序章-03 《 心神喪失 》

ある日、新宿にあるデパート内で事件は起きた。


果物ナイフを使い5人を殺害したとして女が逮捕された。

犯人の名前は嶌崎優香里(シマザキユカリ)




嶌崎は起訴されたが心神喪失を理由に無罪が言い渡された。


悲しみと喪失感に呆然とする遺族達の無念を背に感じながら、彼女は法廷で必死に笑いを堪えていた。




通常、心神喪失が認められて無罪となった場合、然るべき手続きの後、措置入院となり専門医及び裁判所が認めない限りは退院できないため、一般的な解釈の無罪とは扱いが異なる。




嶌崎のような残忍な犯行を行った危険人物は、社会復帰不要の害悪と判断され、死刑囚ではないが、例の地下室へと招待される。


しかし、表向きには嶌崎は措置入院ということになっているため、形式上入院患者の頭数は揃えるために別人を嶌崎本人として入院させる。




ここは、とある秘密結社の息がかかった病院。

そのため、いくらでも融通が利く。



更に弁護士会の会長を含む上層部にも、その組織の職員が名を連ねており、嶌崎を担当した弁護士にはこの件に関して《詮索不要》という圧力がかかる。




——— 弁護士達の間で古くから語り継がれている都市伝説がある。


凶悪犯の裁判において、心神喪失で無罪を勝ち取った場合、被告とは二度と会うことはできないといった内容だ。


先輩弁護士からこの話を聞かされても、誰もが半笑いで聞き流す。


しかし、いざ自分の身にその都市伝説が降りかかると誰もが同じ考えにたどり着く。      




時には長いものに巻かれることも大切だ…と。


そうして自身も明日からは語り部として、後輩たちへ都市伝説を伝えていく役割を担うことになる。



——— 嶌崎は判決の後、入院前の検査という名目で例の地下室へと連れていかれた。


エレベーターが止まりドアが開いた瞬間異様な雰囲気に気付くも、時すでに遅し。




抵抗虚しく押し出され、エレベーターは自分1人を置いて去ってゆく。

エレベーターの扉はあるが、いくら探してもボタンが無い。




薄暗く不気味な通路を進む他なかった。

程なくして例の部屋へと辿り着く。




ガチャっという音とともに扉が開き、怯えながらも中へ入る。

目の前にある椅子に手をかけると、突然目の前の曇りガラスが透明になり、焦げ茶色のスーツに身を包んだ老人が姿を現す。


「きゃあっ」


「おや?心神喪失という割には、随分と普通の反応を見せるじゃないか」


嶌崎は腰を抜かし倒れ込む。


「アンタ誰よ!ここはどこなの?検査じゃないの!?」




敵意むき出しで男を睨みながら言葉をぶつけた。


男は自身のことをガイドと名乗る


「君みたいなのにとっての水先案内人とだけ言っておこう」




薄暗い部屋の中で不気味な笑みを浮かべる男を前に嶌崎は言葉を失った。




その様子を見てニヤリと笑いながらガイドは続けた。


「あのセリフ、意外と気に入っているんだけどねぇ、残念ながら無罪の君に選択はない。君に告げる言葉は...」




この男は普通じゃない。

得体の知れない何か恐ろしいものを感じる。

これまでに感じたことのない恐怖を前に呼吸することすら忘れてしまう。





ガイドは悪意のある笑みを浮かべ、あからさまに声を張り上げる。


「さぁ、夢の国へようこそ!」


ガイドの不気味な笑い声の響く中、恐怖が臨界点を突破した嶌崎はガスに包まれるよりも前に意識を失っていた。




彼女の人間としての最後の記憶は『恐怖』の一色にベタ塗りされた。




ガイドは部屋を出ると、扉の外にいる看守に呆れたように話しかけた。


「これじゃぁ、どっちが悪者かわからないねぇ。それじゃ、そこの嘘吐きのことよろしくねぇ」


そして看守の肩をポンとたたいて専用エレベーターへと乗り込んだ。


看守たちはガスマスクを装着し、床に転がる嶌崎を回収する。




オフィスへと戻ったガイドは、デスクの上にある嶌崎の書類に『worker』というスタンプを押して引き出しに閉まい、モニターへと視線を移した。




ガイドのオフィスの壁には大きなモニターがついており、そこにはドリームランド内の各役割ごとの現在の人数が表示されている。


* Worker:128名

* Cast :132名

* CHARACTER

  🐭マイキー :2名

  🐭マニー  :8名

  🦆ディヴ  :5名

  🦆ディーディ:4名

  🐕プラム  :5名

  🐩グッディ :5名




キャラクターに配属された者は体内に特殊なナノマシンを入れる。




それは誰にでも適合する物ではなく、特殊な体質を持つ者だけがキャラクターに配属される。


そのためワーカーやキャストに比べると極端に数が少ない。


その中でもマイキーのナノマシンは他の物と違い、特殊な仕様のため、それに適合する個体は更に少ない。




マイキーのナノマシンに適合する性質を【M適性】と呼び、まだ身柄を確保されていない者を《NEXT》と呼んでいる。


データによると3~4000万人に1人しかこの【M適性】を持つ者はいない。


現在マイキーを担当する2名のうち1名は60歳の男、もう1名は46歳の女。




ナノマシンで活性化させてはいるが、肉体そのものを若返らせることはできないため、特に男の方は既に限界が近い。


本来マイキーは5人のローテーションでこなすのが適正とされている。

そんな役を1人でこなすのは負担が大きすぎるため不可能だった。

そのため、早急に《NEXT》の確保が求められる。




地下室へと招待されるのは、死刑囚もしくは嶌崎の様に社会復帰不要と判断された凶悪犯だ。


——— Dead or Dream ?

彼らには選択肢が与えられる。


Dead を選べば即刻死刑。

執行までの間、ゴミを生かすために税金を使うほどこの国は裕福ではない。




Dream を選ぶと死刑は免れる。

そして夢の国で第二の人生を送るチャンスが与えられる。




しかし、本当に第二の人生とを与えるような、そんな甘い話はない。


Dream を選んだ先に待っているのは、倫理観の外にある人権など皆無の地獄だ。



悩の手術により、感情と自我を破壊し、そこに強力な催眠とマインドコントロールを施し、夢の国ドリームランドで労働力として使用される。


キャストに選ばれたものは、更に高度な整形手術を施されるため、正真正銘の別人として創りかえられることになる。



来園客たちは、まさか目の前にいる笑顔のスタッフが死刑囚だとは夢にも思っていない。


嶌崎が選ばれたワーカーは裏方で働く者たち。

彼らは脳手術を終え、催眠とマインドコントロールをかけるとすぐに労働力として使用可能になる。




キャラクターとは違い、ナノマシンを使用しない生身での肉体労働がメインとなるため、囚人の消費量が最も激しく使い捨てとなることが多い。




動かなくなった個体は皆、ミンチにして海へと放出され、生涯の幕を閉じるとともに、この地獄から解放される。


ナノマシンを体内に入れている個体に関しては、

自然界になんらかの影響を与えてしまう恐れがあるため、特殊な薬品を使用してナノマシンごと身体を完全に分解し、濾過してから処分される。




『Dream』を選んだものは『Dead』を選んだ囚人よりもむごい最後を迎えることになる。


どちらを選んでも地獄に変わりない。



人の命を奪った凶悪犯に情けをかけるほど、この世界は甘くはない。


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