26時、星空のカレシ

第1話 見ちゃった!

檸檬れもん、私ゴミ袋持ってくるから、ゴミ集めといて」


 慶子けいこは、そう言って校舎の方へ走って行った。

 檸檬と慶子はその日掃除当番で、裏庭にいた。檸檬は、慶子に言われた通り、ゴミを箒で集めると、慶子がやってくるのを待っていた。


「慶ちゃん、遅いなぁ。早く帰りたい……。みんなカラオケ先行っちゃったし……」


 ボソボソぼやきながら突っ立っていると、檸檬はふと、人の気配に気づいた。


(あ……あの人……、隣のクラスの陽路ひろ君……。めっちゃモテる人だ……。なんでこんな所に……?)









 檸檬たちが、高校に入学して5ヶ月が過ぎようとしていた。

 入学してすぐ、女子から異様なまでの人気を得た男子がいた。

 その人の名は、籐堂陽路とうどうひろ

 陽路は、女子からの人気が高いため、<籐堂君>ではなく、<陽路君>と呼ばれ、親しまれていた。身長183センチ、スポーツ万能、トップクラスの成績、そして何より、その端正な顔立ちが女子を放って置かなかった。その顔立ちに違わぬクールな性格も、女子から人気を博す結果となる。

 笑顔はほとんど見せず、クラスの女子とも必要以上話さないし、近寄りがたい雰囲気オーラをこれでもか、と言うくらい出していた。


 そんな陽路が、いきなり目の前に現れ、檸檬はそれなりに動揺した。








(何してるんだろう……)


 視線が思わず陽路に追ってしまう。すると、陽路と、もう1人、人が現れた。


(え……? 誰?)


 思わず、釘付けになる檸檬。


「あ、那波ななみさん……」


 初めて聴く陽路の低く、柔らかい声が檸檬の耳に響く。


(……!)


 現れたのは、1人の女子生徒だった。那波詩帆ななみしほ、同じ1年生のまぁまぁ可愛い女子だ。


「いきなり呼び出してごめん」


「そ、それは良いけど……、陽路君が、私に何の用?」


 詩帆の顔が赤らんでいるのが分かる。多分、相当ドキドキしているのだろう。


(ま、まさか、これって……)


 檸檬は、立ち去ろうにも、今動いたら、ここにいることがもろにバレてしまう。


「俺、から、那波さんの事がすきなんだ」


「え」


 詩帆が思わず口に手を添えて驚く。それは、わざととは思えない。


「だから、その、出来たら、俺と付き合ってくれませんか?」


(! やっぱり……。これって告白現場!!)


 ますますその場を動けなくなる檸檬。


「わ、私で良いの?」


 詩帆が、少し涙ぐんで見える。相当驚き、相当嬉しいのだろう。


「那波さんが良い」


 陽路は、詩帆から視線を逸らし、ちょっと照れたように、後ろ髪に手をやりながら、その長い睫毛を伏せる。


(わーーー!! なんか、あの陽路君が生々しく男子だーーー!!)


 檸檬は、他人事だったけれど、学年1人気の陽路のクールで、でも人間らしい告白に、1人キュンキュンしていた。


「わ、私で良ければ、付き合ってください」


(わーーー!!! 陽路君に彼女出来ちゃった! どうしよう! みんなに報告しなきゃ! でも、女子のみんなショック受けるだろうなぁ……! ののちゃんも、なっちんも、みんな陽路君のことすきって言ってたもんなぁ……! でも、わーーー! 本当に陽路君に彼女出来ちゃったーーー!!)


 檸檬は、心で絶叫しながら、そのシーンを、映画でも観てるみたいに見守っていた。その時、その瞬間までは、檸檬にはそのシーンは只の告白現場にすぎなかった。しかし、その次の瞬間、檸檬の中で、自分でも驚くべき現象が巻き起こる。


「本当? やったぁ!」


 パァッ! っと、まるで季節外れの桜でも舞い振るかのように、笑わないで有名な陽路が飛び切りの笑顔を見せた。


(!!!)


