▼31・歪んだティータイム


▼31・歪んだティータイム


◆◆◆幕間の二


 勇者アダムスは、たまには寄せては返す大衆に紛れて庶民の食事をしたいと思い、お忍びで街に繰り出した。

 目指すは屋台の多い西広場通り。

 いつもの求心力みなぎる彼らしくもなく、軽い足取りで屋台飯を楽しみにしていた。

 しかし。

 その道中、戦勝像の広場を通ったときのこと。

「いい加減立ち退いてもらうぞ、ハーグ!」

「オーギュスト商会はもうここにはいらねえんだよ!」

 ちょっとした騒ぎがあった。

「し、しかし、商会連盟は、臨時に商売を認めて……」

「そんなものは建前に決まっているだろう! ここを支配しているのはもうオーギュストの連中じゃない、自由を愛する俺たち商会連盟だ!」

 剣呑な雰囲気。

 アダムスは、これも君主の務めと割って入る。

「おうおう、お主ら、どうした」

「あ? どうしたもこうしたもねえ、オーギュスト商会の残党がまだ粘っていたもんでな!」

「部外者は引っ込んでな!」

 話し合う気はないらしい。

 そこで彼は身分を明かした。

「私は勇者アダムスだ。決して部外者ではないと思うが」

「なっ……!」

 一瞬うろたえる商会連盟の者たちだったが。

「いい加減なことを、勇者様がここにいらっしゃるわけないだろう!」

「そうだそうだ、勇者様を偽称するのは犯罪だぞ!」

 仕方がないので、彼は手巾と首飾りを見せた。

「この紋章を見よ。王家のものだ。それともこれ以上の証拠が必要か」

 それを見た連盟商人の顔が、ついに青ざめる。

「これは……間違いなく勇者様!」

「ひい、失礼いたしました!」

 絡んでいた商人たちは散り散りに逃げ去った。

「あの、アダムス様、大変ありがとうございました」

「お? そういえばお主は、オーギュスト商会とかいったな。……私が幼い頃は、王都一の大きな商会だと聞いていたが。なぜ、商会連盟とかいう連中にああもやられていたのだ?」

「それは……長話になります。商会本部までご案内しましょうか」

「ぜひ」

 勇者は事情を把握すべく、彼についていった。


 本部には会長フルーレ・オーギュストがおり、すぐに特別客間へ案内された。

「勇者アダムス様、お目通りくださり感激です。こたびは商会の者を助けていただき……」

「あいさつはそこまでだ。いったいどうしたのだ。昔は王都で最大の商会だったはずなのに、なぜ商会連盟とかいうのにいびられているのか」

「はっ……少々説明が長くなりますが、よろしゅうございますか」

「構わない、仔細を話せ」


 要約すると以下のようになる。

 確かに、かつてはオーギュスト商会が市場を事実上独占、支配し、特権的なギルドだった。

 もっとも、ここでいう特権はあくまでも事実上のものであり、特に国、公のものから特別な権利を認められていたわけではない。

 また、その運営はきわめて優良だった。昔から暴利はなかったし、取引資格の認定も難しくはなかった。ほかにも優良ぶりを示すものはあるが、ともかく万事上々だった。

 さらに、少なくとも当時は市場管理の必要性があった。規格の統一の便宜や、適切な、害意のない生産調整や流通調整を通じ、商品の安定供給をするなど、オーギュスト商会は的確な市場管理をしていた。

 しかし、火種はそれでも起きる。

 敵対する商人たちが市場の自由化を大義名分に、ときには計略をも交え、オーギュスト商会を圧迫し、ついには壊滅寸前に追いやった。

「自由な市場とは言いつつも、その実態は秩序の破壊だったわけだな?」

 アダムスは問う。

「少なくとも、市場の自由化によって我らが窮地に立ったのは間違いありません。秩序……確かに我々の市場管理は秩序と呼びうるものだったと思います。割を食った者も中にはいるかもしれませんが、それでも独占時代の我らは適切な市場運営をしたと断言できます」

「むう……」

 しばしの沈黙。

「分かった。いまは動乱が一際盛り上がっていて、すぐには難しいが、オーギュスト商会の復権を検討事項に入れておこう。嘘をついているとも思えんが詳しい調査も必要だ。もっとも、お主らの管理は、話を聞く限りでは、古き善良な秩序を構成していたように思える」

