第15話 高木絵美里という女性
父は会社の経営者、母はファッションデザイナー。
何不自由ない暮らしを約束された美しい一人娘。
高木絵美里はそんなお嬢様だった。
高価なものに囲まれ、習い事や海外旅行など上流階級のような暮らし。
煌びやかな誰もが羨む環境に見えたが、彼女は孤独だった。
当たり前にもらえるはずの一番大切な両親の愛。
大事なものが彼女には不足していた。
両親は仕事優先の大人だった。
もちろん虐待などはしない。
だが絵美里は大豪邸で寂しい夜を何度も経験し一人涙を流していた。
まだ幼い彼女のために両親は家政婦を用意した。
菊池という50歳くらいのこの家政婦は非常に優しい人だった。
絵美里はすぐに彼女に懐いた。
また彼女も絵美里の事を自分の孫のように可愛がってくれた。
両親から愛情をもらえなかった寂しい心は少しずつ埋められていった。
しかし悲劇が彼女を襲う。
ある夏の日、家政婦と手をつなぎ幼稚園から帰ってきた絵美里は、普段家にいない母の靴を玄関で見つけた。
「ママがいる」
絵美里はあわてて、家政婦の菊池が止める手を振り払い母の寝室へ駆け足で向かった。
今日お遊戯で先生に褒められたことを伝えたくて。
しかし母は、父ではない知らない男と裸で抱き合っていた。
絵美里は意味も分からず泣きながら母に抱き着いた。
しかし母はそんな絵美里の頬を叩いて「出ていけ」とだけ告げた。
そしてその日以降絵美里は母と二度と会うことはなかった。
さらに父に隠し子がいたことが発覚する。
高木家はもう修復できる段階を超えてしまっていた。
両親は離婚した。
経済的理由で絵美里は父に引き取られた。
そしてそのことで絵美里はこの世の地獄を味わうことになってしまう。
12歳年上の隠し子による性的虐待にさらされる事になる。
まだ6歳の少女はもう限界だった。
さらに悲劇は続く。
家政婦が性的虐待に気づいて止めようとし、激高した男によって絵美里の目の前でめった刺しにして殺されてしまう。
心が完全に壊された絵美里は6年間、精神病院での入院を余儀なくされていた。
※※※※※
私は高木絵美里。
私はなぜだか知らないけど小さいころの記憶がない。
覚えているのは10歳くらいの時から病院にいたことだけだ。
そして12歳になった冬に、わたしはおばあちゃんに引き取られた。
小学校に通った思い出があるのは4か月だけ。
覚えていないけど、きっと通っていたはずなのに。
病院の先生が思い出さなくていいよって言ってくれたけど。
でも何か心の中にモヤモヤしたものがずっとある感覚は残っていた。
学校に通い始めると、私は見た目が良かったみたいですぐにちょっと目立つ男の子に目を付けられた。
何か心の底から怖い感情が沸き上がってきてとても怖かった。
だけどおばあちゃんが誰かに頼んでくれていたみたいで、すぐに大人の人が助けに来てくれたのを覚えている。
それからは毎日すごく地味な格好をするように言われ、わたしは三つ編みに分厚い伊達メガネをかけるようになった。
そして引っ越しをし、誰も知っている人がいない中学校へ入学した。
見た目が地味なせいで誰も私に注目しない。
すごく楽で、自分が普通になった気がしていた。
しばらくして私は前の席の中島さんという女の子と仲良くなった。
多分初めての友達だ。
私は何だか学校が好きになっていった。
だから私はここに来る前のあの怖く思った事とかすっかり忘れていて、少し自分のガードを緩めてしまっていた。
家に帰れば当然眼鏡をはずすし、三つ編みも髪の毛が痛むからあまり好きではなかったんだ。
時間かかるし面倒だった。
ある日一緒に暮らしているおばあちゃんの親戚が亡くなって、泊りがけで家を留守にした日があって、私は留守番で次の日学校もあるから家にいた。
初めて一人で家にいることがなんだか嬉しくて。
それまでは一人になると怖いものが心の中からいっぱい出てきたけど、平気だった。
私は浮かれていて寝坊してしまった。
だから慌てていて、髪もただ梳かして伊達メガネも忘れて学校に行った。
そして学校について、いつもみたいに中島さんにおはようって声かけたら……
中島さんがすごい怖い顔になって……
「高木さんてさ、めっちゃ美人だったんだね。なに?嫌味なの?『私可愛くない』なんていつも言ってたくせにさ。あーあ、せっかく仲良くなれたと思ったのに、酷いよね」
「え、何言って…」
そしていきなり文庫本を私に投げつけてきて、額から血が出た。
「あっ、ごめん……ふ、ふんっ、いい気味だわ。もう話しかけないで」
そして私はクラスの保健委員の男の子に、保健室まで連れていかれた。
私はショックだった。
多分初めてできたお友達だったのに。
私はやっぱり一生呪われているんだってこの時思ったんだ。
「なあ、高木、お前めっちゃ可愛いな。なあ、俺と付き合わない?」
「え…」
この時その男の子と記憶から消えていたお兄さんの顔が重なった。
私はパニックになって大声で泣きだした。
