穿孔の勇者《せんこうのゆうしゃ》

なんじゃもんじゃ/大野半兵衛

プロローグ

第1話 尊大

 ■■■■■■■■■■

 001_尊大

 ■■■■■■■■■■


 今日は新しいゲームの発売日。本当は休んで宅配便で届くと同時にプレイしたかったが、母親が許してくれなかった。

 涙を流して縋りついたが、足蹴にされて学校へ行けと追い出された。

 彼、穴山広大あなやまこうだいは仕方なく退屈な学校へと登校したのである。


 担任の石原瞳いしはらひとみが入ってくる。高校生でも通じる童顔の女性教師だ。本人はひた隠しにしているが、年齢は32歳である。

 容姿は可愛いし、生徒の面倒見もいいのだが、天然なところがある人気の教師だ。


「はーい。今日は文化祭の出し物について話し合いたいと思いまーす」

 声も若々しく可愛い。これで本当に32歳かと思わないではない。聞こえてくる噂によれば、男子生徒が何人か告白しているらしい。結果は芳しくないようだ。


 文化祭は陽キャ―――陽気なキャラクターの活躍の場。広大にはまったく関係のないものだ。今も広大が陽キャ認定している反村隆史そりむらたかしが話を進めている。


「えー、出し物は喫茶店にきま、えっ!?」

 喫茶店に決まったところで、教室内が光に包まれた。

 幾何学模様の輪が広がっていく。これはまるで魔法陣だと、数人の生徒の顔がにやけた。


「ちょ、今日は新作ゲームが届く日なんだよ!」

 広大のその声は、魔法陣の光に飲み込まれた生徒たちの悲鳴に搔き消されるのであった。

 もちろん、広大はこれがクラス召喚だということを瞬時に理解している、オタクや陰キャ―――陰気なキャラクターの1人である。

 アニメ、マンガ、ゲーム、そしてラノベ―――ライトノベルをこよなく愛するボッチ様であった。


 異世界召喚は、ラノベ文化の最たるものである。それはオタクや陰キャの高校生に幅広く、そして深く浸透しているのであった。


 ・

 ・

 ・


 魔法陣の光が繋がった先に、広大たちは吐き出された。

 石の床は冷たく、意識がはっきりする速度を早めてくれたようだ。


「おおお、成功だ! 勇者を召喚できたぞ!」

 白髪で長い髭を生やしたいかにも魔法使いという風貌の老人が歓喜の声をあげたのを皮切りに、歓声が響き渡った。

 割れんばかりの歓声に、広大と共に召喚された生徒たちが気おくれている。


「あ、ヒトミちゃんもいるのか」

 広大は歓声に動じることなく、マイペースに周囲を窺った。

 ここには広大のクラスメイト40人と、担任の石原瞳を合わせて41人が召喚された。誰も欠けることなく、あの場にいた全員が召喚されていた。


「あの、貴方がたはいったい……?」

 瞳がおずおずと前に出た。教師だから、生徒たちを護ろうというのだろう。

 こんなわけの分からない状況で混乱してもおかしくないが、瞳は教師の責任感を振り絞った。


「それについて説明をする前に、場所を移しましょう」

 魔法使い風の老人が髭を撫でながら、41人を促した。


 広大たちはとても長いテーブルの両サイドに座った。まるで晩餐が始まるような趣のテーブルクロスが敷かれたテーブルの上では、いくつもの燭台の上で柔らかな光を放つ蝋燭の炎が揺らめいていた。


「国王であらせられるアバロン5世陛下のおなりにご座います。ご一同、席を立ってお迎えくだされ」

 魔法使い風の老人の表情が引き締まり、広大たちに失礼にならないようにと念を押す。


 年の頃は50。焦げ茶色の髪の上には煌びやかな王冠が載っており、服は誰よりも華美なもので、深紅のマントにはファーの縁取りがある。

 人としての魅力は感じず、華美な装飾で威厳を出そうとしていると、広大は感じた。

 アバロン5世がテーブルの一番端に座る。広大たち全員を見渡せる場所である。


「楽にしてくれたまえ」

 アバロン5世のその言葉で、広大たちは椅子に座ることができた。


「いきなりのことで混乱していると思う。まずは召喚に応じてくれて感謝する」

 アバロン5世は頭を下げることなく、感謝の言葉を口にした。その言葉に感情がこもってないのは、誰の目にも明らかであった。

 そもそも強制的に連れてこられたのであって、『召喚に応じた』記憶は広大たちにはないのである。


「現在、我々人間は滅亡の危機に瀕している。魔王とその軍団が人間を滅ぼそうとしているからだ。本来であれば、我らがなんとかするべきなのだが、魔王とその軍は精強で人間は押されている。よって異世界の勇者に頼ることにしたのだ」


 アバロン5世の説明は続く。それをまとめると、こうなる。

 ・魔王と魔王軍が強すぎて困っている。

 ・魔王と魔王軍を打ち破るために勇者召喚をした。

 ・勇者が魔王を倒した暁には、貴族に取り立てる。

 ・最初は国が勇者を支援するが、基本的には冒険者に登録して自活してもらう。

 長々と話していたが、内容は大したことはない。簡単な話で、魔王を倒してほしいというものを、偉そうに上から目線で命じているだけであった。


「質問してもいいでしょうか」

「構わん」

 反村隆史がアバロン5世に質問の許可を取る。堂々としており、アバロン5世などよりもよほど貴公子に見える。


「俺たちは元の世界に帰してもらえるのでしょうか」

「魔王が持つ千年宝玉サウザンドジュエルがあれば、可能だ」

「つまり魔王を倒して、その千年宝玉サウザンドジュエルを手に入れなければ元の世界に帰れないのですね」

「そうなるな」

 この会話を聞いていた生徒の数人から悲鳴や悲痛な声が聞こえた。

 アバロン5世はその騒々しさに顔を歪めるが、何も言わなかった。


「これより貴殿らのスキルを確認する。鑑定の神器を使って見ていくゆえ、ワインでも飲んで順番を待ってくれ」

「あの、よろしいでしょうか」

 瞳が手を挙げた。


「何か」

「この子たちは未成年ですので、ワインは飲めません」

「未成年? 15歳に達していない者たちなのか?」

「いえ、15歳には達していて、17歳か18歳の子らですが」

「ならば成人である。我が国だけでなく、多くの国で15歳が成人になる。それに成人でないとワインが飲めないなど、聞いたことがない。好きなだけ飲めばよいであろう?」

 この国では、飲酒の年齢制限はない。だからアバロン5世の常識では、誰でもワインは飲めるのだ。


 それに国王であるアバロン5世が出すワインを断るなど、不敬もいいところだ。アバロン5世は不愉快だと言わんばかりの表情をし、ワインを配らせた。

 ワインが配られている最中、アバロン5世に近い場所から鑑定の神器を使ってスキルの確認が行われていくのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る