2章番外編 放課後
第2章おまけ カラオケ (本編とは別です)
放課のチャイムが鳴った。各クラスの生徒たちが一斉にスマホを取り出し、それぞれメッセージやらゲームやらを始めて、スクールタイムという束縛から解放された喜びを弾けさせる。
しかし、それは序の口。ここからは
「さて……行きますか」
東雲莉緒も例外ではない。カバンに荷物を詰め終わると、さっさと帰ってしまう。特に残る理由も無いし、誰も声をかけてきたりはしないから。
「今日は本屋さんに行って……あ、化粧水とかも買わないと」
とはいえ、暇なわけではない。莉緒は莉緒なりにしたいことがあるし、それを全うするだけだ。それこそ、真の充実した放課後だと感じる。
そもそも、今までは有村のせいでロクなことがなかったのだ。人付き合いが苦手なつもりもないのに、誰も寄り付いてこなかったのは、完全にそれが原因だ。
「なぁ霜! 明日までの課題、見せてくれん⁉」
「また? ……ま、ウジウジ頼まれるのも面倒だから、見せるけどさ」
――ふと、自身の彼氏を呼ぶ声。そして本人の声が聞こえた。
「霜ってさ、いつも放課後は何してんの? 俺ら、誰も知らないんだけど」
「それは……プライベートにつき、秘密だ」
「またそれかよ! たまには誰かと遊ぼうぜ?」
「ごめん、またいつかね」
と、桐崎霜は相変わらずだ。彼は顔がいい、そして裏を見せないミステリアスな雰囲気。これが人気の元になって、彼の周りには程よく人が集まる。
「ま、本当の顔は知らないだろうけど。それは私だけ」
表の顔だけでは面白くない。〈純潔の悪魔〉という素顔を知っている莉緒は、少しだけ、周囲に対して優越感を持ち始めていた。
ただそれでも、霜と莉緒ではタイプが違う。表面上では釣り合いが取れない。
「……帰ろ。バイバイ、純潔の悪魔」
――彼に憧れるのはやめよう。
そう思ってカバンを手に取った。瞬間、
「ねぇ、東雲さん!」
「ふぇ?」
ふと、声をかけられて、莉緒は踵を返す。突然のことで声が裏返ってしまったのは、忘れよう。
さて、訪問者は女子だった。名前は――
「三島さん、どうしたの?」
「あのね、東雲さん。これから私達、カラオケでダブルデートするんだけど……東雲さんもどうかなって!」
「ほわい⁉ だ、ダブルデート?」
私達と言うからには、彼女を含めた二組のカップルがいるのだろう。そこに莉緒を加えるというのは……
「うん、東雲さんと桐崎君カップルも一緒に! あ、でもそれだとトリプルデートかな? アハハ」
「あ、うん……なるほどね」
「どうかな?」
正直、行きたくない。突然舞い降りたイベントに、慣れないまま踏み込んだらどうなるかは目に見えている。
それにカラオケなんて、最後に行ったのは中学の時だ。その時は親しい友達とだったが、緊張に負けてド下手な歌をかましたのは忘れられない。
ここは適当に言って逃れるのが得策だろう。
「そうだなぁ……私の意見よりも、霜がなんて言うかだよね! 彼もあまり得意じゃない気がするな、そういうの」
「あぁ、それなら大丈夫!」
「え?」
「だって……もう私の彼が、桐崎君にアポ取ってるから」
――時すでに遅し。
慌てて霜のほうに視線を送ると、まさにその通り。三島の彼氏が交渉を持ちかけているではないか。
すると、
「あ、莉緒」
「む、むうぅ……」
霜がこちらを向いて微笑んだ。
――嫌だよ嫌だよ嫌だよ? 断って?
その意志を目力で、必死に訴える……が、やはり期待を裏切る男・桐崎霜。
「よし、行こうか!」
――嫌だアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉
絶望の嘆きを心で叫ぶその姿は、まさにムンクの叫びのようだ。
「決まり! 行こ、東雲さん」
「うぅ……はい」
猟奇的日常の珍しい一幕が、唐突に始まったのだった。渋々ではあるが。
***
「お前らアアア! 盛り上がってるかアアア!」
「イエーイ!」
「フォオオオオオ!」
さて、早速カラオケボックスにやって来たカップル三人組。コースは二時間、マイクは六本、ドリンクは飲み放題のセルフサービス。準備は万端。
三島の彼氏が我先にとマイクを取り、先陣の音頭を取り始めた。
「い、いえーい!」
「ははは。いいねいいね!」
三島ともう一組、呼称・鈴木カップルは既にエンジン全開である。が、立ち振る舞い方がいまいちわからない莉緒と、ややクールを気取り続ける霜との温度差が凄まじい。適当にマラカスを振ってみるが、これじゃない感じもする。
「じゃ、一曲目! 俺、行きまーす!」
「ミュージックスタート!」
『夢なーらば、覚ーめても……』
数年前に流行った曲だ。カラオケに行かない莉緒でも、定番の曲くらいは知っている。歌っている本人は自分の世界に入り込み、どうやら周りが見えていないらしい。
他三人の手拍子に合わせて、霜と莉緒も続く。
「そっか……カラオケの雰囲気って、こんなだったね」
有村さえいなければ、自分はもう少しこんな風に青春を送れただろうか。つい、そう感じてしまう。本当は、人付き合いが苦手なせいなのはわかっているけれど。
理不尽に奪われた、学生らいい時間を噛みしめるのも悪くない。ふと、口角が上がる。
「莉緒、なんだかんだ馴染んでるじゃん」
それを見た霜が、耳元でこそっと言ってくる。
「そ、そう? まぁ……有村のこともあったし、なんだか解放されたのを実感しちゃって」
「ハハハ、確かに。あいつが生きていた頃なら、絶対になかったもんね」
「うん。だからね、霜」
こんなにも優しく言うけれど、その有村は霜が殺した。殺してはいないけれど、死んだも同然の状態にしたのだ。やはり霜は〈悪魔〉なのだ。
「その節はありがとう。……霜のしたことを肯定する気はないけど、私はあなたのおかげで、明日を見れたよ」
それでも、この気持ちは変わらない。
彼は〈連続殺人未遂犯〉だ。その優しい言葉の裏には、多くの罪が隠れている。……そんな彼に心から感謝してしまうのなら。
「私は異常だし、霜は狂人……ヤバイ関係だよね、私達」
「でも俺は好きだよ?」
「んん⁉ す、好きと言うのは?」
「それは……このヤバイ関係。俺たちの『猟奇的な日常』がね!」
――あぁ、そうですか。紛らわしいことを言うな。
「あれえ? なにを想像したんですかぁ?」
「う、うるさい!」
気持ちよく歌っている三島たちを他所に、こちらもこちらで自分の世界に入り込んでいたのだった。
「こらそこ、イチャつくな!」
「あ、すいません!」
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