カラオケ2 愛憎を歌う
「ふぅ……めっちゃ歌ったな」
「そうだね。あー、なんか喉乾いた」
入店から二十分。
三島の彼氏から、次いで三島、そして鈴木カップルへとマイクは繋げられ、最終的には
「東雲さんごめんね……私達だけバカみたいに盛り上がって」
「いやいや、私はいいんだよ」
かなり放置されていたが、『自分が歌わなくていいなら』と、何も言わなかった莉緒。むしろこれでよかった。本当に、確実に。
そう、思っていた矢先だ。
「それじゃあ、次は二人の番だね!」
「お、待ってました! 注目のカップルの生歌!」
とうとうマイクの
「あ、あはは……」
「なに歌う?」
「ど、どうしよっかなぁ……ね、霜?」
――嫌だ。歌いたくない歌いたくない歌いたくない……
その一心で、自分からターゲットを逸らさせるために霜へ目をやると、
「んー、そうだな。莉緒、お先にどうぞ」
「んんっ⁉」
わざとなのか優しさなのか。どうしてこうも期待を裏切って来るのか。いや、もういつものことなので、ある意味で期待を裏切らない男なのかもしれない。約束と予想は絶対に裏切る男・桐崎霜である。
――いや、私は無理だよ⁉ 歌えないよ⁉
このコンマ数秒の間に、その意志を伝える旨のアイコンタクトを送る。
すると、流石は彼氏。それに気付いたのか、同様に返してくる。
――そんなに嫌なの?
――陰キャの私にできると思う⁉
――いや、ここは空気読まないと……あとで自分の首絞めるよ?
たぶん、そんな感じのことを言っているのはわかる。
たしかに、ここで歌うのを拒否するれば、『空気読めない奴』というレッテルを大々的に張られるだろう。そういう人間が、クラスのコミュニティからハブられるのだ。今度は有村なんて関係なしに、自分のせいで。
――でも、でも……私怖いです! いろいろと!
――頑張れよ! 仮にも〈純潔の悪魔〉の女だろ?
――その肩書、何の役にも立たないから!
このテレパシーのようなやり取りは、僅か数秒間で行われている。
しかし、何も言わずに硬直したままの莉緒を見て、周囲が何も言わないはずがない。
「ど、どうしたの? 二人で見つめ合って」
「い、いや……あの」
これ以上は待たせられない。
莉緒は震えた手でタブレットを受け取り、曲選択画面を見る。
そもそも何を歌ったらいい? それすらも決まらないまま、人気曲の欄をただめくり続けるだけ。
「……よし」
覚悟を決めた。しかし本当は、そのように見せかけただけ。もうどうしたらいいのか、自分ではわからない。
ふと、涙が溢れそうになった。
直後だった。
「莉緒、貸して」
「そ、霜?」
今まで黙っていた霜が立ち上がって、莉緒からタブレットを取り上げる。すると検索欄を開き、曲を探し始めて、気付いた時にはイントロが始まっていた。
「……やっぱり、俺が歌うよ!」
「お、桐崎君の生歌だ―!」
きっと、じれったい莉緒に痺れを切らしたのだろう。
自分の非だ。そう感じてしまって、また負けたように感じて、ただただ悔しい。
悪感情に圧されて、涙を一粒落とした。瞬間、
「大丈夫だよ。だって、主役はギリギリになって来るものだろ?」
そう言って、彼は笑った。
――あぁ、そうか。私がじれったくて、こうしたんじゃないんだ。
ギリギリのタイミングまで待って、颯爽とピンチに駆けつける。有村の事件と同じ、〈悪魔〉らしいやり口だ。
「ここは、僕の独壇場だ」
***
『僕らを照らす夜の街のスポットライト 交差する二人の世界線
開かれた彼の口から流れる歌声は、とても綺麗だった。何が凄いだとか、特別上手いとかではなくて、ただただ安堵するような声だ。
「あれ……この歌って」
莉緒はこの歌を知っている。それが故に、一つだけ思うところがあった。
『たくさんの人を傷つけて 僕と同じ世界に引き込んで でも世界線の狭間にいる君だけは、その光に惹かれて、君が欲しくなった 君は君のままでいてほしい』
どこか覚えのある感情が籠った、悍ましくも相手への愛……欲望を感じる歌詞。
激しいけれど、どこか悲し気なピアノの音色。
――そうだ、この歌は……
『ここにいてほしい 誰かと心通わせる君なんて、見たくない だから僕は、君に銃を向けたい 交差する世界線の、特異点さえ無ければいいのに』
本来は出会う事の無かった、出会ってはいけなかった、互いに住む世界が違う二人のストーリー。
一方は、闇の世界に生きていた。もう一方は、光のある普通の世界にいた。
想い人に、誰かのものになってほしくない。自分だけのものにしたいという独占欲が、その人に銃を向けさせる。
まるで自分たちのことを言っているかのような、やけに響く歌詞だ。
『守るものがあれば弱くなるし、奪うものがあれば強くなれる だから――』
「なっ! ち、ちょっと⁉」
霜は椅子に足を上げ、その整った顔を莉緒に寄せてくる。
指先に顎を乗せてくいっと上げる、色気のあるポーズ。しかしその瞳は、発する気迫で全てを掌握する。
その構図はまさに……今にもキスをしてきそうなギリギリの、どこか官能的なシチュエーション。
『出逢ったことが罪で、払う免罪符も無くて 世界が祝福してくれないのなら……共にこっちで、祝宴を挙げよう』
霜は今、この場を支配した。誰の邪魔も許さない、彼が想像した空間。
莉緒は圧倒された。逃げることはできない。……虜にされるとは、こういうことか。
『僕が捧げる、愛憎の歌』
「……ひゃ、ひゃい」
この歌詞のように、霜は莉緒を逃がさない。
彼はやはり、〈純潔の悪魔〉だ。
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