ヤンキー田中とワガママ姫

うさこ

出会い

『おーい、竜也っ! 新作出来たから味見すっか?』


『あん? てめえ俺は減量中だっていってんだろ、バカ!』


『馬鹿野郎! 親に向かってお前って言うんじゃねえよ!! 誰に似たんだ、全く……』


『お前だよ!? ったく、うるせえな……、少し味見してやるよ。……んだ、これ隠し味にラム酒使ってんのか? うめえじゃねえかよ』


『おお、流石我が息子よ。良くぞ気がついた!』 


『ちょ、髪触るんじゃねえよ!? 俺のリーゼントが崩れんだろ!』


 親父が大好きだった。楽しそうにケーキを作っている親父の背中は大きく見えた。

 本当は味見を沢山したかった。ボクシングをやっている俺は食事制限をしなきゃいけなかった。

 親父は俺の部活動を応援してくれた。


 そんな親父は……俺を残して死んだ。



 ***



 田中竜也、15歳、乙女座。

 人は俺を不良と呼ぶ。別にそんな悪い事はしていない。

 ちいとばかし死んだ親父の顔に似ちまって目つきが悪いだけなんだ。


 高校入学して数日が経った。不良と思われている俺に近づいてくる奴はいない。

 まあそんなもんだ。……中学の途中まではまだ違った。


 部活の仲間がいて、少し気になってる女の子がいて……。

 事故のせいで全部消えちゃったけどな。




「お、おい、あいつって番町中学の竜也だぞ!? なんでこの学校に入学してるんだ!?」


「中学のボクシング部を潰した奴だろ……。やべえよ……。マジ不良じゃねえかよ」


「クラスメイトもボコボコにしたって聞いたぞ。ひぃっ!? こっち見た……」


 クソ混んでいる電車に揺れられている。

 俺の話題を出しているクラスメイトに目配せをして挨拶をしようとしたが、どうやら怖がられてしまった。

 ……中学の時の誤解を解いてどうにかクラスに馴染みたいが難しいもんだ。


 別に俺は不良でもなんでもない。ただ視力が悪くて目つきが悪いだけだ。


 ふと、俺の横にいる気の強そうな女が俺を睨んできた。制服を見たら同じ学校だった。


「ちょっと、あんたカバンが当たってんのよ。でかいんだからもっと縮こまりなさいよ」


「はっ?」


 一瞬思考が停止してしまった。見ず知らずの女からいきなり罵倒された……。本来ならなるべく女の人の近くには立たないようにしている。痴漢に間違われるのを防ぐためだ。

 ……カバン。

 確かに女の身体に接触している。ていうか、こいつでかいな。……俺と視線があんまり変わらねえぞ。


「はっ? じゃないわよ。あんたバカ? イキって怖がると思ってるの? はぁ、これだから野蛮人は嫌いなのよ……」


「……んだ、こいつ頭イカれてんのか? おい、病院行くか?」


 悪意のある言葉を放ったつもりではない。ただ純粋に心配になっただけだ。


 しかし、女は顔を真っ赤にさせて眉を潜めた。


「む、むかつく男ね。これだから男は嫌なのよ。ていうか、カバン」


 俺は取りえずカバンを移動させて女の身体に触れるのを防ぐ。

 なんにせよ、誤解されるのは嫌だ。それに、女と話すのは嫌な思い出が蘇るから嫌いだ。


「意味わかんねえよ……、くそ」


「はっ? あんた何か文句言った? ちょっとどきなさいよ! 降りるのよ! 無駄にでかいのよ!」


 駅に着いた電車。大量の学生が降りる。

 タイミング的に女と同時に降りてしまった。その際にまた身体が当たってしまった。


「……お前もデカいだろ」


「ちょ、で、でかくないわよ!! ほら、あんたの方がデカいし。ちょっとマジむかつくんだけど!」


「まあそうか、俺の方が少しデカいな。じゃ、そういう事で」


「ま、待ちなさいよ! あんたむかつくわ!」


 女はそれだけ言って人の波に飲まれてしまった。俺はルートを変えて女と同じにならないような道を選ぶ……。


