第7話 重ねる秘密
「そういえば、鈴原は俺に何か話があるんだったけ?」
「……」
「鈴原?」
「……」
「す、すずさん」
「うん、そうだよ。話があるんだよ、一会先生」
鈴原のやつ、良い性格してやがる。
これって、今後も『すずさん』って呼ばないと話進まなくなる展開なのか?
俺が小さくため息を漏らしていると、鈴原は咳ばらいをしてから俺をじっと見る。
「昨日、一会先生は『こんな状態の作品を書き続けても仕方がないだろ。俺の小説なんて他の作品の劣化版だしな』って言ったよね?」
「ああ、言ったな」
「でも、こうして先生の小説の更新を待っているファンもいるんだよ。だから、気が向いたらじゃなくて、また小説を更新して欲しんだけど」
真剣な顔の鈴原を前にして、俺はようやく合点がいった。
なるほど、色々と繋がった。
昨日は単純に鈴原が優しいから、俺のことを励ましてくれているのかと思ったけど、少し違ったらしい。
昨日の鈴原の言葉は、クラスメイトとしてだはなく、フォロワーとして更新を待っているという言葉だったのだ。
昨日の言葉だけではそこに気づくことができないと思って、今日俺のことを呼び出したのだろう。
まさか、俺の小説にここまで熱烈なファンがいてくれたとは驚きだ。
正直、嬉しくないことはない。
いつも励ましてくれて、称賛してくれていたフォロワーさんとオフ会をしているような状況だ。
嬉しくないことはないどころか、かなり嬉しいかもしれない。
それなら、せめてこの質問には真摯に向き合うべきだろう。
さて、何から話すべきだろうか。
「そういえば、鈴――すずさんは俺のどの小説の更新を待ってくれているんだ?」
「もちろん、全部だよ。でも、一番好きなのは『モブ彼』かな」
『いづれ、モブな彼女はクラスカースト最上位に君臨する』。略して、『モブ彼』。
中学で陰キャだったヒロインの静原玲(しずはられい)が、主人公の手によって高校で陽キャに変身するお話だ。
俺の処女作のラブコメ作品。
結構面白いと思ったんでけど、中々数字が振るわなかった作品である。
「『モブ彼』かぁ。確かに、それは俺も好きだった――ん? 全部?」
俺は昔書いた小説の内容を懐かしもうとしたところで、ふとその思考を止める。
さっきの鈴原の言葉に引っかかる所があったからだ。
俺は垂れてきた冷や汗をそのままにして、表情を引きつらせながら頬を掻く。
「……あのさ、すずさんって、俺のR15作品とかも読んでくれていたっけ?」
昔、俺はいくつか小説を書いたことがあった。
底辺でも底辺なりに数字が伸びない理由を分析して、試行錯誤していたときがあった。
そして、そんな分析の結果、ある結論に行きついた。
……エロ要素があれば、数字も伸びるんじゃないか?
そんな安直な考えのもとに書いたちょっぴりえっちな作品は、程々の数字を残した記憶がある。
いや、少し格好をつけてしまったかもしれない。
あれは、かなりえっちな作品だったと思う。
少なくとも、クラスの女子に見られたら変態のレッテルを三重に貼られるくらいにはえっちだった。
俺が少しの期待を込めてチラッと鈴原を見ると、鈴原は俺から目を逸らして頬を赤く染めていた。
鈴原はぱちぱちっと誤魔化すように瞬きをしてから、声を裏返す。
「わ、私、誕生日四月だからさ、R15作品読んでも問題ないんだよ」
「そ、そうか。問題、ないのか」
ばかやろう、問題大ありだ。
あと恥ずかしそうな顔でちらちらこっち見ないでくれ。色々と変な気持ちになりそうになるから。
「感想はね、恥ずかしくて送れてなかったけど……えっと、送ろうか?」
「いや、いい。大丈夫だから」
クラスメイトにエロ小説を読まれるだけじゃなくて、感想までもらってしまったら、それは一種のプレイだろ。
何より恥ずかしすぎるからやめておくれ。
俺が食い気味に鈴原を制したというのに、鈴原は慌てるように言葉を続ける。
「で、でも、ちゃんと評価はつけたからね! え、えっちだったけど、面白かったし、その、よかったから……高評価、しました」
「わ、分かったから、あ、ありがとうな。ただ、この話はもうこの辺で終わろう。な?」
「そ、そうだね。一会先生顔真っ赤だし」
そりゃあ、学校一の美少女に羞恥責めされればそうもなるっての。
あと、鏡見てから言いなさいよ、そういうセリフは!