 さぁっ……! っと風が吹いた。スカートがひらひらっと揺れる。舞い上がる落ち葉の中で、檸檬は自分の頬に温かい水が流れているのに気付く。


(あれ……? あれれ? なに……? これ……?)


 ポロポロ零れてくる涙の意味が、さっぱり分からない。でも、突然、胸がキューっと締め付けられるように苦しくなり、陽路の笑顔が写真のように脳に張り付いた。それが、何なのか、この時の檸檬には解らない。なんで、涙が出たのか、なんで、苦しいのか、なんで、陽路の笑顔がこんなに輝いて見えるのか……。


「「よろしくお願いします」」


 陽路は頭だけ少し下げ、詩帆は深々とお辞儀をし、それでも、同じタイミング、同じ言葉で、気持ちを通じ合わせた。











「檸檬?」


「あ……慶ちゃん……」


 2人が立ち去ったその数分後、慶子がゴミ袋を持って戻って来た。そして、明らかに様子のおかしい檸檬に、事情を聴いた。


「え!? あの陽路君に彼女!? 本当に!?」


「う……うん。見ちゃった」


「そ、そっかぁ! うわー! なんかすごい所見ちゃったんだね、檸檬」


「うん」


「……」


「……」


「で? なんで檸檬がそんな顔してるの?」


「え?」


「なんか、目、赤いよ?」


「あ、いや、ちょっと映画観てるみたいで感動しちゃって! それで、なんか……!」


 思わず言葉に詰まる檸檬。


「……そか。でも、みんなに言いにくいなぁ。ののちゃんやなっちんのこと思うと……」


「あ、それは私も思った! 2人とも陽路君のことすきって言ってたもんね!」


 檸檬は、縋るように、話を変えた慶子について行った。


「ね。でも、明日言おう。きっと知らない方がショックだよ」


 慶子は、左手を右肘に添え、その右手を口元に持って行くと、少し眉をひそめ提案するように言った。その慶子に、檸檬は何とか平静を取り戻し、高鳴る鼓動を静めた。

 それでも、檸檬には解らなかった。この気持ちが何なのか。あの涙が一体何だったのか……。













 ―次の日―


「「えぇーーーー!!??嘘!!!!」」


「「本当です」」


「ショック……」


「そんなぁ……」


 次の日、檸檬と慶子は校門で出くわすなり、頷くと、教室に向かった。そして、春原すのはらののかと古津奈智ふるつなちに昨日の出来事を話した。

 まぁ、こと細かに話したのは、目撃した檸檬ではなく、昨日、しどろもどろになって何とかつぎはぎして1つになったようなちぐはぐな檸檬の話を、慶子なりに解釈して、出来上がったものだったのだが。


「2人とも、元気出して!」


 慶子は言った。その次の瞬間……、


「あ!」


 檸檬が思わず声を上げた。


「「「何?」」」


 檸檬の視線を3人は追った。すると、廊下側の窓に、ののかと奈智の、そして、本人もよく解らなかったが、檸檬も、見たくなかった光景がそこに広がった。

 陽路と詩帆が一緒に登校してきたのか、並んで廊下を歩く姿だ。廊下は、勿論ざわついていた。それを、陽路の方はさして気にしていなかったが、詩帆はどこか落ち着かない様子で陽路の隣を歩いていた。


「「……本当だったんだ……」」


『元気出して』


 言った直後の出来事に、檸檬と慶子は、言葉を探した。が、


「「ま、しゃーないかぁ!」」


 ののかと奈智はけろっとして言った。


「だよねー!」


 それに、軽~く慶子が相槌を打った。


「え??」


 檸檬だけがついていけない。


「「「だって、あんなの身近なアイドルみたいなもんじゃん? うちらなんて最初から見る専門だよ!」」」


「そ、そうなの?」


「「「そーだよー!」」」


(なんだ……そっか……。でもそうだよなぁ。私もそんな感じもんな……。……ん? ?)


 もやもやする気持ちに、檸檬はやっぱり戸惑うのだ。







 なぜ、こんなに檸檬が言ってしまえば鈍感なのか……、その答えはとてもはっきりしている。


 そう。檸檬には……、檸檬にも、がいるからだ――……。

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