 ――バレー部かなんかか? 関係ねえか。



 ***



「はっ? なんであんたがここにいるのよ」


「……はっ? 俺は部室を間違えたか?」


 放課後、部活に入部するために部室へと向かったら、今朝の女がいた。

 俺はもう一度部室のネームプレートを見返す。


『パティシエ競技部』


 ……ん? 先生に聞いた部活と違う。俺はお菓子研究部に入ろうと思ったんだが。


「お菓子研究部じゃねえのか?」


「あっ、それは去年潰れたらしいわよ。今あるのパティシエ競技部だけよ。そんなのも知らないのに来たの?」


「つ、潰れた……」


 なるほど、先生にとってはお菓子に触れる部活だからどうでもいい感じか。

 というか、こいつ口は悪いがちゃんと説明してくれたな。



 部室の入口にいる俺は後ろから声をかけられた。

 キレイな透き通った声だ。


「あらあら、入部希望者? お菓子研究部は無くなっちゃったけど、緩くお菓子を作りたい人は一般部門として入部大丈夫ですよ〜」


「あっ、堤下先輩! こんちわっす! このでくのぼうは誰ですか!?」


「ふふっ、平塚さんは今日も元気ね。私にはわからないから本人に聞きましょう」


 2人の視線が俺に向けられる。

 ……さて、どうしたものやら。ここは親父が通っていた学校だ。親父は元々お菓子研究部のOBである。

 中学の頃の事故で俺は激しい運動ができなくなった。

 それでも何か部活をしたい、という思いがある。


 どうせなら親父がいたお菓子研究部に入ろう思ったが……廃部になっていたとは。


「うっす、先輩。俺は田中っす。親父がいたお菓子研究部に入ろうと思ってたっす。なきゃ別にいいっす」


「あら、別にパティシエ競技部に入ってもいいのよ? これでも三年前までは強豪校だったし」


「いや、全然よくわかんないっす」


「じゃあ一般部門の入部でいいのね?」


「えっと、入部するとは言ってないっす……」


「あんたデカい癖にうじうじしてるわね! 部活やりたいならさっさと部室に入りなさいよ!」


「いや、お前もデカ……」


「うっさい!!」


 これだから女は嫌いなんだ。人の話を聞かない。くそ、始めからわかっていた。お菓子系の部活は女しかいねえって。だから、ちょっと様子を見に来ただけなんだ。


 ……もう俺はガチで部活出来ねえんだよ。もう運動が出来ねえんだよ。


「ていうか、こんな奴がパティシエ競技者になれるわけないわよ。柄の悪い不良みたいな奴でしょ? 見掛け倒しのハッタリよ。私達はね、命削って競技してんのよ」


「あん……? てめえ喧嘩売ってんのか?」


 お菓子で競技している? 俺がパティシエになれない? 

 ガキの頃から親父に菓子を教わった俺が? 対してうまく作れねえけどよ……。


 堤下先輩が俺とデカい女の間に入る。


「まあまあ熱くならないの。ぶっちゃけ新入部員って平塚さんだけだから競技部の試合出れないのよね……。えっと、2人ともちょっとそこ座って」


 俺とデカい女が顔を見合わせる。

「へっ!」

「ふんっ」


 とりあえず大人しく席に座ることにした。



 ******



「なるほど、なるほど、お父様からお菓子作りを教わっていたのね。……その熊みたいな手、体格、お菓子の知識。……うん、やっぱりパティシエ競技部に入ってみない?」


「簡単なクッキーとかしか出来ねえけど……」


「はっ? そんなゆるい奴が競技なんてできるわけないじゃん、バカ! あんたは運動部でもいきゃいいのよ!」


「てめえ声もデカいな」


「ま、またデカいって言った!! この不良男め!! 絶対こんな奴と競技なんて出来ないです、先輩!」


「あらあら、それは困ったわね……。私は三年だし、この競技で男子がいると助かるのに……。どうしましょう」


 そもそもパティシエ競技ってなんだ?

 菓子を作るだけじゃねえのか?


「菓子が作れるなら俺は入る」


「駄目に決まってるでしょ! 不良のたまり場にするつもりね」


「友達いねえからそれはありえねえ」


「はんっ、あんたも友達いなそうな雰囲気してるもんね!」


「ていうか、お前も友達いねえだろ? それにお前より俺の方がお菓子作れるぜ。競技だかなんだか知らねえけどよ。親父と一緒にずっと仕事してたんだよ、こっちは」


「……ありえない、絶対ありえない。そもそも競技がわかってないあんたなんかに!!」


「はいはい、そこまで。ならさ、ちょっと2人で勝負してみれば。――飴細工『薔薇対決』で」



 ***



 小さな部室の中にはキッチンがある。

 ステンレスの台の上に大理石が乗っている。


 先輩が何やら機材を用意する。あのデカい女も手伝って準備をしている。


 俺は何をしていいかわからず突っ立っていると、先輩が作業をしながら声をかけてくれた。


「あのね、今回は飴は事前に準備してあるものを使うから安心してね。今レンジで軽く温めて、柔らかくしておくからね。その後飴ランプの上で硬さ調整するから。田中君は飴細工って作った事ある?」


 ああ、あの機械なんか見たことある。俺の家に転がっていたものと同じだ。

 飴細工……。


『おう、竜也、おめえ薔薇作るのうめえじゃねえかよ』


 ガキの頃、親父が飴細工しているのを見たことがある。

 その時、親父は俺に触らせてくれた。

 すごく楽しくて時間を忘れて練習した覚えがある。


 年齢を重ねてボクシング部に入り、部活に熱中すると飴細工の事なんて忘れていた。


『おう、竜也、どうだこれみろよ。超綺麗だろ?』


『あん? 俺の方がもっとキレイに作れっぞ。ちょっとどけよ』


『おいおい、ったく、火傷すんなよ』


 軽く頭を振る。

 先輩が俺を見ていた。


「少しやった事あるっす。薔薇だけ教わりました」


「ふーん、珍しいわね。まあ良いわ、クソ素人なら相手にならないしね」


「……むかつくデカ女だ」


「また言った!!! この凶悪ヤンキーめ!」


「はいはい、じゃあ、今回は一番簡単なルールね。飴で薔薇を十個作ってその速度と精度を競うから。えっと、一応竜也君のために一回練習する?」


「いいっす」


「はっ? あんた飴細工ってほとんどやった事ないんでしょ? まともに一個作れんの?」


「うるせえな、思いだせば問題ねえよ」


 お菓子作りは親父との思い出が浮かぶんだよ。

 だから、俺は菓子を作りたいんだ。


「あっそ、なら準備しなさいよ。中学全国大会ベスト8の実力を見せてあげるわよ」


 ……ん? 全国大会……?




 ***



 両手にニトリルの手袋をつける。

 腕をまくり飴ランプの前に立つ。


「……暑いな」


「あったりまえじゃないの。いい、あんたはせいぜい一個できれば上出来よ。ちょっと私の薔薇を見てなさい」


「うっせ、勝負だろ。なら真剣なやれや」


「はーい、じゃあ、そろそろ始めるよ! よーい、スタート!!」



 始まりは静かなものであった。

 平塚と呼ばれたデカ女はランプの下にある塊の飴を両手で伸ばしていく。


 確か空気を入れてちょうど良い『艶』を出すんだったな。


『おう、竜也そんなもんでいいぞ。飴って固いだろ? 硬ければ硬いほど艶がよく出るんだよ。まあ硬すぎても駄目だけどな。作業温度ってのが大事だ。こうやって指で飴をちぎって。……そうだ、その艶が一番大事なんだ』



 俺は自分の手を見つめる。感覚は残っている。

 デカ女の方を見ると、ちょうど良い硬さになった飴を指で一枚一枚の花びらを作っていた。


『芯を作る。それに巻きつけるように花びらを接着する。これが意外と難しいんだよ。花びらの先は硬く、芯に付ける部分は柔らかく、まあ調整ってやつだ。ほら、やってみろよ。……な、ぶっ壊れるだろ?』



 なんだ、これ?  

 すっげえ懐かしい親父の思い出だ。これっていつの頃だ? 俺が小学校の頃だよな? 

