第8話 大好きとオムライス

次の日私は熱を出して学校を休んでいた。

昨日の夜本田君と二人で雨の中でずっと泣いていたからだと思う。


「頭痛い」


きっと泣きすぎたせいだ。


私は思った。


彼は、本田君は、きっと私が知らない悲しみを、たくさん抱えて生きている。

お父さんが死んでお母さんが弱くて、親友が死んで……


お金がないからいっぱい働いて…


人生に絶望して。


でも彼は……

前を向いて藻掻いて生きている。


「もし私だったら……」


多分耐えられないと思う。


「はあ……すごく強いな……だけど……あの人は危ない気がする」


私は改めて自分の部屋を見た。

お父さんたちが頑張って建てた家。


まだローンは残っているっていうけど、お兄ちゃんも大学に通わせてもらっている。

私だって、アルバイトしてるけど、お金は全部親が出してくれている。


「本田君、凄いな」


彼は『たなや』のバイトのほかに、朝の新聞配達と、内職も掛け持ちしているんだ。

毎月10万円くらい稼いでいるって言っていた。

学校に通いながら。


寂しそうに笑う彼を見て、わたしが思った危機感は……

いつか破裂する風船に見えた。


がんばってがんばって、そして……限界を超えて…消えてしまいそうで。


私が助けたいって、そう思った。

そして……わたしは彼と一緒に笑いたいって思っていた。


もう、好きになっていた。

でもこの時まだ私はこの気持ちが何なのか分かっていなかったと思う。

この後彼の顔を見るまでは。


※※※※※


いつのまにか寝ていた私はお腹が空いて目が覚めた。

時計を見たら午後3時になっていて、そりゃあお腹減るよねとか思って1階に降りて何か食べようと冷蔵庫を開けた。


「うーん、どうしようかな」


正直情けない話だけど私は料理ができない。

というかしたことがない。

学校の調理実習くらいだ。


「はあ、カップラーメンはちょっとやだな……」


うちの両親は共働きで、夕方にならないと帰ってこない。


「意地はらないでお願いすればよかったなあ」

お母さんはおかゆ作っておくって言ってくれたけど、いらないって言っちゃったんだよね。


ピンポーン


そんな時家の呼び鈴が鳴った。


「ん?誰だろ」


私はインターフォンの画面を見て、固まってしまう。

本田君がキョロキョロしながら玄関に来ていたからだ。


「えっ、うそ、なんで?…えっと…」


ピンポーン


「ああ、ちょっと待って、はーい、今行きます」


私は慌てて玄関に行った。

そしてそーっと玄関を開けてみた。


「…本田君?」

「ああ、良かった。高坂さん、体調はどう?あっ、これ今日のプリント」


たぶん私の顔は真っ赤だと思う。

急に本田君が心配そうな顔に変わっていった。


「ご、ごめんね、体調悪いのに。あっ、これ、飲んで。熱の時に良いらしいから」


本田君はレジ袋に入ったスポーツドリンクを差し出してきた。


「じゃ、じゃあね、ゆっくり休んでね」


私は無意識で本田君の腕をつかんでいた。


「えっ、高坂さん?えっと、うわっ!?」


そして力いっぱい玄関の中に引っ張った。

本田君はよろめいて、わたしに覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。


「うわっ」

「きゃっ」


どしーーーん


私のすぐ前に、真っ赤な顔をした本田君の顔がある。

はっきり言うと全然カッコ良くない。

だけど……

凄く可愛く見えたんだ。


「ご、ごめんね、だ、大丈夫?俺、体重あるから、怪我とか、平気?」


オロオロする本田君を見て、私はなんだかおかしくなっちゃって……


「あはははっ、あはは、うん、ごめんね、あはははっ、大丈夫だよ」


本田君はすっと手を出してくれた。

きっと優しい彼は無意識で差し出したんだろう。


そして意味を理解したらしく、今度は顔をさらに赤くして、手がプルプル震えてきた。

私はその様子を見て、凄くときめいてしまった。

彼の大きな働き者の手をぎゅっとつかんだ。

彼は優しく、まるで宝物を握るように優しく包み込んでくれた。

そして私を起こしてくれたんだ。


もう私はダメだった。

きっと熱も上がったに違いない。

抱きしめられたいって思った。

そして彼の胸に飛び込んだ。


「うあっ、えっと、高坂さん?大丈夫?具合悪くなっちゃったのかな」

「もう……抱きしめて!」

「えっ!……その…いいの?」

「恥ずかしいの!!早く!」

「う、うん」


そして彼は本当にスッゴク優しく躊躇いがちに抱きしめてくれたんだ。

私はもう、彼の事が大好きになっていた。


※※※※※


「冷蔵庫の中身本当に使っちゃっても良いの?」

「うん、でもすごいね。……料理もできるんだ」

「あー、でもなあ、しょうがなく小さいころから作っていたから一応できるけど、美味しいかはどうだろ?」


抱きしめてもらったとき、不覚にも私のお腹が『ぐううー』ってとても素直に鳴ってしまった。

抱きしめられた恥ずかしさと重なって、わたしは思わず泣いてしまった。


それを察してくれた本田君が、恐る恐るリビングまで私を連れてきてくれて、今、ご飯を作ってくれているところだ。


「高坂さん、嫌いなものとかある?玉ねぎとか人参とか、ピーマンとか」

「あー、うん、あのね、ピーマン苦手かな」

「オッケー。おおっ、バターある!いいなあ……あっ、ニンニクは?」

「大丈夫だよ、あっ、でも……その、匂いが」


話をしながらも本田君はすごく手際よくフライパンを熱しバターを溶かしながらあっという間に料理を作り上げていく。

そして調理しながらなんと洗い物まで進めていた。


5分くらいでふわっトロのオムライスが私の前に出されたのだ。

しかもシンクの中もフライパンまで洗い終わってピカピカになっていた。


「どうぞ召し上がれ。ちょっと味が濃いかもだけど…」


照れながらはにかむ本田君。

可愛い。


「ありがとう。いただきます。あむ……んんんー!!」

「えっ、大丈夫!?」

「おいっし―♡ええ、凄い、こんなにおいしいオムライス初めて食べたよ」


本当においしい。

バターの味が効いていて、卵もほんのり甘い。

玉ねぎなんかホントはあまり好きじゃないけど、凄く甘くて。


食べている私を本田君がニコニコ見ていて、なんだか私は色々限界で、また泣いてしまった。


「あっ、ごめん、気が利かなくて。見られたら食べにくいよね。えっと、じゃあ、俺、帰るからさ、ゆっくり食べてね」


本田君は慌てて出ていこうとする。

私は思わず大きな声で本田君に言ってしまった。


「いやだ、帰っちゃヤダ!……一緒にいて」


立ち止まる本田君。

そしてゆっくりとこちらを見る。


「え、あの……うん。わかった。……でも、冷めないうちに食べてね。きっと冷めると油っぽくなっちゃうと思うから」

「うん。ありがとう。……本当においしいよ」

「う、うん。……よかった」


この時私は酷い話だとは思うけど、本田君がかっこ悪くて良かったって心から思っていた。


だって……

こんなに優しくて

努力家で

人の痛みが分かってて

料理だってできる。


こんな人、もしカッコよかったら……


「はあ」


思わずため息をついてしまった。


「本田君さ、カッコ悪いよね」

「うっ……うん。否定できない」

「よかった」

「えっ?……なんて?……あれ?」

「ふふふっ、内緒♡」


私はにっこり笑って本田君を見た。

本田君の顔がみるみる赤く染まっていく。


ああ、やばいな、もう、可愛い♡

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