放っておいてよ

「ただいま……」

「おかえり。……今日もまた随分と元気が無いね」


 有村からの精神的ダメージが残り、俯いたまま玄関のドアを開けると、夕食の準備をしていた母の声が聞こえた。「今日もまた」と言うから、母は日常的にもこの姿を見ている。それはもちろん有村や、その周辺による事が原因なのだが、それを母はおろか父も知らない。だから普通に接してくる。

 だが、今日は特別……最悪だった。


「そんなに項垂うなだれて。彼氏ができたばかりの女子高生には、全く見えないわね」

「――は⁉ ちょっとお母さん、なんで知ってるのよ!」


 親の口から絶対に出てほしくなかったワードに、心臓が飛び跳ねそうになる。


「クラスメイトのエリちゃんのお母さんから聞いたの! 莉緒が男子に告白されたって!」

「なっ⁉ ……しまった、保護者の情報網を忘れていた!」


 ――不覚だった。イジメの件はおろか、霜のことだって教えるはずがないのに。自分が口を割らなければいいと思っていたが、まさか想定外の形で親に伝わってしまうとは。


「いやぁ、それにしてもお母さんビックリ! まさか莉緒に彼氏がいたなんて、気付かなかった!」

「そりゃ……そんな素振り見せてないからね」

 気付かれないように心掛けてきたのだ。だって、色々と面倒なことになるから。

「もう! そういう事は早く言いなさいな!」

「嫌だよ」

「なんでよ? 女同士で恥ずかしがることないじゃない」

「そ、そんなんじゃないし!」


 動揺して、鼓動が激しくなる。

 ――これ以上追及されると面倒だ。そう感じた莉緒は手も洗わず、弁当箱も出さず、そそくさと自室まで退散しようとする。


「あ、ちょっと莉緒! ちゃんと話を聞かせなさい!」

「もう、放っておいて!」


 駄目だ。この家で、桐崎霜の話題を出すわけにはいかない。


「……それと、お父さんには絶対に言わないで」


 お喋りな母が余計な事を口走らないよう、最大の懸念点に対して釘を刺す。

 そう言い放った直後だった。


「――誰に言わないでくれって?」

「ひゃっ⁉ ……いたんだ、お父さん」


 ……あぁ、今日はとことん運が悪いらしい。有村にしごかれ、母には霜との一件を知られた。延いてはその会話を、一番知られたくはない人に聞かれてしまった。それも、釘を刺した直後に。


「今日は帰り、早いんだね」

「あぁ、上のはからいでな。……そしたら、随分と面白い話を聞けたもんだ」

 階段を下りてきた父のシルエットを見て、腹の底がゾワッとする。

「親に言いたくないだなんて……相手のことで、何か後ろめたいことがあるからじゃないのか? 莉緒」

「別に……高校生なんてそんなものでしょ」

「どうだか」


 莉緒の父・〈東雲しののめけい〉は、勘に引っ掛かることがあると、いつもこうして疑ってかかる人間だ。だからこそ、父にこの話を聞かれたくなかった……のだが、最大の理由は別にある。


「ま、何にせよだ。男に入れ込み過ぎるな。お前は高二だ、これからは受験に集中して……」

「あーもう、わかってるから」


 ブツブツと小言を言いながら、啓吾はジャケットを脱いだ。ふと、胸元のが光る。――不安に駆られ、すぐにでも逃げ出したくて仕方がない。


「ほんと……警察官はすぐに人を疑うから。そんな男だったら、私は嫌」

「お褒めの言葉、感謝するよ」



 すると、スマホが振動する。メッセージの通知だ。


「……誰」


 気まずい会話から逃げるために、そそくさと画面に見入る。相手の名前を見た瞬間、このセリフが漏れた。


「噂をすれば、なんとやら……」

 なんともタイムリーな事か、――相手は桐崎霜だった。



『今夜、会えるかな。大事な話がある。もし行けるなら、二十時に指定の場所に来てね! ……とは言っても、君に拒否権は無いんだけど。来なかったら、わかるよね? それじゃ、よろしく!』


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