第35話 黒い洪水 アイネ・クライネ・アンテノル

「お待たせしてごめんね」

 「君を持ってるつもりはなかったんだけどね」


 クライネを完全に取り込んだアイネがギギラを見つめる。

 彼女の周囲には闇の魔力を凝縮させた黒い液体が徘徊し、彼女を守っている。

  

 身体能力が以前のアイネと同じだったとしても、彼女の首を切り落とす事は不可能だろう。

 それ以上にギギラ達が考えないといけないのは、あの黒い液体にどう対処するかという事だ。


 ギギラはそっと、取り出していた【悪魔の反転槍シャイターン】をゲートの中へしまった。


 「良いバラン君。あの雫は一発普通に触れるだけでアウトだよ」

 「そりゃぁあんな物見せられたらなぁ」

 「それと、バラン君は光以外の魔法を使っちゃダメ」

 「何で」

 「他の属性だったら簡単に飲み込まれるからね」


 悪魔などに代表される闇の魔力を使う武器や魔法は簡単に同調し、アイネの闇に取り込まれてしまう。

 他の属性の武器や魔法も、半端な濃さでは闇に押しつぶされてしまう。


 この場で身を守る方法はただ一つ。

 闇に相反する力、光の魔力を扱うしかない。


 「それでも、この状況を何とかする方法はあるんだろ」

 「もちろん。ギギラに任せてよ」


 ギギラの言葉を聞いて、ホッとしたバランが全身に光の魔力を纏わせる。

 その一瞬の出来事の後の事だった。


 「私的にはあなたよりも、その杖とお話したいな」


 バッと黒い液体が視界を埋め尽くしたのだ。

 それは、有無を言わさず全てを飲み込む黒い洪水だった。


 「バラ……の……続けて!」

 「な、ギギラ?!」


 バランは感覚的に分かってしまう。

 ギギラはその洪水に飲まれた際、自分と大きく離れてしまったのだと。


 そしてそれ以上に、自分の体が飲み込まれてしまいそうだと。

 自分の命が刈り取られる痛みに耐えながら、バランは光の魔力を全力で出した。


 「あぁぁぁぁ……うらぁぁぁぁぁぁ!!!」


 彼自身、自分の魔法の出力は把握している。

 バランはアイネ程の濃い魔力は出せない。

 誰かを殺せるほどの攻撃力を持っていない。


 今、彼が行っているのは足掻きでしかない。


 「あなた面白いよね。しゃべる杖とか、一緒に居ると楽しそう」


 薄い光の魔力は心もとないバリケードだった。

 少しでも力を抜いてしまえば、黒い液体に突き破られてしまう。


 もう体力なんてとうにないのに永遠に荒野を走らされているような、先の見えない苦しい戦いをバランは強いられていた。


 「クライネが戦っていた時に見てたんだ。よく喋るあなたを。そして、初対面で私を見て怯えるあなたを」


 「くそがぁぁぁぁ!!負けるかよぉぉ!!」


 「ギギラ・クレシアはこの私を見ても怖がらない。もしかしたら対等な関係……いわゆるお友達になれるかもしれない」


 「ハァ……ハァ」


 「でもね、そんなものは要らないの。私は私に怯えてくれる人間をこうやって見るのが好きだから」


 アイネがゆっくりとバランに近づいていく。

 そのたびに、バランの負担は増えていった。


 あと5秒?

 それとも2秒?


 バランが張った光のバリケードがいつまで持つか分からない。


 「顔は見えないけど分かるよ。君の悲鳴も、心の叫びも焦りも」


 「……お前……」


 「何?遺言だったら伝えてあげるよ」


 「俺はなぁ、死にたくねぇんだよ!!このコロシアムでの戦いも、ほとんどそういう気持ちで乗り越えてきた」


 バランは血反吐を吐くような思いで魔力をかき集める。

 だが、それでもこの黒い液体にあらがうには足りない。


 だったらと、バランは差し出せる物を全て魔力にそそぐ。


 彼はギギラの武器カレシの中で唯一自由に動き、自由に喋る存在だ。

 どんなリソースを使ってそれを可能にしているのか、彼自身も理解はしていない。

 けれど、自由に喋れるこの特性を、自由に飛び回るための謎の力を全て光の魔力へ変換出来るのならば……きっと自分はもっと足掻く事が出来るはずだ。


 そう自身を拳ながらバランは全身に力を込めた。


 「──────────────!!!!!!」


 バランが声にならない声を上げる。

 その瞬間、彼の纏う光の魔力がブワリと跳ね上がった。


 「これ───の───だ!!」


 バランの先端に魔弾が作られる。

 その魔弾の威力は今までの物とは比べ物にならない。


 「足掻きの聖魔弾 ホーリー・ストラグル!!」


 その魔弾は黒き洪水をはじき返した。

 バランは今までに体験した事もない魔力量と熱を感じながらアイネに啖呵を切る。


 「どうだ……これが俺の……バラン・アルミハイトの!!」

 

