青い月

色街アゲハ

発端:ボトルシップはお好き?

 ついこの間の事だ。僕がある友人の所に遊びに行った時の事。彼はボトルシップが趣味で、大小様々な瓶の中に精巧極まる帆船の模型が整然と並べられている様子は、何時見ても奇妙な、この退屈極まる現実の世界とはすこうし違う、別の秩序への入り口を覗わせる独特の雰囲気を湛えていたが、ふと、足元に所狭しと散らばった空き瓶の一つに目が留まり、不思議とそれから目が離せなくなった。

 僕が物欲しそうな顔をしている様に見えたのか、友人は、

「良かったら、それ上げるよ。」

 と言ってくれた。続けて、

「でも、何だってそんなもの欲しがるのかなぁ。君もボトルシップをする気にでもなったのかい?」

 彼にしてみれば、何も入っていないただの空き瓶にそこまで興味を示す僕の事を不思議に感じるのも無理はない。僕だって何の変哲もない瓶一つにどうしてそこまで執着するのか、自分でも説明がつかなかったのだから。だから、ちょっとした悪戯心も手伝って、こんな風に答えを返すのだった。

「いや、例えばだよ? 月の良く照った晩なんかにこいつを窓枠に立て掛けといたら、ひょっとして月の光をため込んでおけるかもしれない、なんて思ってね。」

「言ってらぁ。」

 そんな風に、お互い大笑いしてその日は分かれたのだが、その晩、家に帰った後、半ば冗談のつもりでその通りにしておいたら、次の日の朝の事だ。残念ながら月の光は入っていなかったが、代わりに微かに薄荷の香りの染み付いた緑色の紙がきれいに折り畳まれて入っていた。

 驚いて取り出してみると、其処には小さな字が隙間なく埋められていた。

 それからと云う物、月の良く照る次の日には決まって、同じ様な紙が瓶の中に納められる事になったのである。次に挙げるのが、その全文である。

 尚、この紙は友人にも見せているので、いざと云う時は彼が証人になってくれるだろう。尤も、「誰だか知らないが、あれはそいつの与太話さ。」と言って、取り合ってくれないかも知れないが。

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