第17話:失敗なんて、ありえません
「考えてもみてちょうだい。障壁が意図していたよりも分厚く、そしてずれた位置に発生したとして、その位置にいた人はどうなるか。はじき出されるか、押しつぶされるか、障壁に取り込まれるか……いずれにしても、ロクな状態にならないわ」
具体的な例えが、アンジェにありありとその光景を想起させる。大切な友人が、自分の失敗で傷つき、あるいは語るのもためらうような姿に変わってしまう光景。アンジェの顔が色を失っていく。
「それに、今の状態のあなたが力を使おうとすれば、凄まじい負荷があなたの体と心にかかることになる。あなたがそれに耐えられるかもわからないし、そんな中で発動する術を制御するのは、はっきり言って無謀よ」
と、初代聖女はそこまで言って、しかし不意に苦笑いを浮かべた。
「……って、これだけ言っても、やる気満々って感じね」
そう、アンジェは顔を青くしながらも、その瞳には強い意志を宿し続けていた。
アンジェがシャルロットを助けるには、聖女の力を用いるしかない。ただし、その力を扱うためにはアンジェ自身が凄まじい心身の負荷に耐えながら力を行使し、制御下に置き続ける必要がある。さらにはそうやって行使した力が思い通りに作用する保証もなく、挙句の果てには助けようとしたシャルロットに牙をむく可能性すらあるのだ。
あまりにも無茶で、無謀で、利がない手段。十人がいれば十人が別の道を模索するような、まるでお話にならない提案だ。
……だが、アンジェの中で、答えは初めから決まっていた。
「それでも私は、シャル様を救いたい。死なせたくない」
「……良いの? 貴女は地獄のような苦しみを味わうことになるし、お友達の命も賭けることになる。勇気と蛮勇は別物よ」
どこか諦観めいたものをにじませつつ、初代聖女は諭すように問いかける。アンジェは一つ頷いて。
「このまま見過ごしてもシャル様は助からない。なら、可能性がある方に賭けるのは当然です。その対価が私にかかる苦しみなんだったら、いくらだって耐えて見せます。……それに」
アンジェはふわりと、花が咲くように微笑んで告げた。
「聖女様がおっしゃったんですよ? 『この力で貴女が愛する全ての者を救ってあげてください』、って。……だから、私が愛するシャル様のために力を使う限り、失敗なんてありえません」
初代聖女は、しばしその意志を測るかのように彼女の瞳を見つめていたが、やがてふっとため息をついて頬を緩めた。
「……『あの人』に似ている貴女なら、そう決断すると思ってたわ。いいでしょう、私も覚悟を決めます」
初代聖女がアンジェから少し離れると、両手を顔の前で組んで祈るような姿勢を取った。直後、周囲の光がアンジェに吸い込まれていき、同時にアンジェは自分の中で凍り付いていたものが溶けていくのを感じる。
そうして全ての光がアンジェの中に消え、あたりが暗闇に包まれたところで、唯一うっすらと光を放つ初代聖女が力強く言った。
「さぁお行きなさい。必ず貴女が愛するものを救って見せるのです。……私が認めた聖女、アンジェ」
その言葉を最後に、アンジェの視界がぐるりと回り――気が付けば、彼女は元居たシャルロットの私室に立っていた。
こことは違う世界に招かれる前と同じ状況。中空から振り下ろされようとしている長剣と、目を見開き、とっさに右腕で体を庇おうとしているシャルロット。その両者を、決意のこもった紺碧の瞳で見据えて。
「――【隔世の壁】っ!!!」
直後、アンジェの中で、確かに魔力が動いた。それは、力が封じられていた時には得られなかった感覚。……しかし、それと同時に。
「っぐ……!? うぅぅぅっ……あぁぁぁぁぁぁっ……!!!」
アンジェの全身を焼けるような痛みが襲う。血液が沸騰したのかと錯覚するような熱が全身を駆け巡り、思わずその場に崩れ落ちて暴れまわりたくなる。初代聖女がアンジェに聞かせたリスクの一つ、制御下にない力を無理やりに行使しようとしたことの反発が、今まさにアンジェに襲い掛かっているのだ。
低いうめき声が勝手に喉の奥から零れ、幾筋もの冷や汗がアンジェの頬を伝う。アンジェの中の本能がガンガンと警鐘を鳴らし、すぐにでも術を中断しろと怒鳴りつけてくる。
――それでも。
「うぅぅぅぅぅっ……まけ、ないんだからぁぁぁぁっ……!」
瞬きにも満たないほんの一瞬が永遠にも感じられるような苦しみに耐え、アンジェは必死に魔力を練り上げる。常人であればとうに意識を失っていてもおかしくない苦痛の中、体の中で暴れまわる力の奔流の一端をがっしりと掴み、決してその制御を手放さない。
そして、次の瞬間。
シャルロットの眼前に収束した銀色の輝きが、人ひとりを覆うには十分すぎる障壁と成り――必殺の一撃を弾き飛ばした。
障壁と激しく衝突した長剣は耐えかねたように半ばで真っ二つに折れ、その両方が床に転がる。既にそのどちらからも、アンジェが感知した悪意めいた気配は感じられなかった。
「……今のは、いったい……?」
目の前で起こったことへの理解が追い付かない様子のシャルロットが、折れた長剣を見、次いでアンジェのほうを見る。
そんな彼女に、アンジェは。
「……えへへ。やっぱり聖女の力、使えたみたいです」
疲労の色濃く滲む顔で笑って見せると、痛みの残る体を投げ出して、その場に座り込むのだった。
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