第37話 おじいちゃんのミッション

俊則がうちに来て10日が経過した。


絵美里はお父さまが認めてくれたし、どうしても謝りたいってお母さまにも面会した。

今はルルの指導の下私付きの侍女として働いてもらっている。


あの時のお母様……

今思い出すだけでも泣きそうなくらい怖かった。

絵美里はすごいな。

ちゃんと向き合っていた。


最後はお母様、絵美里を抱きしめてくれたっけ。

ずっと毅然としていた絵美里だけど、最後はもう本当に小さい女の子みたいに泣いて甘えて最後寝ちゃった。

安心した顔で。


見ていた私も泣いちゃった。


お母様最強よね。

うん、可愛くて強くて優しい最高のお母様だ。


残念ながらあのあと私と俊則にそういう進展はない。

まあ、キスはしているけど。

……うう、やばい。

慣れないのよ!

いつしても、気持ちよすぎる!


ああ、もう、なんで私こんなに乙女?

俊則もカッコよすぎか!


いかんいかん。

落ち着かねば。


コホン。

えっとそれで今日私はお父様とともに何と王城へ出向いてきている。

私の薬がどうも大活躍して、多くの人民を救ったことで王様が非公式で面会を求めてきた。


臣下である貴族は断ることはできない。


「ロナリアはニコニコしていればいいからね。パパがちゃんと説明するから」


うん、お願いしますお父様。


侯爵様で怖かった私だ。

王様なんて絶対に無理。


因みにこの国は、王様を頂点にその一族の近い人たちが『公爵家』で、親戚筋とか大きな功績を示した貴族の最高位である『侯爵家』、そして伯爵位ではあるけど大きな責務とともに権利を有する『辺境伯家』、そして『伯爵家』『子爵家』『男爵家』と順番に権力と義務が課されている社会構造をしている。