俺はこれ以上突いても恥ずかしめに遭うだけだと思って、顔を手で覆って小さく丸まる。
死体蹴りが半端ないよ、本当にもうね。
それから少しだけクールダウンの時間を作り、互いの頬の赤さが引いてから話は続く。
「それで、小説の更新の目途とかって立ってたりするのかな?」
そして、鈴原はようやく入った話の本題に入った。
鈴原は俺に小説の話を書いて欲しくて、続きがいつ頃更新されるのか知りたくて家に来たんだったな
うん、それなら隠してもしょうがないだろう。
「立ってないな。多分、『モブ彼』の続きはもう書かないかもしれない。」
「な、なんで⁉」
鈴原はよほど驚いたのか、ローテーブルに手を置いて前のめりになる。
不意に近づいてきた顔に驚いてから、俺は気まずそうに頬を掻く。
これだけ楽しみにしてくれている読者に言うのは酷だけど、理由もなく更新し続けないのも悪いかもしれない。
俺はそう考えてから、諦めるように溜息を漏らす。
「俺も『モブ彼』は好きな作品だ。昨日、鈴原に言われてから軽く読み返した。続きでも書ければいいなと思ってな」
「ほ、本当⁉」
「いや、喜んでくれたところ悪いけど、今書けない説明をしているところだからな」
嬉しそうな声を上げた鈴原を制して、俺は言葉を続ける。
「でも、昔『モブ彼』を書いていたときの熱が戻らないんだよ。熱中して書けないと言うか、キャラがどんな風に脳内で会話してたかも、いまいちピンとこない」
昔、小説を書いていた時はノリノリで小説を書けていた。
あの時に感じていた高揚感や、自分で書いた小説のキャラにドキドキするような感覚。
それが昔書いた小説を読み返しただけでは思い出せなかった。
「なんかこんな状態で書くのも良くない気がするんだよ。まぁ、底辺Web作家が何言ってんだって感じかもしれないけどな」
自画自賛する訳じゃないが、小説の中身自体は未だに面白いとは思う。
そりゃあ、自分が面白いと思って書いたのだから、当然だろう。
それなのに、また筆を執ろうという熱は湧いてこなかった。
多分、今の状態で『モブ彼』を書いても鈴原が望むような話は書けないだろう。
それなら、これ以上書かないというのも一つの手だろう。
面白かったと言ってもらえたのなら、それ以上先の話を書いてつまらなくする必要はない。
俺が一通り言い終えると、鈴原は顔を伏せてしまった。
まぁ、好きだった小説が更新されないって、結構ショックだったりするもんな。
どうすることもできないけど、その気持ちだけは少しわかったりもする。
「……『モブ彼』の世界観とか、キャラのやり取りの感じを思い出してくれれば、また熱が戻るかもしれないよね?」
「ん? 鈴原さん?」
「『モブ彼』にあったエピソードを実際に体験すれば、また続きを書きたくなるかもしれないよね?」
意を決したように顔を上げた鈴原の目は、微かに潤んでいた。
瞳を潤ませながら真剣な顔で見つめられて、俺は少したじろぐ。
「体験? いや、さっきから何言ってるんだ?」
「一会先生。私とデートしてくれない?」
「は? で、でーと?」
俺は突然過ぎる鈴原の言葉に、カタカナが苦手なおばあちゃんみたいな声を出してしまった。
でーとって、あのデートのことか?
気になる男女が仲を深めるために行うと言われている、逢瀬のことか?
……え、いやいや、何がどうしたらそうなるんだ?
フラグ管理どころか、ルート分岐にも立っていないのに、急にデートイベントが発生するなんて。
俺が驚きのあまり何も言えずにいると、鈴原は俺たちの間にあるローテーブルに身を乗り出す。
「『モブ彼』みたいなデートをしてみようよ! 私が一会先生の執筆熱を取り戻してみせるから、そしたら続きを書いて欲しいの!」
乙女な感情を一切感じさせない、商談でもするかのような勢いのお誘い。
な、なるほど。急にデートをしてくれと言われたからなんだと思ったら、そういうことだったのか。
勘違いしそうだった鼓動を落ち着かせようとしても、鼓動はうるさいまま絶賛勘違い中だった。
そして、学校一の美少女にデートを誘われて断ることができるほど、俺はフラグクラッシャーでもなかった。
理由はどうであれ、こんな誘い方をされて断る男子はいないだろう。
こうして、俺たちの秘密の関係はまた少しだけ深まることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます