幸福のカエル
よし ひろし
幸福のカエル
「幸福のカエルって知ってる?」
営業の外回りの途中で休憩のため立ち寄った喫茶店で、そんな話が耳に入ってきた。すぐ後ろの席の学生らしき女の子達が話していた。
「綺麗な金色のカエルで、手を合わせてお願いするとその願いを叶えてくれるんだって」
「うっそー、本当に?」
「あくまでも噂よ。都市伝説って奴」
「へぇ~、で、どこにいるのよ」
「それがね、いろんな所で見ったって言う話があるの。多摩川だったり、荒川だったり、石神井池だったりね」
「へぇ~、でもみんな都内ね」
「そうでもないわよ。多摩川だって向こうは神奈川だし、荒川も埼玉を通ってるわよ。それに狭山湖で見たって話も聞いたわ」
「埼玉ね。どっちにしろ東京近辺の水辺ってことね」
「カエルですもの、水がないとね」
「写真とか映像とかないの?」
「それがね、カメラを向けるとすっと逃げちゃうんですって。それで、二度と見つからないそうよ」
「まあ、それじゃあ願いも叶えられないわね」
「そう、だから写真も映像もないの。話だけ。見た人の絵もないのよ。もし絵に書いたら二度と会えないかもしれないからって。もっとも二回出会ったって話は今のところ聞かないんだけど」
「不思議な話ね。それで、願いっていうのは何でも叶うの?」
「ううん、叶うのは幸福な願いだけ。誰かを呪ってとか、不幸にしてとか言うマイナスな願いは聞き届けてくれないらしいわ」
「なるほど、それで幸福のカエルなのね」
「そうなのよ」
「いいわね、ぜひとも会いたいわ。私を一生幸せにしてくれるパートナーとの出会いをお願いしたいわね」
「うーん、それはどうかな…。少し無理かもしれないわね」
「えー、どうして?」
「あんまり大きな幸福は無理みたいなの。叶う幸福の大きさに合わせて、こう、お腹がぷくっと膨らむんだけど――限界があるでしょ、膨らむのに?」
「まあ、お腹が……。それじゃあ、私の願いは無理ね。大きすぎるわ」
「そうそう、いざ出会っても、小さな幸福にしておくことね」
「そうするわ。――あ、そろそろ時間ね」
「ホントだ。行こう」
「行きましょう」
二人が席を立ち、レジへと向かう。その後姿を見ながら、今聞いた話を頭の中で反芻する。
「幸福のカエル……。綺麗な金色だって…? まさか、この間の――」
俺の脳裏に先の休日、体力づくりの為河原でジョギングしていた時のことが蘇る。
梅雨の合間の晴れた日の早朝、近所の河原をいつものように軽く走ってると、足元を何かが横切っていった。何だろうとその姿を追うと、それは一匹の小ぶりなカエルで、綺麗な黄色、いや金色をしていた――と思う。すぐに草むらに隠れてしまったので、はっきりとは見ていないのだが……
「金色…、まさか、いや、でも……」
ただの噂話、都市伝説、そう分かっていてもやはり気になる。
その後すぐに喫茶店を出て仕事に戻ったが、その幸福のカエルの事が気になって、まともに手に付かなかった。
で、翌日――
俺は有給を取り、早朝から問題の河原へと来ていた。いつものジョギング用の服装ではなく、防水機能の付いた作業着風の上下だ。足元は川に入ることも考えて長靴を履いている。
今にも雨が落ちてきそうな曇天。気温も朝から高く、蒸し蒸ししている中、この前カエルを見た辺りを中心に探していく。ただ、時期的に雑草が繁殖し長く伸び出しているため、地面を這うものを探すのは、非常に困難だった。
そうして、一時間以上、カエルの姿を追い求めたが、全く成果はなし。バッタなどの昆虫は見つかるものの、黄金のカエルどころか普通のカエルさえも一匹も見つからなかった。
「はぁ~、そもそもカエルって、どこにいるんだ、普段……」
川で泳いでいるのか? さすがに水中は探せない。
陸上だとどういう所にいるんだ? 草むら? 石の下?