男爵家までは世襲が認められているけど、後継ぎがポンコツな場合結構降爵される。

この前の第一王子殿下の婚約者の実家ビルシュタイン家がこれに当たる。

余りに酷い事をやらかした場合は取り潰しだ。


その下に『名誉男爵』と『騎士爵』があるけどね。

これは一代限りの爵位だ。


あと政治的な権威はないけど、宗教がらみで聖教会が強い。

とりあえず今の教皇様が良い人なので揉めることはないと思うけど。


というわけで我が家はお兄様の活躍があり、血筋を無視すれば現在最高位にいるわけだ。

お兄様自体も結婚と同時に伯爵に任命されることが決まっている。

ゲームが元の世界とはいえその責務と権利は絶大だ。


「どうぞこちらへ。直に王がお見えになります。それまではゆるりとお寛ぎ下さい」


王宮の奥の方にある高級そうな応接室に案内され、嗅いだことも無い様ないい匂いの紅茶を用意し素敵な初老の執事が部屋を出てようやく私は肩の力を抜いた。


「ふう、お父様、詳細はもうお分かりですか」

「ああ。ロナリアの薬のレシピが聞きたいようだが……問題あるかい?」


あの後調べたら、似たようなものはあったけど同じものはなかった。

一応こういう事態を想定はしていたので調べておいた。


「同じものはこの世界にはありません。似たような物ならご提示できますが」

「ははっ、問題ないさ。あの薬を普通の神経で検証できると思うかい?」

「まあ……無理ですわね」


あの気付け薬で正気に戻った犯罪者の皆さまは、やっと昨日あたりから保護されはじめ、元居た領へ連行されて行っている。


何しろあの匂いで気絶と悶絶を繰り返し、何も口にする事が出来ずにがりがりにやせ細り、自分で歩くことができない状況だった。


うん。

恐ろしい薬ね。


「それよりもパパはロナリアの方が心配だよ?シュラド君とは…その、あれかね」


顔を赤くする父上。

どうやら娘のそういう事は恥ずかしいらしい。

その様子に私まで顔を赤く染めてしまう。


「婚約者と認めてくだされば問題ないかと思いますけど?」

「うむ、それはかまわないが……『神の意志を継ぐもの』だぞ?普通に婚姻が認められるものなのか……今は聖教会の返事待ちだ」


この世界は称号持ちが結構いる。

そしてほとんどが重要な役職に就き、権利とともに縛られることが多いのだ。


あるスキルで確認しないと普通はバレないが、今回はバレてしまっている。

気を利かせ過ぎた元フィナリアル領の優秀な医者が王へ連絡していた。

まあ、俊則を思っての事だったのだけれど。


「もしロナリアに対して結婚を迫られてしまえば、断るのは難しい。そういう話ではないと確認はとったが…同席を強要されてしまったからな」

「お断りは不可能でしょうか」

「最悪王妃様の力をお借りしよう。その、アレだったのだろ?ロナリアは」


呆れたようなお父様の視線が私の精神を削る。


「ぐっ、た、確かに以前はそうでしたけど……今は……」

「まあ、最悪王妃様に可愛がられるだけだ。その、いたすことはないのだろう?パパは良く判らんが、それで切り抜けられるなら仕方ないと思うぞ?」


そしてなぜか可哀そうなものを見る目を向けられた。


「うう、はい。最悪ならそう致します」

「もちろんパパはそうならないように努力はしよう」

「はい。お願いいたしますわ、お父様」


そんな話をしていたらドアがノックされ、この国の王デーマルク・ソル・ルイラートが宰相を伴い部屋へと入ってきた。


私とお父さまは臣下の礼を取り、お父様が口上を述べる。


「いと高き王国の太陽にご挨拶申し上げます。この度は御尊顔拝謁出来ます事、このジェラルド至上の喜びにございます」


「ふむ。……顔を上げてくれ。今回は非公式だ。さあ、座ってくれないか?ロナリア嬢も椅子に掛けてくれ」

「はっ」

「はい」


ふうー、さすが王様ね。

侯爵様よりもオーラがあるわ。


「さて、今回来てもらったのは気付け薬の事ではない。救済の亜神ロナリア様の取り扱いについてだ」

「「えっ?」」

「し、失礼致しました」


思わず二人で疑問の声を上げてしまった。

お父様が慌てて謝罪しているけど……


この王様なんて言った?

『救済の亜神』って言ったよね?

ロナリア様?!

はあ!?


