第42話 全能の賢杖モーゼアロン

 『俺は未来が見える。そしてお前には魔法を駆使して活躍するお前の未来が見えた。だからこの学園に招待したんだぜ』


 バランは普通この世界において普通の冒険者であった。

 その能力も、功績も、平均より少し下。

 話の引き出しも、その価値観も平凡を逸脱しない青年であった。


 しかし、そんな彼も何から何まで平凡であった訳ではない。

 得に彼の幼少期に関して言えば平凡を逸脱している。


 けれどもバランにとって最も特別な部分と言えばそう……女運がとびっきりない事だろう。


 そうでなければ、己の彼女の禁術で武器にされるなんて奇妙な末路は送らない。

 そうでなければ、幼少期に起きた喧嘩がきっかけで一生幼馴染から嫌がらせを受けるなんてこともなかっただろうに。



 「彼氏No69、【不全能ふぜんのう短剣杖たんけんじょうバラン】」

 「アーティファクト起動。【全能の賢杖けんじょうモーゼアロン】」


 ギギラとアルチナの声が交差する。

 同時に火花を散らしたのは各々が持つ杖からだった。


 「お、おいおいギギラ。今回はいきなり過ぎねぇか?」

 「だってあいつの顔見たら抑え効かないし」

 「顔って何の……って、げぇぇぇ!!アルチナ?!なんでここに??」


 ギギラが持つのは見慣れたバラン

 その先端についている小さな刃物でアルチナの得物を抑えている。


 「お前、もしかしてついに死刑囚になったのか?!いや、いつかはやると思ってたけど」

 「久しぶりね、アホずらバラン。その察しの悪さもここまで来ると懐かしさすら感じるわ」


 対して、アルチナが持つのは人の大きさ程の杖。

 その杖に魔力を纏わせ、バランの刃を塞いでいる。


 「何でも、死刑執行人みたいだよ。態々こんな死地に来るなんてあほらしいよね?バラン君」

 「死刑囚の大罪人がそんな口聞いて良いと思ってるのかしら?この私が直々に殺してあげよってのよ。感謝するのが常識。そうよね、バラン?」


 アルチナの杖が纏う魔力が濃くなっていく。

 それに伴い、押し合いの攻防はギギラ側が劣勢に。

 数秒と立たないうちに彼女たちの体が後方に飛ばされていく。


 「それにしても、そんな貧弱な杖なんか使ってよくここまで生きてこられたわね」

 「言っとくけど、こんな押し合いに勝ったぐらいでギギラ達に勝ったなんて思わないでよね」


 ギギラは空中で綺麗に体をひねりながら地面に着地する。

 その最中で複数の魔弾を作り、彼女は着地と同時にそれを一斉掃射した。


 「足掻きの岩魔弾ロック・ストラグル!!」


 無数に打ち出される岩の魔弾。

 いかにバランの攻撃力が低いといえど、この物量を当てられてはただでは済まない。

 あっという間にハチの巣だ。


 「んで追い打ち!!足掻きの風魔弾ウィンド・ストラグル!!」


 そして宣言通り追い打ちをかけるようにギギラが発射した風の魔弾。

 バランが操る魔弾の中でも最高速度を持つそれは岩の魔弾と混ざりあい加速する。


 「混ぜ合わせてこの程度って可哀そうよね」


 本来であれば、無駄口なぞ叩く暇はない。

 すぐに体を動かして逃げなけれいけないこの状況でアルチナはなお嘲笑を続けていた。


 「格の違いを見せてあげるわ。アンタバランと、私の作ったモーゼアロンのね」


 アルチナが笑みを浮かべながら魔力を回す。

 モーゼアロンと呼ばれた彼女の杖の眼前には、大きな風の魔弾が出来上がっていた。


 「制圧する嵐魔弾ストーム・ドミネーション


 次の瞬間、爆風が放たれる。

 モーゼアロンから繰り出された魔弾はたった一撃でギギラの放った弾幕を蹴散らした。


 「んな?!あの弾幕を一撃で??」

 「言ったでしょ??格の違いを見せてあげるってね」


 アルチナがモーゼアロンの先端をギギラに向ける。

 その瞬間、彼女の周囲に複数の魔法陣が展開する。


 「制圧する星魔弾メテオ・ドミネーション


 その魔法陣から繰り出されたのは、隕石のごとき岩の魔弾。

 バランの物とは比べ物にならない威力の弾幕がギギラを襲う。


 「私の作った人工アーティファクト、【全能の賢杖けんじょうモーゼアロン】は全ての属性の魔法を操る事が出来る。それも、かなりの高威力でね」


 ギギラは舌打ちをしながら隕石の群れを何とか躱す。

 身軽な彼女の体術は糸を縫うように致命傷をよける。

 