うーん、カエル取りなんかしたことないから、全然わからない。
とりあえずカエルなら水のある所だろうと考え、岸辺をもう一度じっくりと探してみる。しかし、ほどなく川面にポツリポツリと波紋が現れ出した。
「くそ、降ってきたか――」
とうとう雨が落ちてきた。さすがに雨中を探す気はない。
折り畳み傘か合羽を持ってきておくんだったな、と後悔しつつ、雨宿りできそうな場所を探す。が、河原にそんなものはない。
「仕方ない、家まで走るか……」
近くのコンビニに行くのも、自宅のマンションに戻るのも距離的には変わらない。自宅に戻る決断をして、足早に歩き出す。濡れだして滑りそうな土手の斜面を慎重に上がり、散歩道に出たところで、更に歩むピッチを上げようとした、その時――
「あっ、カエル!」
この間のように目前を一匹のカエルが横切っていった。
色は――金色だ!
「待って――!」
反射的に右手を伸ばす。すると、その声が届いたかのようにカエルが立ち止り、くるりとこちらに向き直った。
「お、おお……」
まさか本当に待ってくれるとは思っていなかったので驚き、しばし思考が停止する。
だが、すぐに自分が何をしに来たのかを思い出し、慌てて手を合わす。
何か願い事を――
そこであっとなる。カエルを探すことばかり考えていて、肝心の頼みごとを決めていなかった。
「お、お、お、お金が欲しい!」
単純明快。まるで子供のような願いが思わず口を衝いて出た。
カエルが大きな目を更に見開きこちらを見る。俺の心の中を読み取っているようだ。
一拍おき、金色の体が輝きだした。それに合わせて丸みのある体がよりまん丸く膨らみだす。その様子は、まるで光の玉のようだ。
「お、おぉ……」
驚きの声が思わず漏れた。
そのまま、まばたきもせずに、じっと事の成り行きを見守る。
光がさらに増し、眩いばかりになった。
眩しくて、見てられない――そう感じた時、
ゲコォーーーぉっ!
カエルの鳴き声が空に響いた。
直後、光がパッと拡散し、瞬時世界が光に包まれる。
「うっ――」
思わず目をつぶり、そしてゆっくりと目を開けると、俺の目の前に何かがひらひらと舞い落ちてきた。
一万円札――
「……」
無言のまま、そのお札が雨に打たれ、濡れた地面に落ちてゆくのを眺める。
「これは……」
お金だ。願いは確かに叶った。
だが、一万円札一枚か――
一円玉とかじゃなく、最高額面の札だったのはとても嬉しいが、一万円じゃあなぁ……
何とも複雑な思いにとらわれていると、金色のカエルが背を向けて、草むらへと立ち去ろうとしているのが目に映った。昨日の話では二度出会ったものはないという。このまま逃がしたら――
「待ってくれ! もう一度、もう一度、頼む。俺に幸福を!」
心からの叫び。それが、再び届いた。
カエルがこちらを向き直る。
「おお、よかった、そうだ、願いを――」
俺は再び手を合わせ、金色のカエルへと願う。
「百万、いや、一億、いや、一生遊んで暮らせるほどの大金を俺にくれ!!」
実際に一万円が現れたことで、俺はすっかり舞い上がっていた。昨日聞いた話の注意点をすっかり失念していたのだ。大きな願いはたぶん叶わないと言っていたあの女の子の話――
先程同様に、カエルの目が大きく見開き、金色に輝きだす。そして、カエルの体が丸まり、光の玉となっていく。
ぐんぐんと強く、大きく輝き続けて――
そこで、自分の体の異変に気付く。
「あ、ああ、あああぁぁ……」
お腹が苦しい。
手を当てるまでもなく、ぷっくりと大きく膨らんでいるのがわかる。見ている間にも更に大きく膨らんでくる。
「なんだ、これは――!?」
そこで昨日の女の子の話を思い出す。
叶う幸福の大きさに合わせて、お腹がぷくっと膨らむんだって――
「あ、あれは、カエルのお腹じゃなく、願う人の方か――!?」
気づいた時にはすでに手遅れだった。
大きすぎる願いに俺の腹は極限まで膨らみ、そして――
バン!
破裂した―――………
おわり
幸福のカエル よし ひろし @dai_dai_kichi
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