白バラの意味
「え、えっと……は、初めまして! 莉緒さんとお付き合いさせていただいております、桐崎霜といいます。お義父さん」
「いきなりお義父さんとは、随分と馴れ馴れしい男だな」
まさかのビッグゲストだ。
登場した瞬間には戸惑ったものの、すぐに態勢を立て直す。
啓吾も「馴れ馴れしいな」と軽口のつもりで言い、手を差し出して、互いに握手をした。
「ふむ、なかなか良い面構えだな。彼女の父親を前にしたら、大抵の男は怖気づくものなのだが」
「それはお義父さん自身が、奥様の父君が怖かったから、ですか? 大丈夫、俺は怖くないですよ!」
「ふん、言ってくれるな」
初対面、しかもこの関係性の男たちにしては、随分と落ち着き払った会話のように聞こえる。……が、どうしてお互いに手を離さないんだ。
「はわわわわ……」
この場で最も慌てふためくのは、もちろん莉緒だ。絶対に会ってほしくなかった二人が、今目の前で鍔ぜり合っているような状態だ。
その会ってほしくない理由、それを確認するために、父の胸元を見た。
――よかった、警察バッジは付いていない。
「と、ところでお父さん……なんでここに?」
「仕事だ。詳しくは説明せんが、まぁ仕事だ」
もし本当に仕事だとしても、なんでここに? 人が多い祭り会場の警備か? 最近は物騒だから、刑事でも巡回をするのか? いや、その物騒な原因が目の前にいるのだが。
「ねぇ、二人とも……いつまで握手してるの?」
「そりゃ、互いを感じ取れるまで」
「芯のある男なら、肌身で相手を知れるからな」
霜は笑顔絶やさず、父は威厳崩さず、しかし両者共に引かない。二人から発せられる異様な圧が、莉緒の胃をキリキリと削っていく。
「怖いって、二人とも怖いって……」
気のせいだとは思うが、二人の間に稲妻が走っていないだろうか? 彼らの中で、静かな戦争が勃発していないだろうか? 地鳴りが聞こえるのは、莉緒だけだろうか?
「もう、ほんと……男ってわからない」
女子の客観的視点に対して、当の男たちは違う。
「お義父さん、あなたは強い人ですね? いろいろな意味で」
「そう思うかね」
――握手だけで伝わる威圧感……猛獣の威嚇のようだ。恐らく、精神力も相当。筋肉の付き方も、武道の心得を感じさせる。
と言うのが、霜から見た『お義父さん』の印象。
明らかに、こちらに敵意を向けている。娘を想うが故にか?
「……この感じ、君も軟な男ではないようだ。だが、娘を泣かせたら許さんぞ」
「すみません、既に何度か泣かせちゃいました!」
――一見すれば生意気なガキだが、その眼から伝わるエネルギーはなんだ? この男はただの高校生には持ち得ない、何かを秘めている……。
これが東雲啓吾から見た『娘の彼氏』の印象。
表情には出さないが、負の念が内側で
「ん? 莉緒、その恰好は……」
静かなる戦いに終止符を打ったのは、莉緒の着ている浴衣であった。
握手が解除され、異様な圧が大気中に溶けていくようだ。
「あぁ、これ? お母さんがくれたんだ。お父さんとの初デートで着たものだって」
「初デート? ……そういえば、そうだったな。懐かしい」
自らの若き青春時代を思い返したのか、ふと、口元が緩む。
「で、母さんはそれをお前に着せたのか。……あのロマンチストめ、自分のやり口を娘にまでさせやがって」
「え、お父さんまで意味深発言? もういい加減に教えてよ」
深くため息をついた父からは、呆れたという感情が溢れ返っている。一体、母は何をしたというのだ?
その時、霜がポンっと、
「奥さんはきっと、お義父さんのことが大好きだったんですね。ただ、少しメンヘラを感じますけど」
「うーん、そんなものか」
「きっとそうですよ。……俺も、その時の奥さんと同じくらいの気持ち、莉緒に抱いているんで。そこんとこは安心してください!」
決め台詞じみた発言と一緒に、サムズアップ。
信頼させる、という意図か。それを見た父は少しだけ……嘲笑した。
「……まったく、どの口が言うんだ」
「え?」
「いや、なんでもない。邪魔をしたな、父さんはもう行くよ。お前たち、くれぐれも羽目を外し過ぎないように!」
言うと彼は、踵を返してそそくさと立ち去ってしまった。二人が呼び止める暇もなく。
すると、嵐が去ったかのような安堵感と静けさがやって来る。
――ようやく、地獄の空気が終わった。と、莉緒は膝から崩れ落ちた。
「は、はぁ……やっと帰った」
「いやぁ、莉緒のお父さんおっかないね! 最初、閻魔様が迎えに来たのかと思ったよ」
「私が一番ハラハラしたよ! あなたが余計なこと言わないか!」
世間一般で言う、『お義父さん、娘さんを僕に下さい!』という場面とはまた違う。高校生なのだからそんなことはあり得ないのだが、それでも父親と彼氏という相反する関係。そんな二人の素性が……連続殺人未遂犯と刑事なのだ。
彼らは互いに知らずとも、その狭間にいる莉緒は生きた心地がしない。
「それで、お父さんも『ロマンチスト』とか言ってたけど……」
「きっとお義父さんは、恥ずかしかったんだろうね」
「?」
もしやこれ、ただの浴衣ではないのだろうか。しかし一見すると、どこにでも売っているバラ柄に見える。
それなら、両親の思い出が籠っている、そんな代物だったのか。
でも、莉緒には知る由も無かった。
「それで、その浴衣の意味なんだけどさ。きっと、その三本の白いバラ、〈純潔〉以外の意味が重要なんだよね」
その答え合わせをするかのように、霜はようやく説明をする。
「一つは、『心からの尊敬』。二つ目は、『相思相愛』。もう一つは……『私はあなたに相応しい』。こんなところかな」
「ふむふむ。……え?」
描かれたバラを眺めた後に、思わず霜の目を見る。
「そして、それが三本になっている意味は……『愛しています』だとか、その……そういうこと」
「は、はああああああ⁉」
その瞬間に、顔が紅潮していくのが感覚でわかった。
もうこの一言で、『大胆になった』だの『ロマンチスト』だの、初めから今まで聞いてきたキーワードが何を意味していたのか、嫌でも理解してしまう。
「い、いや、あのっ……私は別に、そういう意味でこれを着てきたんじゃなくて!」
「わかってるよ、お母さんが着させたんだろ? でも俺はてっきり、その……君がそういう意図で着てきたんだと思って」
なんて言って顔を背けながら、霜は赤くなった頬を隠してくる。そんな素振りをされたら、こちらまで恥ずかしくなってくるじゃないか。
「い、いやいや、でもこんなバラ柄のデザインなんて、どこにだって……」
「だとしても普通はピッタリ三本、しかも茎の部分まで描いたりしないよ!」
あぁ、なるほど。これで母が『ロマンチスト』だという意味が完全に理解できた。彼女はロマンチストである以上に、父に対してかなり重い愛情を抱いていたらしい。
「そんな物を初デートで着るとか、お母さんってメンヘラじゃん……」
「しかも、同じことを娘にさせるっていうね……」
母は意外にも重い女であるという一面、そして両親の馴れ初めを知った。
世の母親とは、娘の恋愛をこうも推すものなのだろうか? いや、この母親はやり口がおかしい。しかし我が子に相手ができたと知り、その幸を切に願うのなら……
「お母さん、ごめんなさい」
その相手がシリアルキラーである莉緒は、とんだ親不孝者だろうか。
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