 

 『ちゃんと褒めてるよ。バラン君のそう言う所が好きだから、私の彼氏コレクションに加えてあげてるんだよ』

 『大丈夫。バラン君はもうちょっと自分に自信持つべきだよ』

 『実際、バラン君には無限の可能性があると思うよ。全属性の魔法が使えるってのは何度も言うけど破格だからね』


 「いや……ギギラ・クレシアの69番目の彼氏、【不全能ふぜんのう短剣杖たんけんじょうバラン】の底力だ!!」


 バランの周囲に光が蔓延する。

 黒い水で覆われた闇の世界は、バランの光によって照らされ始めていた。


 「あぁ……君って凄いね」

 「ははっ。そうだろ?さすがの俺もー」

 「クライネ以上に心を惹かれるなんて、良い玩具になりそう」

 「……負け惜しみか?」


 アイネは妖艶な笑みを浮かべながら「そうだと良かったね」と囁き、微笑んだ。


 「今ね、私君に40%の力しか使ってないんだ」

 「おいおい……マジで言ってるのか」

 「試してみる?」


 アイネがそう言うと、ゴゥと音を立てて黒い液体がバランに襲い掛かる。

 すると、バランの光がぐんぐんと押し返されていく。


 バランにかかる負担が、重みが、どんどん増してゆく。

 ともすれば、先ほどよりもはるかにその負担は大きい。


 「カハッ……嘘……だろ?」

 「良いね、その表情。もっと見せてほしいな」


 アイネが攻めりくる濁流と共に近づく。

 その両手は優しくバランを包もうとしていた。


 「君はもっと足掻く?それとも諦める?絶望する?愛する彼女の名前を叫ぶ?」

 「クソ……まだ、まだ行けるだろ!!」

 「何でも良いよ。君は面白いし、君の絶望には惹かれるから……私の鳥かごの中で飼ってあげるね」


 ドロっとした液体がついにバランの魔力を突き破る。

 アイネの両手はその液体を纏い、バランの持ち手を今にも握ろうとしていた。


 「おいクソ女。ギギラの彼氏に手ぇ出さないでもらえる?」

 

 その手を払ったのは、光の魔力に包まれた長方形の盾だった。

 その盾を振るうギギラ・クレシアは鬼のような形相でアイネの体を吹き飛ばす。


 「ギギラ!!」

 「遅くなってごめんねバラン君。あの女の魔力が濃くて探すのに手間取っちゃった」

 「お前、本当に冷や冷やしたんだからな!!」

 

 ギギラは光の魔力で黒い液体を相殺し、バランを優しく握る。


 「バラン君があの魔力を出してくれたから場所が分かったよ。頑張ったね」

 「はは……あの足掻きは無駄じゃなかったって訳だ」


 ギギラはバランをねぎらった後、左手で握っている盾を構えてアイネを見据えた。

 アイネは未だにケロリとした顔をして、周囲に黒い液体を生み出していた。


 「さっきのはちょっとビックリしたかも。あなたってそんな顔も出来るんだ」

 「ギギラはね、自分の彼氏にちょっかい掛ける女が一番嫌いなんだよ」

 「自分は複数人の彼氏を作ってる癖にしてそんな事言うんだ」


 アイネがせせら笑う。

 それに合わせて、黒い液体は複数本の槍に姿を変えた。


 「光の魔力を持つ武器はその盾だけなの?それで今の私に勝てそう?」

 「勝てるよ。だって彼は、ある意味君と同じ様な存在だからね」

 「ふ~ん?」


 ギギラは盾に対して魔力を回す。

 するとバコン、ガコンと音を鳴らして魔力を纏った盾が四分割される。


 「世間知らずっぽい君に教えてあげるよ。世界の広さってやつを」


 分裂した盾は轟音を鳴らしながら空を舞う。

 そして、右に二つ、左に二つ、ギギラの背中にガキンと張り付いた。


 「さぁセトラ。ヒーローの登場と行こうよ!!」

 

 背中に張り付いた盾は光の魔力を全快で放射する。

 それはまるで、ギギラに4本の羽が生えたように見える神秘的な光景だった。


 「盾は仮の姿、彼の本質は皆を照らす希望の光」


 ギギラはその羽で天空を舞う。

 その姿はまるで、現世に降臨した天使の様だった。


 「彼氏No39、【希望の双翼そうよくエトセトラ】!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る