 近所の中学生にカツアゲされてボコボコにされた日だ。次の日仕返ししに中学に乗り込んだんだっけ。




「おーい、田中君! 動いてないけど大丈夫? ちゃんと教えてあげようか?」


「いや、いらないっす」


「そ、そう……。むぅ、今年の一年生は難しい子たちね。……それにしても平塚さんはやっぱり技術はあるわね。中学生卒業したてでアレだけの速度と精度で作れるなんて凄いわ」



 俺は動かず平塚を見ていた。

 平塚は一点しか見ていない。飴を見つめている。

 視界にそれしか入っていない。俺達の声も聞こえていない。


 その表情は真剣そのもの。

 なんだ、これ? あいつから熱を感じる。


 確かにこの部室はいま非常に暑い。飴ランプの熱気と……平塚の威圧によってだ。

 デカ女が更にデカく見える。


 心の奥がドクンと跳ねた。

 この感覚は知っている。あの真剣勝負の感覚だ。


「平塚さん、一個目完了! すごい、8分で一個出来てる!」


 芯一枚、巻きつけるように2枚、その上に3枚、そして4枚、5枚と重ねていく薔薇は非常に美しいモノであった。

 まさに熱の結晶のような輝き。


 目を閉じる。

 もしかして、俺は、とんでもない部活に来たんじゃねえか?


「平塚さん、二個目完了! 田中君……大丈夫?」



 先輩の声は聞こえる。返事はする必要ない。

 心が切り替わる。それは――あのヒリヒリする勝負の感覚――




 眼の前にある飴に触る。飴ランプから飴を外して大理石で冷やしながらこねる。熱い、全身の力を使って押しつぶす。


 飴はすぐにぬるい温度になる。が、俺はそのまま宙で飴を引き伸ばす。


『ああ、その温度が丁度いいぜ! 流石俺の息子だ!』


 あの時も褒められた。

 今、誰も褒めてくれる人いねえんだよ……親父、なんで俺なんか庇って死んじまったんだよ!!! 馬鹿野郎!!!



 身体の中に熱がいきわたる。

 視界が狭まった――飴しか見えなくなった――


 親父に教わった薔薇を、作る、ただそれだけに集中した――



 ***



「な、なんなのあの速度? え、えっと、田中君、経験者?」


 田中君が動き出した。と思ったら異様な雰囲気になった。

 あれはトップレベルのパティシエ競技者たちの持つ雰囲気に似ている。正直、ただの不良だと思ってどうでも良かったけど、違う。


 彼はパティシエだ。


「あはは、全然聞こえてないくらい集中しているね」


 パティシエ競技者は、体力、知力、精神力がモノをいう競技だ。お菓子のスポーツと言われている。


 コンクールによっては8時間の間に幾つもの作品を作ったりする。その間に休憩なんて無い。比喩抜きで血と汗と涙の結晶なんだ。


「田中君、5個目の薔薇完了!! 平塚さん、8個目の薔薇完了! もう少しだよ頑張って!!」


 平塚さんは序盤から安定した薔薇を作っている。けど、体力が無くなってきたのか、手の速度が遅くなっていた。

 田中君は速度がどんどん速くなっていく。


 なんで田中君は競技用ルールの薔薇を作れるの?


 競技用ルールの薔薇を一つ作るのに必要な時間は、雑に作れば経験者だったら5分もかからない。精密で精巧な薔薇はもっと時間がかかる。

 プロの競技者だと三分っていう数字がスピードの上位者。


 高校生レベルがそんな速度でできるわけがない。経験年数が違う、なのに、田中君の速度は異常だ。


 大きな身体を全部使って、手に力を伝われせて、りんごなんて簡単に押しつぶせそうな握力。


「……一個、三分……プロと一緒……」


 プロのパティシエでも稀にしか見ない速度。

 今、眼の前の素人がそんな速度で飴を作り上げている。しかも、とんでもない美しい飴を――


「2人とも後一個だよ!! 最後まで頑張って!!」


 汗だくの平塚さん。汗一つかかいてない田中君。

 この汗は実は飴細工には重要なファクターになっている。


『湿度』


 汗をかけば湿度が上がる。ほんのちょっとの湿度で飴の出来が変わる。持ち込みコンクールの飴を作る時はからっからに乾燥させた部屋で飴を作るほどだ。


 2人が最後の薔薇の花びらを指で形を紡いだ。





「そこまで――」




 2人は息を切らしながら私の方を見た。その瞳はまるで獣みたいだった。




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