「な、なんだよ、やべーよコイツ、お、おれ知らねー」
私は廊下の真ん中に放置され、先生に助けられるまでずっと泣いていたんだ。
連絡を受けたおばあちゃんがお葬式に出席するのをやめて帰ってきて保護されて、でも私はショックでまた少しおかしくなっていて、入院した。
そしてやっぱり噂になって結局また転校することになってしまった。
新しい学校では私は地味な格好をして貝みたいに口をつぐみ、なるべく誰ともかかわらないようにしていた。
もう嫌だったから。
本当はもう学校なんて行きたくなかったけど。
だけどおばあちゃんが
「絵美里は辛いだろうけど、ここで逃げたら一生そうなってしまうの。毎日でなくていいのよ。行ける日だけでも頑張ろう」
そう言って泣いちゃうんだ。
だから私は、誰も分かってくれないと思うけど。
分かってもらえなくてもいいけど。
頑張って歯を食いしばって学校に通った。
11月の寒い日、わたしは3人の男の先輩に囲まれた。
やっと少し落ち着いて来たのに。
どうしてそうなったのか分からない。
でもクラスの女の子にこの荷物を体育倉庫に運んでほしいって言われて。
恐かったし悲しかった。
もういいやって思った。
もう……死にたいって思った。
「おい、マジかよ、地味子ちゃんじゃん。…胸は結構でかいけどよ」
「いやいやお前ら驚くなよ、へへっ」
そう言って一人の男の子が私の伊達メガネを取り上げた。
「っ!?……やべー、可愛いじゃん」
「だろ?こいつのクラスの雪奈が言ってたんだよ」
「なんか気取ってるから、いじめちゃえば?ってな」
「ぎゃはは、ひでーなおい」
私はもう何も聞こえなかった。
絶望して、涙があふれてきた。
一人の先輩が私の胸に手を伸ばしてきた。
ニヤニヤしながら。
「おいっ、お前ら!何やってるんだ」
突然一人の男の子が大声を出し私の前に飛び出してきた。
「な、なんだよ、関係ないだろ!!」
「お前らサイテーだな」
「くそっ、コイツ一人だ、おらっ!!」
「うっ」
助けに来てくれたのに、その人全然弱くて、でも…ちがう。
ずっと私を守ってくれていた。
いっぱい蹴られても、殴られても、抵抗せずにただ、わたしを背中に庇って……
「おい、何やってる!おいっ、こらあ、まて」
「やべ、先生だ、くそっ」
体育の怖い先生が来てくれて私たちは助かった。
助けに来てくれたのは2年生の先輩だった。
生徒会の書記長さんで、面白くて頭のいい人気のある先輩だった。
「いてて、くそ、あいつらめ。顔は覚えたぞ。あとでたっぷりって……あっ、大丈夫?怪我してない?」
先輩、本田先輩は顔から血が出てるのに、ワイシャツも泥だらけなのに、わたしににっこり笑顔をむけてきた。
涙が出てきた。
「ヒック…グスッ……うあ……うあああああああ」
「おう!?だ、大丈夫?うあ、ど、どうしよう、ああ、えっと」
そしてぶつぶつ言いながら、なんかすごく謝りながら、優しく私の頭を撫でてくれたんだ。
「あ、その、ごめんね、そのっ、嫌ならすぐやめるから、えっと……大丈夫、大丈夫だから…泣かないで……」
※※※※※
そのあと保健室に行って本田先輩の治療が終わった後、本田先輩は私に声をかけてきた。
「もう遅いからさ、もし嫌じゃなかったら送りたいんだけど」
顔を赤くして照れながらそう言ってきたんだ。
私はもしかしてこの人も、変なことするのかなって思って恐くなった。
だから私は、断ろうと思って、本田先輩の目を見た。
驚きで心が震えた。
彼の目には本当に心配の感情しか見えなかった。
私はこういう事が結構あったから、目を見ればなんとなくわかるようになっていた。
「あの……お願いします」
本田先輩が嬉しそうににっこり笑った。
そして帰り道、色々なことを話した。
もちろん全部は言えないから、だいぶぼかして話したんだけど……
そしたら……
「ヒック……グスッ…高木さん……うう、……酷いよな……みんな……君は……グスッ…なにも悪くないのに……ううう…」
先輩がポロポロ涙を流して泣いていて、びっくりした。
あんなに殴られても蹴られても全然泣かなかった人が……わたしの話で泣いていたんだ。
そして……
「高木さんは強いね。……ううん、違う。……歯を食いしばって……頑張ったんだね。偉いなあ……尊敬する」
そう私は……生まれて初めて……報われたんだ。
※※※※※
私は初めて、男の人を好きになった。
こんなに優しい人に出会ったのは初めてだった。
私は多分過去に色々あったんだろう。
そして狂っているんだろう。
だって分かってしまった。
もうこの人しか欲しくない。
これは運命だ。
他は何もいらない。
だから私は。
ずっと先輩だけを見続けたんだ。
なのに先輩は。
私を裏切って違う女を選んだ。
ああ、きっとこの世界では一緒になれないんだ。
じゃあさ、一緒に死のう。
そして違い世界で幸せになろうね。
大好きだよ……本田先輩。
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