第20話

 多くの科学者がそうであるように、メアリもゴーストに興味がある。

 この世にはまだ解明されていないことがたくさんあって、彼女にとってはゴーストもそのうちの一つに過ぎないのだ。


 頭ごなしにその存在を否定するのではなく、いつか機会があれば解明してみたいと、メアリは思っていた。


(ゴーストで思い出しましたが……。アールグレーン様は前より随分血色が良くなった気がするわ)


 ずっと前、メアリはセドリックのことをゴーストと見間違えたことがあった。

 曇天の下、せっせと薔薇ばら剪定せんていをしていたセドリックの顔は白く、疲れた表情は生気がないゴーストのイメージそのものだったのだ。


(以前とはすっかり関係性が変わりましたわね)


 友人? 同志?

 お互いの間に結ばれた縁の、明確な名前が見つからなくて、メアリは惑う。


(こんな本を読むなんて、私はどうかしてしまったのだわ)


 嘆かわしい。

 ますますデンバーに似てきたようで、気が滅入めいる。


 怖いものみたさだろうか。メアリの視線がデンバーへ向かう。

 彼はなにやら妄想にふけっているらしく、唇をモゾモゾさせているところだった。


(……あれに似ているとかゾッとするわ)


 女性受けする甘いマスクでそれをされると、まるで結婚詐欺師のように軽薄そうだ。


蓄音機グラモフォンの時と同じではありませんか)


 おおかた、テーブル・ターニングを餌にどこぞの令嬢を口説くつもりなのだろう。

 通常は四人くらいで行うものだが、都合よく二人きりに違いない。


『あなたはデンバー・マクミランに恋をしていますか?』


『いいえ、していませんわ』


『おや? でもテーブルはイエスと言っていますよ』


『え、そんな……』


『ほら、もう僕に知られてしまったのですから、素直になりましょう。ね?』


 恥じらいながらもまんざらではない様子の令嬢の手を、デンバーが恭しく取る。まるで捨てられた子犬のように情けない顔をした彼に、令嬢はつい絆されて──という茶番が、メアリの脳内で繰り広げられる。


(本の読みすぎかしら)


 眉間にくっきりと刻まれた皺をほぐすように、メアリは目頭を揉んだ。


(今度はどこのご令嬢が餌食になるのやら)


 デンバーの女好きは病的だ。

 付き合うことよりも付き合うまでの行程が楽しいらしく、常に誰かを狙っている。


(女好きというより、狩猟好きと言うべきかしら。どうせやるならかもでも撃ち落とせば良いものを)


 交際しても数週間と保たず、気付けば別の女性を追いかけている。

 メアリはいつ刺されてもおかしくないと思っていたが、彼いわく修羅場にならない工夫をしているから大丈夫らしい。


 デンバーは今でこそだらしない男になっているが、幼い頃はか弱くて引っ込み思案で女の子のようだった。

 いつもメアリの手を握って、不安そうに身を寄せてきて……。怖い夢をみたと言っては、メアリのベッドへ潜り込んできたものである。


 あの頃が懐かしい。

 今との差を思い知らされて、メアリはため息を吐いた。


 不意に肘がポケットに当たり、カシャンと小さな音が鳴る。

 なんとはなしに懐中時計を取り出してみると、時刻は間もなく午前のお茶の時間になろうとしていた。


「あらあら」


 これは、一刻も早くデンバーを外へ追い出さなければならないだろう。

 万が一見つかろうものなら、何を言われるかわかったものではない。

 ドヤ顔で「この僕が恋のなんたるかを指南してやろう!」と出張ってくるに違いないのだ。


 そんな状況は、絶対に避けたい。

 目先のことを優先した結果、メアリはセドリックとデンバーを鉢合わせたくない一心で、こう言った。


「まさか、あなたがテーブル・ターニングをしたいと言い出すなんて、驚きだわ。怖い夢をみた時、一人で眠れないと言って私のベッドに入ってきた、泣き虫デンバーなのに?」


 クスクスと思い出し笑いをするメアリに、デンバーは香水について言われた時よりももっと赤くなった顔で怒鳴った。

 メアリを指差しながら、彼は勢いよく立ち上がる。


「い、いいいいいつの話をしている!」


「十年前でしたっけ」


 ケロリと応えられて、デンバーはますます顔を赤くする。

 膨らんでパァンと弾け飛んでしまいそう、なんてメアリが思っていると、地団駄じだんだを踏んだデンバーの足が椅子を引き倒した。


「知るか! それになぁ、僕は別にやりたいと思っているわけじゃないぞ。王都で流行はやるならロディムでだってじきに流行るはずだから、先んじて商売をするべきだと思っただけで……」


「あらあら、それは失礼しました。でも、このお店は侯爵夫人からお借りしているものだから、勝手にはできないわ」


 冷静に返すメアリに、そこでデンバーはようやく自分一人が熱くなっていることに気がついて、恥ずかしさを覚えたらしい。

 決まり悪そうに椅子へ座り直しながら、しかしそれでも諦めきれないのか言い募る。


「テーブル・ターニングくらいなら、閉店後にこっそりできるさ」


「あなたも知っているでしょう? この店に、不特定多数の人を招き入れるわけにはいかないの」


「ふん、つまらないやつ!」


 腕を組んでそっぽを向く姿は、まるで子どもだ。

 デンバーはメアリに対して幼馴染おさななじみゆえの甘えでもあるのか、彼女の前では言動が幼くなることがある。


「なんとでも。とにかく、交霊会をやりたいならこの店以外にしてちょうだい。あなたなら、いくらでもツテはあるでしょう?」


「……」


 デンバーは、まだ納得がいっていないと言わんばかりの不貞腐れた顔をしている。

 メアリが何も言わずにただじっと見つめていると、耐えかねたのか、鼻息も荒く店を出ていった。


「ふぅ。これで一安心ですわ」


 ホッと息を吐いたメアリの耳に、セドリックのあいさつが聞こえてくる。

 デートの誘い方のまとめポイントにサッと目を通したあと、メアリは「今日こそは!」と気合いを入れてセドリックを迎え入れたのだった。

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