 しかし、その退路は刻一刻と隕石によって潰されている。

 ギギラが逃げ場を無くすのも時間の問題だ。


 「つまりはねバラン。この杖はアンタの完全上位互換なのよ」


 高らかに笑いながらアルチナはモーゼアロンを掲げる。

 その周囲には複数の属性の魔弾が一つ一つ形成されている。

 魔弾はアルチナを中心にしてグルグルと回っていた。


 「制圧する炎魔弾ズレイズ・ドミネーション

 

 その内の一つ、灼熱を有した魔弾が逃げ場を失ったギギラに向かって飛んだ。


 「あっそ。聞くに値しない話をどうもありがとう」


 ギギラは皮肉を言いながらゲートを開く。

 そして取り出した武器カレシを思いっきりないだ。


 「彼氏No20、【神卸かみおろしの境界線ミノト】」


 ギギラが握るは長い木の棒であった。

 先端にあるいくつもの札がその存在を激しく主張し、少し透けた白色の壁を作り上げ灼熱の魔弾を防いだ。


 「君のアーティファクトがどれだけ凄いか知らないけど、それだけでバラン君の上位互換を語るなんておこがましいよ」


 「ギギラ……そうはいってもあの杖と俺比べたらさぁ」


 「大丈夫だよ、バラン君は携帯しやすい、雑用にも使いやすい、便利で喋ってくれるし自分で動く」


 「おい?!」

 

 「それに、ほかの彼氏と併用すれば抜群のサポートをしてくれる。ここまで色々してくれるバラン君の上位互換を君が作るなんて到底不可能だよ」


 ギギラの言葉を皮切りに、白色の壁が彼女の体にまとわりついた。

 

 「どうせ嫉妬深い君の事だ、バラン君憎しでギギラの戦い全部見てたんでしょ?」

 「その壁は……確か神を下す儀式を行う結界」

 「だったら分かるはずだよね。ミノト君の神様とバラン君の特性が合えば君に勝ち目なんか無いって事にさ!!」


 形勢逆転と言わんばかりにギギラは祝詞を唱える。

 彼女にまとわりついた壁は和服へ変化し、鼻から下を隠す様な白い布が垂れ下がる。


 「畏みかしこみ畏みかしこみ申すもうす


  貴方に声が届いているなら、どうか我を助け給え。


  我は貴方の信徒であるカミノ・ミノトのつがい、ギギラ・クレシア。


  道具たる神よ、


  まことに人を救うおこないの化身たる貴方よ、


  今こそ我が身に御降臨され、我を救い給え


  恐みかしこみ恐みかしこみ白すもうす


 そしてギギラはその身体に神を宿す。

 それはいつぞやの試合で見せた信者の願いを叶える為だけにその力を使う道具たる神【声無し】。



 「────────────────────────────」


 その恐るべき権能により、神を宿したギギラは誰もが観測できない速さの次元で敵を蹂躙する。

 そして、神の恩恵は装備しているバランにもしっかりと与えられている。


 時間にしてギギラの神卸し完了から0.02秒後。

 いつぞやの強敵を葬った、バランの魔法を一秒間に一万回の密度で打ち込む神の一撃がアルチナに繰り出される。


 その動きをアルチナの動体視力では追えない。

 ギギラがさっさとこの試合を終わらすために繰り出したその一撃。


 『危険を感知、オートバリアを発動します』


 それは無機質な声と共に防がれたのだった。

 声の主はもちろんー


 「この杖には魔術で作りこんだ人工知能が詰め込まれてるの。どんなに速い攻撃も、私には届かない。たとえ私がその攻撃を認識できなくてもね」

 

 アルチナの持つ人工アーティファクトであった。


 「言ったでしょ??私のモーゼアロンはバランの完全上位互換だって」

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