第27話 泥を被って生きていく
死刑囚、ゴルド・シルバ。
その本名は『ゴルド』。
彼の正体はギギラが解き明かしたようにウルフリーパーと呼ばれる獣だ。
本来、ウルフリーパーの毛並みは黒に近い茶色であるが……ゴルドは珍しく金色の毛並みを持つ個体だった。
その強さは群れの中でトップクラス。
本来集団で狩りをするウルフリーパーにも拘らず、孤高に一匹で狩りをしていた異質な存在だった。
そんな彼には、気になるメスのウルフリーパーが居た。
そのメスの名前は『シルバ』と言う。
彼女もウルフリーパーの中では珍しい、美しい銀色の毛を持つものだった。
『また泥なんか被ってるのか……汚れるぞシルバ』
『あなたには関係ないわよ』
シルバは毎朝、森の中にある泥を被ってから群れの狩りに加わるというルーティーンがあった。
シルバの毛並みを気に入っていたゴルドは、彼女が毎日自分の体を泥で汚しているのが理解できなかったのだ。
『綺麗な顔が台無しじゃないか。そこに池がある』
『落として来いっていうの?冗談言わないで』
『お前が汚い姿で狩りに行くのは嫌なんだ』
『……私はね。あなた程強くないの。群れでの狩りに参加しないと生きていけない。でも、銀色の毛はみんな嫌がって仲間に入れてくれないわ』
群れでの狩りを行うウルフリーパーにとって、自分が仲間と同じ存在であることは何よりも大切なことだ。
毛の色が違うもの、体格が異様に大きい、または小さい物……そう言った存在は群れを追い出され排除される。
そういう本能が遺伝子に刻まれてしまっている以上、逃げられない定めだ。
ゴルドは強いからそんな環境でも生きていけた。
しかし、強くないシルバは自分の毛並みを汚してでも仲間に認められる必要があったのだ。
だから今日も無理をして群れの元に向かおうとしている。
『お前は本当にそれでいいのか?』
『当たり前よ。そうしないと生きていけないのなら、頑張るしかないの』
『毎朝あんなに嫌そうな顔をしているのにか?』
『……えぇ、それでもよ』
◇
『ハァ……ハァ……シルバ』
『ちょっとゴルド。あなたその肉どうしたの?』
次の日、ゴルドは大量の肉をもってシルバの前に現れた。
ゴルドの息は絶え絶えで、体の至る所に小さな傷がついている。
『これだけあれば、俺とお前の二人で食べても4日は持つだろう』
『あなた何言って』
『……シルバ、俺はお前の本来の姿が好きだ。お前が嫌がりながら泥を塗って群れに行く所なんて見たくない。だからこれからは俺がお前の事を守る』
ゴルドはそういってシルバの元へ肉を差し出した。
シルバにとって、この時のゴルドは自分の境遇を理解してくれた初めての人で……嫌な事を毎日しなくても生きていける希望の光だった。
そこから二人は静かで穏やかな毎日を過ごす事になる。
子宝にも恵まれ、それはそれは綺麗な毛並みを持つ子供を3匹迎えていた。
そんな彼の幸せが崩れたのは突然だった。
『なんだ……これ』
ウルフリーパー達の暮らす森が突如として大きな炎に包まれたのだ。
パチパチと燃える木の音。
至る所から臭う、同胞たちの死。
この時、ゴルドは不幸にも狩りに出ており、シルバ達家族とは離れた場所に居たのだ。
『くそっ。無事でいてくれ……シルバ!!!』
嫌な予感を抱えながら、ゴルドは森を走る。
恵まれた体格から繰り出されるスピードをもって、最速で視界に入ったもの。
それはー
『ハハハ!!!こんな綺麗な毛を持つウルフリーパーは初めて見たぜ』
『毛並みは綺麗に禿げよ。密猟がバレたら不味いが……焦って傷を付けたら商品価値がなくなる』
『なぁなぁ!!どうせなら骨も削って何か作ろうぜ。珍しい毛並みにはご利益があるとか適当言えば高く売れるぜ』
人間たちによって、その身体を無残にも解体されるシルバと子供たちの姿だった。
『あ……あ……』
今日の朝まで生きていた大切な人が、尊厳を破壊され、生き物ではない何かに改造されている。
殺して食って、糧にするなら理解できる。
ウルフリーパー達もそうして生きながらえてきたのだから。
しかし、殺すだけ殺して食べることもせず何かの材料にする行為だけは飲み込むことが出来なかった。
人間の中にあるモノづくりという本能、自然界を逸脱しているその行動にゴルドが意味を見出すことは出来なかった。
『うぁぁぁぁぁぁ!!!!』
『お、兄貴。もう一体いましたぜ』
『馬鹿な獣だ。そこに罠が張ってあるのにも気づかずに』
『ぐっ』
ゴルドは人間たちが仕掛けた罠にはまり、身動きが取れなくなる。
抵抗できない体のまま、愛した人の毛並みを念入りに剝がされる光景を何度も何度も見せられる。
人間は喜々として言うのだ。
美しい毛だからこそ、丁寧に剥げと。
このウルフリーパー達は大きな金になると。
(俺のせいなのか……俺が、あの時シルバの毛並みを褒めたからこんな事になったのか?)