「おお、ありがたき幸せ。まさに運命の巡り会わせ、まことに感謝に堪えません」

 フルーレ・オーギュストは頭をぺこぺこ下げる。

「まあまあ。まずは国際情勢が落ち着くまで耐えてほしい。我らもそうすぐには動けんのだ」

「もちろんですとも。幸い、いますぐ倒産することはありませぬ。まだ踏みとどまっております」

「ご苦労であった。まずは私に任せよ。……そろそろ私も戻らねば」

「馬車でお送りいたします」

「いや、いい。たまには歩いてみたい」

 アダムスは軽く手を振り、「では失礼する」と言って客間を出た。


 フルーレ・オーギュストとの面会からおよそ十日。

 古き秩序の勇者は、資料を見て嘆息。

 なぜ、革新に燃える愚か者どもは、こういう人間を取りこぼすのか。新しき暴風に吹き飛ばされようとしている者を、おそらくそうとわかっていて、それでも見捨てたがるのか。

 六月二十日の政変について国史研究室に調べさせたところ、例の翁の身元が分かった。嘘偽りなく、彼の兄はその政変で革新派に討たれている。翁も身元を偽っていたなどということはなく、いくつかの重要な点を照合するに、間違いなく弟その人であった。

 オーギュスト商会については、現在はいまだ調査中で、国主に報告をできるほどに事実関係の確認は強固ではない、が、経過を聞く限り、おおむね彼ら自身が語った通りの経緯をたどっていると思われる。きっと偽りはないだろう。

 表向き「野盗に討たれた」ノルンも、変革のために血煙すらいとわない邪悪のデルフィも、こそこそと計略と口車の限りを尽くす女狐フィリアも、常に裏でチョロチョロ動き回っていると聞く臆病者の早風の某も、みな単純な事実から逃げて回っている。

 革新は、人を、あるいは善良な集団をたやすく壊すということを。

 現状を維持することは、人を無遠慮な破壊から守るのだということを。

 アダムスのみる限り、この無遠慮な破壊を支持するのは、どうも「基本的には」血気にはやった若造などではなく、むしろそのような変化を好まないとされているはずの「老いて害をなす愚物」、そしてそれにおもねって分け前を得ようとする「若さの炎に身を任せ、やたらと賢しらぶる大愚」であるようだ。

 父ダックスに思考を洗浄されたノルンしかり、歳ばかり食った主君に唯々諾々とこき使われるデルフィ、重臣連中に見た目ばかりの華を見せてこびへつらっているであろうフィリア、きっと主君の忠犬であるに違いない早風の某しかり。

 周辺諸国には、ろくな「若手」がいない。

 一方、アダムスにはその善悪を、革新の悪辣さを、古き秩序の輝かしさを、理解してくれる仲間たちがいる。

 一部、アダムスにこびて邪な心を達成しようとする者も中にはいるかもしれない。

 しかしそうだとしても、それがアダムスの仲間たちの全てだなどというのは極論にすぎるし、実際に彼と、彼の信条の正しさを理解してついてきてくれる正義の士は両手で余るほどいる。

 それにどんな勢力にも、多少の悪者が背乗りすることはやむをえないものである。その数が、革新とかいう側には圧倒的に多くついているというだけのことである。

 ――少なくとも彼の中では、それが信じるに足る確固とした、経験則であった。

 そこで彼は思った。

 革新の価値観は、もしかして、その原理上、ろくでもないものを呼び寄せる必然があるのではないか?

 これは一言でいえば、「誤った認知に従い、さらに誤った理屈」である、と、真に心あるものは分別するだろう。

 革新派の中には、現実にはろくでもないものも確かにいるが、その頻度が保守派よりも多いとは実証されていない。秩序派、もとい「現状維持」に愚物が少ないなどということも決して断言できない。

 その実証されていない前提から、さらに論理を展開し「革新の価値観は『原理上』愚者を呼ぶ」などといった、さらにおかしな帰結を導こうとする。普通ならば実証を挟もうとするか、妙な展開を控えるところであろう。

 いうまでもなく、おかしいのはアダムス一人……もといアダムスを妄信したり、党派性のために彼を支持する連中を含めて……とはいえやはり根源はアダムス一人、であり、そして彼はおかしいがゆえにその認知と思考のゆがみに気づこうとしない。

 しかし最も歪んでいるであろう彼は。

 ――これはもはや研究というに、理論というにふさわしい。この至高の論理体系、いずれは、このちょっとした周辺との戦いがひと段落したなら、広く学術として世に問うべきであろう。

 政治に汚染された、最悪の「学術的研究」を、まったく無自覚に、目論んでいた。

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