか?


 雷鳴のごとく轟く光線銃の隙間を縫って、俺は通路の反対側に放っておいたユウとアミに呼びかけた。


「アミ、敵は四機だ。一気に斬れるか!?」

「可能です!」

「俺とユウが援護射撃する! 敵の弾速も実弾よりは遅い! 落ち着いていけ!」

「了解!」


 カウントダウン、今度こそ聞いてくれよ……。


「三、二、一、行け!!」


 アミは上半身を折って、凄まじい速度で敵陣に突っ込んだ。

 頭部は二本の刀で巧みにガード。同時に通路の右側を壁走りすることで、左側のスペースを空かす。

 ふむ、俺たちが援護射撃を繰り出せるようにと、アミが配慮してくれたようだ。これではどちらが援護役なのか、よく分からないが。

 それでも、少なくとも一機は集中砲火で沈黙させることができた。残り三機。

 すると、アミは思いがけない行動に出た。なんと、片方の刀を放り投げたのだ。

 前衛に出ていた敵機の首が刎ね飛ばされ、刀はその場に落下する。――かと思いきや、アミは素早く床面に下り立ち、落下途中の刀の柄をしっかりと握り込んだ。


 そうか、戦闘が長引く可能性を考慮して、自分の得物は使い捨てにできないと判断しているのだ。

 しかし、これではアミが無防備な着地姿勢を敵前に晒すことになる。俺たちの援護はこれからだ。


「くたばれ、ガラクタ共!」


 念のためと思って大口径の機関銃を持ってきておいた。そのことが吉と出たらしい。

 俺は腹這いの姿勢を取って、それを床面に固定。フルオートでぶっ放した。左側から中間地点あたりまでに、機銃掃射。

 弾倉が空になるまでぶっ放し、その頃には既に警備用のジャンクは、四肢が欠損してとても銃把を握れる状態ではなかった。


「ユウ、撃ち方止め!」

「了解!」


 アミが敵陣に踏み込んだのが見えたので、俺はそう合図した。

 機能しているか停止しているかに関係なく、アミは驚異的な速度でジャンク共を斬り捌いていく。


 両腕を広げ、足首を捻って自らの身体を回転させる。直後、音もなくジャンク二機の首が飛んだ。


「よし、いいぞ……」


 アミの刀に薄暗い蛍光灯が反射し、ぎらり、と照らし出される。僅かにジャンクのエネルギー回路を流れるオイルが付着していた。

 後は作業中のジャンク一機を斬り捨てるだけ。


「ほえー、アミちゃんって強いんですね!」

「そうだな」


 油断するなと叫びたかったが、今はユウの言葉を肯定することしかできない。

 それが本当の油断であり、傲慢であったことが明らかになったのは、まさに次の瞬間だった。


 ゴゴン、という不気味な重低音が響く。地震か? いや、偶然起こり得る現象だと判断するには危険すぎる。何者かによる攻撃の前段階と踏まえたいい。


「皆、気をつけろ! 右側から何か来るぞ!」


 ユウが自動小銃を構え、アミが刀を交差するように持ち替える。

 俺は閃光手榴弾を防弾ベストから外し、ピンを抜くタイミングを計ろうと試みた。


 対岸の壁が、光輪を描いている。向こう側から、壁面が焼き切られているのだ。

 今俺たちの目の前に飛び出してこようとする敵は、なかなか肝が据わっている。


 唾を飲み込むと同時、ミシリ、といって、向こうの壁面は外れた。しばしの間の落下音に続き、ガゴォン、という響きが俺たちを足元から震わせる。どうやら、落下した壁面が最も深いフロアに叩きつけられたらしい。


 濛々と立ち昇る灰褐色の向こうに見えるのは、クリーチャーか、それともジャンクか――。

 真っ暗な、そして真っ黒な空間に、謎の迷彩柄が浮かび上がる。

 動きからして四足歩行だが、がしゃがしゃという金属同士の擦れ合う音も聞こえる。これは機械だろう。ジャンクに操縦されているのか。


 カチカチカチカチ……。この音は、まさか。


「皆、互いに距離を取れ! クソッ!」


 俺が右に、ユウとアミが左に。さっきと同様に側転しながら頭部を守る。その頭上を、機銃掃射が薙いでいった。分速六〇〇発、といったところか。

 時間稼ぎをしなければ。そう思った俺は、閃光手榴弾を投擲しようと立ち上がった。が、何かに突き飛ばされるようにして姿勢を崩し、眼前で起爆してしまった。


「ぐっ!」


 ヘルメットの上部が防眩フィルターで加工されていて助かった。この距離で起爆したら、手にしていた人間の網膜は一瞬で焼き払われていただろう。


 だが本当に脅威なのは、言うまでもなく反対側の機械の獣だ。その姿を凝視できるようになってから、俺は愕然とした。


「こ、こいつは……!」

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