後悔と自責がゴルドの心を刺す。
絶望と憎しみが膨れ上がる中、ついに自分が殺される手番が回ってきた。
『こいつの毛も綺麗でやんすね~』
『さっさと殺してとんづらするぞ』
『うんうん。ここまで私のシナリオ通りだ。ご苦労だったね、密猟団諸君』
リーダー各の人間が斧を振りかぶったその瞬間、どこからか知らない女性の声がした。
その声の方向に立っていたのは、深いフードを被った『目無し』の女だった。
『そんな君達にはとっておきの禁術をあげよう。【自滅の禁術】ってのなんだけどね』
『目無し』の女が笑う。
すると人間達の体がチリとなって崩壊し始めたのだ。
悲鳴を上げる暇もなく、一瞬にしてその命が亡くなった。
『あ~そうそう。ゴルド君だっけ?私は獣の声を理解することが出来るんだ。なんでも好きな事を言ってくれて構わないよ』
『目無し』の女はチリとなった人間達や、皮をはがれたシルバを踏みつけながらゴルドへ歩み寄る。
『お前……さっき私のシナリオ通りって言ってたな』
『そうだね。確かにそう言った』
『お前もさっきの人間達とグルなのか』
『いいや。私は利用しただけさ。今日彼らがこの森を襲うって知ってたからね』
『こいつらが俺たちを……いや、シルバを殺すって知ってて見過ごして、あまつさえ利用したと?』
『そうだよ』
ゴルドが体力が付きそうな体を奮い立たせて吠える。
さっきの密猟者と言い、『目無し』の女と言い、どうしてここまで邪悪に命を奪えるのかと心の中で叫びながら。
『覚えておきなよ。人間にとって一番重要なのか、そこに価値があるかどうかさ』
『は?』
『価値があるならなんだってする。世界だって救えるし動物だって守れるさ。何だって殺せるし悪魔の所業なんてなんのその』
『目無し』の女は優雅に回りながらゴルドの罠を解いていく。
解放されたゴルドは残った体力で何とか地面を這いずりながら『目無し』の女を睨んでいた。
『私にとって価値のあるものは世界に混沌をもたらす存在……そして私を楽しませてくれる存在さ』
人材不足を嘆きながら禁術に手を出す聖女。
愛に狂ったクソビッチ。
何かになるために狂人の真似事をする偽物。
敵対していながら取引を持ち掛けてくる監獄長。
『目無し』の女にとってはなんだっていいのだ、自分を楽しませてくれると確信した存在ならば。
今回はそれが復讐に燃える一匹の獣であったというだけの事。
『人間を憎んでいるかい?私を憎んでいるかい?それならその気持ちを爆発させるといい。君の復讐をなすと良い。その為の力を君に授けよう』
『お前は何がしたんだ』
『私は力を得た君を観察したいのさ。君が人間を絶滅させたとしても、私を殺したとしても、逆に人間にあっさり殺されたとしても……結末がなんであれ君の物語は存在するだけで価値があるんだよ。私にとってはね』
『目無し』の女はそういってゴルドの額に手を添える。
彼女がゴルドの与えたのは【幻惑の禁術】。
それと、人間界へ溶け込むための最低限の知識だった。
◇
「ウルフリーパー??」
「全然しっくり来てなさそうな声だねバラン君」
「だって俺が住んでた場所近くに山なかったしなぁ」
ゴルドは目の前に立つギギラを見て思う。
気づけばこんな所まで来てしまったと。
憎くて憎くて仕方ない人間に化け、人間社会に溶け込んだ。
ひっそりと、しかしながら着実に殺人を続けて幾年。
そうしなければ復讐を為せなかった。
そうして迷い込んだのがこの場所だ。
ゴルドが一番嫌いなタイプの人間達を殺し合いをする場所だ。
ふと、頭の中によぎるのは泥を纏って群れの狩りに合流していたシルバの姿だ。
「ごめんな……お前の仇は俺がとる。人間ども残らず殺してな!!」
ゴルドが地面を蹴る。
先ほどの戦闘で、生半可な幻覚ではギギラに通用しない事は理解できている。
だからこそ、ゴルドは攻め方を変える。
彼が人間に復讐していく中で編み出した、人間をとらえるための必殺の一撃を出す為に。
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