第7話:風のように去りぬ
声の主は、両側頭部で縦に巻かれた鮮やかな金髪を揺らしながら、アンジェの隣へと歩み寄った。座り込むアンジェに合わせるようにしゃがみこむと、彼女の背中をそっとさすりながら、
「遅くなってごめんなさい、アンジェ様。すぐに済ませますわ」
「ぇ……シャル、さま……?」
人懐っこい笑みを浮かべてアンジェの涙を指先で拭うと、音もなく立ち上がり相対する二人へと向き直った。
一見穏やかな瞳に宿る鋭い光に、ロランスが眉根を寄せる。
「貴様、何者だ」
「あら、六年間同じ学び舎で過ごした学友の顔をお忘れになって? ……それよりロランス殿下、貴方に確認したいことがございます」
「不敬よ、シャルロット・ブノワ! 殿下の問いに答えなさい!」
シャルロットの不遜な態度に、アレクシアが甲高い声で噛みつく。しかし、シャルロットは涼しい顔で。
「ご紹介痛み入りますわ、アレクシア様。これで殿下の問いにはお答えできましたわね。……それと、魔法学校で学ぶものの間に身分の上下はございません。ご存じなくて?」
「っ……下手な詭弁を……!」
「良い、アレクシア。俺は寛大な男だ、この程度気にしてなどいない」
舌打ち混じりに怒声を挙げかけたアレクシアだったが、ロランスにたしなめられてはそれ以上続けることはできない。苦々しい顔で口を閉じ、せめてもの抵抗かものすごい形相でシャルロットをにらみつけた。
反して、ロランスは自分に対して臆することも媚びることもないシャルロットの姿勢を、まるで見世物かのように愉快気に眺めている。
「して、確認したいこととは何だ?」
「先ほどの殿下のご発言について、ですわ」
不躾な視線をものともせず、シャルロットが続ける。
「殿下はアンジェ様にこうおっしゃいました。『今この時を以て、貴様を、聖女を騙った罪で国外追放とする』と。この言葉に、偽りはございませんわね?」
「当然だ。この国において聖女を騙るは、皇族を騙るに等しい愚行。命まで奪わぬことを感謝することだ」
氷のような眼差しに射すくめられ、アンジェの瞳からまたしても一粒の涙が零れ落ちる。
シャルロットは、一瞬気づかわし気な視線をアンジェに送りつつ――ロランスとアレクシアに向かって、不敵な笑みを浮かべた。
「では、アンジェ様はすでに帝国民ではないということですわね。であれば、この国のどなたもアンジェ様の行動を縛ることはできません。……ロランス殿下、貴方であっても」
「……それがどうしたというのだ」
この日初めて、ロランスが困惑に眉をひそめた。国の力が及ぶのは、その国の範囲だけ。そのようなことは、わざわざ意識するまでもない常識で、目の前の女に念を押されるまでもない。
しかし、その言葉に狼狽え始めたのは、彼の傍らに立つアレクシアであった。
「……っ!? アンタ、何を――」
「と、いうわけですので」
口調を乱した彼女の言葉を最後まで聞くことなく、シャルロットは再びアンジェの隣にかがみこむと、背中と膝裏にその細腕を滑り込ませる。
直後、アンジェに訪れたのは、何とも形容しがたい浮遊感だった。
「ひゃっ!?」
短い悲鳴と同時に、反射的にバランスを取ろうと両手が宙を彷徨う。目の前の者にすがろうとする本能からか、その手は自然と自分を抱え上げるシャルロットの首に回される形となり、顔同士がぐっと近くなった。
始めてこんなにも間近で見る友人の微笑みは、あまりにも美しくて。アンジェは心臓が大きく跳ねるのを感じ、同時に頬が厚くなるのを知覚する。
「シャル、様……」
「少々揺れますが、ご容赦くださいませ」
シャルロットはその一言だけを囁き、ウィンクを残して顔を上げる。
そして、目の前の光景に唖然としているロランスとアレクシア、完全に置いてけぼりを食らっている会場の観衆にむかって、満面の笑みで高らかに宣言した。
「どこの国民でもないアンジェ様は、このシャルロット・ブノワ・クレマンがいただいてまいりますわ! ご心配なさらずとも、確実に国外へお連れしますので! それでは、ごきげんよう!」
言い終わるや否や、シャルロットは疾風のごとき速さで会場内を走り抜け、出口につながる大扉を轟音とともに蹴破り、そのままの勢いで夜の街へと消えていった。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
突然の超加速に命の危険を感じたアンジェの悲鳴だけを、その場に残して。
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流れ変わったな
というわけで、ここからはストレス少な目でお送りできるかと思います。
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