第18話

「いつか私も乗りたいわ!」


 目を輝かせて空を見上げているメアリを、シェンファはチラリと盗み見た。

 親友贔屓びいきも多少はあるが、メアリならばセドリックの隣に立っていてもおかしくはない気がする。


 家柄良し、見た目はまぁまぁ、機械に関してはずば抜けた才能を持っている。

 毎日通うくらいなのだ。シェンファは、セドリックが彼女の難点についても多少の理解があると予想していた。


「いつでも乗せてあげるヨ? トモダチ料金で良いって言っているのに、それじゃあダメだって言っているのはメアリじゃないカ」


「そうよ。簡単に乗れたらありがたみがなくなっちゃうもの」


「メアリは真面目すぎる。ちょっとくらい、幼馴染おさななじみ殿を見習ったらどうダ?」


「デンバーを? 嫌よ。あの子、いつか痛い目を見るに違いないもの」


 メアリの幼馴染みであるデンバーは、まだ社交界へ出始めたばかりだというのに、早くも浮き名を流している。

 とはいえ、シェンファの調べによれば、モテているというよりは愛玩されているというのが正しい。


 勘違いしてメアリにドヤ顔で貴族の恋愛とはなんたるかを語る彼を見た時は、腹がよじれそうなくらい笑った。

 もっともあちらは「一般市民風情に貴族の恋愛など理解できないだろうな!」と顔を真っ赤にして怒っていたが。


 最終的には「メアリの数少ない友人だから許してやる」と言っていたので、根は素直な人なのだろう。

 なにやらこじらせている気配がプンプンするけれど。


「根は悪くなさそうだけどネ」


 だからこそ、令嬢は一途いちずに思い続けているのだろう……。

 シェンファは、メアリに聞こえないような小さな声で、つぶやいた。


 令嬢──ブラウン伯爵家の一人娘が、思い出あずかり屋の発端となった蓄音機グラモフォンの一件からデンバーに恋をしていることは、まだうわさになっていない。

 おそらく彼女の伯母おばである侯爵夫人がなんらかの対策を採っているせいなのだろうが、フー商会の情報網はしっかりと嗅ぎ付けている。


 おそらく、うわさになるのも時間の問題だろう。

 それまでに、侯爵夫人がどのようにしてデンバーの浮き名を払拭ふっしょくするのか、見ものである。


 シェンファはこう見えて、ゴシップ好きだった。


「そうね。昔は良い子だったのよ。おかしくなったのは、社交界デビューしてから。それまでは天使のように愛らしかったのに……時が過ぎるのは残酷よね」


 遠い空を見上げて、憂い混じりのため息を吐くメアリ。

 見るからに弟を心配する姉といった風情で、そこに恋の気配は一切なかった。


「まぁ、それはサテオキ。メアリはもうちょっと羽目を外しても良いと、ワタシは思うヨ」


「羽目を外すって……例えばどんな風に?」


 首をかしげて不思議そうにしているメアリに、シェンファはニマァと笑う。

 彼女がこういう笑い方をする時はろくなことを言わないことを、メアリは短くない付き合いの中で知っていた。


「そりゃあ、デートに決まっているじゃないカ」


「え、デンバーと……?」


 素っ頓狂な声で答えるメアリに、シェンファは呆れ顔だ。


「それ、本気で言ってル?」


「違うの?」


「メアリにとってデンバーは、弟みたいなものなのだろう? じゃあデートにはならないヨ。ワタシが言っているのはサ……」


 起き上がったシェンファは、メアリのそばまで移動すると、彼女の耳元へそっとささやいた。

 途端にメアリの目が、戸惑いの色に染まる。


「アールグレーン様とはそんな関係ではないわ」


 勢いよく身を起こし、らしくもなくブンブンと頭を振るメアリに、シェンファはケタケタと笑った。

 揶揄からかわれていたのだと思って、メアリの顔が不機嫌に歪む。


「シェンファ」


 とがめるように名前を呼ぶメアリに、シェンファは「そんなつもりはなかったのだけれどネ」と肩をすくめた。


「わかっているヨ。でも現状、メアリの誘いを受けてくれるような男なんて、“幽霊ワンフン”くらいしかいないわけダロ?」


 確かに、その通りだ。

 みんなから遠巻きにされているメアリが誘える相手など、現状ではセドリックくらいものである。デンバーは……彼の気分次第だろう。


 ぐうの音も出ず、メアリは悔しそうだ。

 両手を握ってうなりながら頬を膨らませている姿は、あどけない少女のようでかわいらしい。

 時たま見せるこういう姿を男性の前でも披露できればきっとモテるだろうに、とシェンファは思った。

 だが、できない不器用さもメアリの愛すべき部分だと思っている。


「そう、だけど……」


「それにサ、いつも来てもらってばかりで悪いとは思わないカ? たまにはメアリから会いに行くべきだとは思わナイ?」


 改めて言われると痛い。

 メアリも思わなくもないのだ。いつも来てもらってばかりだな、と。


「忙しいのにわざわざ来てもらっていて、申し訳ないとは思っているのよ? でも……」


「“幽霊”のファンが厄介?」


 そうなのである。

 メアリがセドリックに手を出そうとしているなんて思われたら、どうなることか。

 メアリ自身はもとより、借り物である思い出あずかり屋もめちゃくちゃにされそうで、怖い。


「ええ。なにかしてきそうでしょう?」


「容赦なく、愛用の日傘で撃退すれば良いと思うケド。まぁ、そうだねぇ……。カフェの営業時間が終わってからなら大丈夫なんじゃないカ?」


「そんなに遅い時間に会うの?」


 驚くメアリに、シェンファの口はあんぐりだ。


 カフェの営業時間どころか、日付が変わっても店の作業部屋にいることがあるメアリである。

 何を今更と思うが、貴族には貴族の決まりがあるのだろう。


 だがしかし。メアリは婦人である。

 規則を破ったところで、「ああ、あのメアリね」で済みそうな気しかしない。


「貴族令嬢だから無理? でも、たまには良いんじゃナイ? メアリはもうすぐオールドミスだし。羽目を外すなら若いうちが良いって、お爺様が言っていたヨ」


「う……うーん? オールドミスは若いとは言えないような……。でも……そう、なのかしら?」


「そうだヨ。それにさ、言っておいてなんだけど、デートって思うからハードルが高くなるんじゃナイ? 会う場所が、思い出あずかり屋から教会になっただけ。そう思ったら、いけそうじゃないカ?」


「場所を、変えるだけ……」


「ウン。たまにはちょっとした変化も必要だと思うわけだよ、ワタシは」


 マンネリは良くない。

 シェンファがそう言うと、メアリは「顔を合わせるようになって、まだ一週間くらいよ?」と反論した。


 だが、最終的には押し切られる形で、


「……それもそうね」


 と、受け入れたのだった。


 シェンファはニンマリだ。

 新たな火種がここに爆誕しようとしている。


 ゴシップ万歳。

 万が一にでもメアリがセドリックとくっついたら、新聞はセンセーショナルに書き立てるに違いない。

 もちろん親友としてメアリのことを全力でバックアップするつもりだが、その時はぜひとも彼女と恋の話に花を咲かせたいものである。



 ──かくしてメアリは、シェンファに唆されるまま、セドリックを夜のデートへ誘うことにしたのだった。

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