「へ、陛下、今何と?そ、その、聞き間違いでなければ……」

「うむ。大魔法使いレギウス様にお教えいただいたのだ」

「は?……あの、えっ?レギウス様?おとぎ話じゃ…」

「まあ、無理もない。これは王家の秘密だ。……他言はできぬぞ?」

「う、は、はい」


そして何故かすごく優しい表情で王様は私に視線を向けた。


「ロナリア様、こちらをお納めください。『すべてわかるだろう』と渡されたものです」

「貴女の知って居る方らしいです。私どもには理解できない言語のようですのでぜひこの場でご確認いただきたい。この世界にかかわる事のようです」


そして黒いタブレットを手渡された。

よく見るメーカー名まで書いてある。

私は嫌な予感がしてきた。


「は、はい。それでは失礼して……」


電源ボタンを押すと、半月前までよく聞いていたタブレットの立ち上がりの効果音とともにロゴが浮かび上がる。

そしていきなり動画が再生され始めた。


「舞奈元気?おじいちゃんだよ」


私は崩れ落ちた。

大好きなおじいちゃんだけどあえて言わせて頂こう。


「お前が元凶か――――!!!!!!」


※※※※※


おじいちゃんは創造神様と同期の神様だったようだ。

神様なのに同期とか……


まあいいや。

突っ込みどころが多すぎて話が進まなくなるからね。

要点だけ。


凄い昔かつての創造神が世界を作った。

悪い神がいた。

だから世界をいくつかに分けた。

このゲームが元の世界もその一つね。

それから時間の概念が私たちの想像の上らしい。

いろいろ言っていたけど全く理解できないのでとりあえずスルーします。


対策として神の計画を作成した。

悪い神を封印した後で。


そして私と俊則が選ばれた。


だから複雑に絡ませるため色々運命をいじった。

そこに感づいた悪い神が目を盗んで因子を組み込んでいた絵美里を割り込ませた。


それで覚醒する前に混乱を起こし世界を滅ぼそうとした。

で、取り敢えず私と俊則で止めた。


今ここね。


計画失敗に気づいた悪い神が今から逃げるらしい。

邪魔をするために。

分かっていてもなんだかチートで逃げるように仕込んだからそれしかないって。

それでピンポイントでこの王国に魔王を復活させる。

因みに魔王になるのは……


悪い神が入り込むカイザー元第2王子殿下だ。


そういう方法でしか倒せないらしいのね。

神の世界では神を消滅させる事が出来ない決まりだとか。

だからこれはピンチだけれどチャンスなんだって。


そしてそれを倒せるのはどうやら覚醒した俊則だけらしい。


そして覚醒させるためには……


愛する人とのガチのエッチが必要。

思わず私は顔を赤く染める。


「にひひ、舞奈はエロいのう。せいぜい可愛がってもらいなさい。ひひっ♡」


タイミングよすぎか?!

見ているんじゃないでしょうね?


……まあそういう事みたいです。


あのさ。

ひとつ言っていいかな?


「何してくれているのよ!?おじいちゃんっ!!!」


※※※※※


茫然としたり、赤くなったり、突然日本語で騒ぐ私を、王様たちは困惑しながらも見つめていた。

そしたらタブレットから、この世界の言葉でメッセージが流れ始める。


「この機械は後30秒後に爆発する。健闘を祈る。ちゃお♡」


ひきつる皆。

私は無表情でストレージに収納した。


「なっ!まさか?ストレージ?!」

「おお、流石は亜神様だ…」

「ああ、うちの娘可愛い♡」


……あーうん、もういいかな?

なんか内輪の話だしね。

私は大きくため息をついて、国王に視線を向けた。


「国王様、いくつかお伝えすることがあります」

「はっ」

「あの、すみませんが、わたくしただの侯爵令嬢ですので……普通に話して頂けませんか?」

「う、うむ、わかった。それでどうしたのだ?」

「はい。カイザー殿下が魔王になるようです」

「っ!?なっ?誠か?何という事だ……」

「国王様……」


ん?なんだろ?

いきなり王様と宰相の顔色が悪くなったけど。


「ロナリア嬢、どうやら最悪のようだ。カイザーが昨日失踪し、行方が分からなくなっているのだ」


……そうだよね。

うん、知ってた。

だっておじいちゃん言っていたもん。


「問題ありません。1年後にカイザー殿下は魔王となり、聖教会大聖堂に姿を現します」

「なんと!そこまでわかるのか?」

「はい。どうやら神々のゴタゴタのようですわ。わたくしが対処いたします」

「おお、まさに救済の亜神様、いや女神だ」


いやいやいや、女神て…

はあ、まあいいか。

なんかやけに目が輝いているけど……


「ただ一つ。申し訳ありません。カイザー殿下の命の保証は致しかねます」

「……ふう、かまわん。アレは私の責任でもある。甘やかした父としての責任だ」

「あと、わたくしとシュラド様との婚姻をお認め下さいませ。必要な事ですわ」

「分かった。聖教会は黙らせよう。幸せになるといい」

「ありがとうございます」


※※※※※


そんなこんなで国王との非公式会談は終了した。

そして……いくつかの選択肢があることを私は知ってしまった。


私は優しい俊則の顔を思い浮かべる。


ねえ、どうすればいいかな。

私ひとりじゃ背負いきれないよ。


早くあなたに抱きしめてもらいたい。

私の不安を消してほしい。


俊則……

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